電子書籍は「キレ」のあるコンテンツを出すメディアに
内山力さんは、経営者・ビジネスリーダーなどの人材を評価、育成する手法が高く評価される経営コンサルタント。マーケティングや組織コンサルティングも手がけています。また、文筆家としては、微分・積分や確率など、ビジネスにおける「数学」をテーマにした書籍がヒットしています。内山さんに、コンサルティングと執筆活動の関わりについて、ご本人が活躍されている「新書」の世界、出版業界の概観、問題点などを絡めて語っていただきました。
経営者・マネージャーの適正を評価
――代表を務められているMCシステム研究所では、どういった取り組みをされていますか?
内山力氏: いわゆるコンサルティングファームで、企業が変革していく時に、新しい経営者、執行役員のような人を養成することと、変革に伴い必要になる新しいタイプのマネージャーを作ることを請け負うのがメイン業務です。
――どのような方法で育成されていくのでしょうか?
内山力氏: 中心となるのはセミナーです。一般的には5回ぐらい、1回あたり2日で、10日間ぐらいやります。その間に、レポートを作ってもらったり、ディスカッションをビデオに撮ったりして、受講者の経営者としての適正、マネージャーの適正を見て報告書を作るというのが、標準的なパターンです。ちゃんと話しているか、どのような意見を言っているか、それを文書に書けるかといったことをビデオやレポートを見て評価していきます。セミナーをやっていく中で、受講生が書いたレポートや、受講の様子を見ようとしても、人数も多いから、顔と名前も一致しない。だったらビデオを撮りながらやったらどうかな、という感じで使い始めるようになったんです。
――ホームページでは、講演の資料や評価表などをフリーでダウンロードできるようになっていますが、どういったお考えからでしょうか?
内山力氏: もともと、ウェブサイトでプロモーションをするつもりはないんです。この会社は販売、マーケティング機能を持っておらず、教育ベンダー、コンサルティングベンダーなどを通して受注しています。別に隠す必要もないので、ほかの会社に出した提案書をウェブサイトに載せて、ベンダーがいつでもダウンロードできるようにしています。講演でする話も、パワーポイントで見せれば、だいたいのところは分かってもらえるので、自社のプロモーションというより、マーケティングをやっているベンダーが楽になるようにしています。
算数・数学がずっと得意だった
――数学に関する著書が多い内山さんですが、やはり小さな頃から理数系が強かったのでしょうか?
内山力氏: 算数は好きでした。理数系の本も結構読んで、一番面白かったのは『微生物の狩人』です。細菌を殺していくために、色々な人がした試みのストーリーが書いてある本です。小学校の頃だと、算数は点数が良ければそれなりに好きになっていくでしょうし、中学・高校でも数学はずっと好きでした。ただ高校では、勉強したという記憶があまりありません。高校と大学の初めの頃は、麻雀ばかりやっていて、結構強かったと思います(笑)。心理ゲームのように、相手が何を考えているかを予測しながらやっていくのが面白くて、大学の近くにある雀荘でよくやり込んだものです。
――大学は東京工業大学ですね。その大学を選ばれた理由とはどのようなものでしたか?
内山力氏: 麻雀ばかりやっていて、受験勉強はあまりしていなかったのですが、好きだった数学の授業やテストだけはきちんと受けていました。東工大だけ数学の配点がかなり高かったので、一番受かりやすそうだと思ったんです。
――大学では何を専攻されましたか?
内山力氏: 情報科学科で、実体はコンピューターと応用数学で2つあったのですが、僕は応用数学の方をやっていました。「勉学にいそしんだ」という程ではありませんが、数学だけは勉強していたと思います。その後、先輩の引きもあって、日本ビジネスコンサルタントというコンピューター会社に入りました。この会社は上場する時に社名を変えて、日立情報システムズという名前になって、今はもう1つの日立電子サービスと合併して、日立システムズという非常に大きな会社になっています。
――日本ビジネスコンサルタントではどのようなお仕事をされていましたか?
内山力氏: 「コンサルタント」とありますが、実体はまさにコンピューター会社で、ITアウトソーシングの業務が主でした。当初はコンサルティング的なことをやっていたんでしょうが、僕が入った頃にはすでにIT会社という感じでした。会社ではシステム提案書を作る仕事が一番多かったです。
ビジネスに息づく「数学」に注目
――執筆をされるようになったのは、どういったきっかけでしたか?
内山力氏: 産業能率大学を含め、通信教育でテキストを書くことになったのが最初です。それまでは本を書いたことがなかったので、その時に初めてどうやって書くかということを考えました。テキストですから、つじつまが合っていないといけないので、構造化して書くということを念頭において書きました。あと、中小企業診断士の実習で、その資格を持っている僕が先生になって教えたりするので、知り合った人たちと一緒にテキストを書いたこともあります。テキストに関しては100冊ぐらい書いたと思います。
―― 一般向けの書籍を幅広く書かれるようになったのは、どうしてですか?
内山力氏: 独立した頃、先輩のコンサルタントと一緒に、毎年アメリカへ勉強しに10日間ぐらい行って、企業を訪問したり意見を聞いたりしていました。その人が、行った結果を市販本にしようという話になって、『価格競争のあとはサービス競争だ―アメリカ流通業の熾烈なサービス競争』など何冊かの本を、共著で書かせてもらったんです。その人から「日経文庫の資格シリーズで、『中小企業診断士』という本をすぐに書かなきゃいけないんだけど、書かないか?」と言われて、それも書きました。『中小企業診断士』のあとは、日経文庫で『IT活用の実際』や、『マネジャーが知っておきたい経営の常識』などを書いていたのですが、PHPが日経文庫に対抗してビジネス新書を出すことになって、マーケティングの本を書きました。その本で、数字のことを少し書いていたのですが、編集者と飲みに行った時に、「数学は、わりとビジネスに生きているね」という話になり、数学とビジネスの本を書くことになりました。数学のことを全般的に書いた方が面白いと僕は思ったんだけれど、編集者が「売るんだったら少し絞り込んだ方が面白い」と言うので、テーマを微分・積分に絞った『微分・積分を知らずに経営を語るな』を書くことになりました。
――『微分・積分を知らずに経営を語るな』というタイトルは内山さんがつけられたのですか?
内山力氏: 出版社です。僕は「こんな上から目線のタイトルはよくないんじゃないか」と思っていて、『微分・積分思考法』などというようなタイトルを考えていたのですが、おそらくそれでは売れなかったと思います。その本が売れたので、PHPでもマーケティングや、マネージメントなどを書くようになって、ほかの出版社からも数学系の本を書かないかというお話を、いくつかもらうようになりました。
「売れた本が売れる」本の不思議
――数学の本を一般向けに書かれる時に、心がけていることはありますか?
内山力氏: 本を書く時には、あまり飾らずに分かりやすく書くということを大切にしています。本は格調のようなものを気にする人がいますが、僕はそういうのはあまり気にしません。数学の本を書くというよりは、自分がしたコンサルティングとか、経営者養成の中で教えたり、使ったりしたコンテンツの中で、数学の部分だけ抜き出して、まとめるという感じです。限界利益という言葉をよく使いますが、調べてみたら微分そのものだったりする。そういったように、業務に数学が生きているということは、もともと感じていたのです。だから、新たに何かを調べてやったという感じではありません。
微分積分でも、数学的に踏み込んで書くと、数学者から言わせれば「それは正確に言うと、微分積分の考え方じゃないだろう」というものもあるわけですが、知るべきは微分積分ではなくて、微分積分の考え方なのです。『確率を知らずに計画を立てるな』にも、そういうところがあるかもしれません。僕は「数学」ではなく、「数学者が考えた思想が業務に生きているということ」を伝えているつもりです。
――編集者・出版社の意向も重視されますか?
内山力氏: やはり、新書の目的は、基本的に売ることです。あふれるように本が出ていく中で、まず手に取ってもらうということが重要なので、タイトルやパッケージング、プロモーションなどは出版社に任せています。コンテンツはキレがあるものにする、ということも大切です。ほかが書いていないもので、インパクトがあって、見方がストレートに伝わるということ。そういう本が売れるのではないかと思っています。でも、本は、「売れた本が売れる」という面が強いと思います。よく考えてみると不思議な気もしますが、本の一番のプロモーションポイントは「何万部売れた」ということなんです。極端に言えば、商品的にはいまひとつ面白くないけれど、大量に売れたというプロモーションをやっている人もいるでしょうし、レストランなら、「ぐるなび」で人の意見を聞きながら、調べて行って、美味しかったからもう1回行ってみようということもあります。本の場合はだいたい一回読んだら終わりですから、次の本では違う料理をしなくてはならないので、僕はその難しさを感じています。
従来の「仮説」を打ち破り、画期的な本を
内山力氏: 現実的に本を出すか出さないかという決定権は出版社にあります。本は出版社がまずは投資します。著者はお金を出さずに、初版の10%なりを印税としてもらう。増刷すればまたもらうという形で、基本的にはノーリスクです。出版社は当然、本屋まで届けても売れなければ損をする。我々はコンテンツがあっても商品化できないから、出版社がタイトル、編集、校正、装丁も含めてパッケージングし、読者に対して販売する全てのリスクは出版社が負うという関係です。今は、コンテンツも出版社が企画し、有名人にしゃべらせて、ライターがまとめてパッケージングしている本がたくさんあります。出版社そのものがメーカーになっていて、純粋にビジネスとして考えている著者は、実はほとんどいないのかもしれません。僕は売るための本を書くことも嫌いじゃないから、本が売れたら「売れてよかった」と思います。でも、売れなかったら「売れないこともあるのか」ということだけ終わるわけで、とうていビジネスとは呼べないようなものになっています。だから、最近はアマチュアのような人が書いている本が多くて、プロが少ないし、何のために書いているのか分からないし、別の目的がある場合もあります。普通のビジネスであれば当たり前なのですが、こちらが「印税は何%ですか?」などと聞くと、出版社がびっくりしているような状況です(笑)。出版社によっては、契約書を書いてから作るということもあります。「書かせてやる」という会社もあるので、そういうところには「書かない」と僕は言っています。
――本が売れない原因はどういったことだと思いますか?
内山力氏: 新聞に広告を出しても売れる時代ではないし、出版社や本屋を含めて、「売れたものが売れる」という仮説を持っているから、どうもそのジレンマに陥っているような気がします。僕らがコンサルティングしている普通の会社ならば、売れたら同じものを作るんじゃなくて、差別化と称して違うものを作るわけです。でも、本の場合だと、ある本が売れれば、次々にそれと同じようなものが出る。出版権は完全に出版社にあるので、書く側からは何もできないのです。その仮説を打ち破って、画期的なものを出していかないと、読者だっていい加減飽きてしまいますよね。テレビ局も同様で、朝の8時になるとどのチャンネルでも同じようなものをやっていて、つまらないなと思いつつ選択のしようがない。売るためにやれることは、書店に置いてもらうことくらいです。Amazonで、やらせのようなレビューがありますが、それを読むと品がないなと思ったりします。だから、かえって何を買っていいか分からなくなって、よけいに書店で売れている1位から買っていくという状態に陥るのだと思います。
コンセプトを明確化し、マーケティングの視点を
――「売れている」ということ以外に、本のマーケティングで打ち出せることはどういったことでしょうか?
内山力氏: ブランドのようなものではないでしょうか。新書でも日経や、講談社とか、岩波新書といったブランドがあるから、その内容を信じて買う人もいる。でも、今は新書でも各社同じようなものがぶつかっていて、コンセプトがハッキリしていない。ある考え方に基づいて作られた中に様々なコンテンツがあるということではなくて、ほとんどが何でもありです。例えば、昔、『少年マガジン』や『少年サンデー』では有名な漫画家が描いていて、ある意味、そこで描くと一流の漫画家だと言われる中で、『少年ジャンプ』は永井豪などの、新しい漫画家を発掘していったわけです。そういうコンセプトでやることにより、『少年ジャンプ』は毎週買う読者という、リピート需要を生み出しました。そういう意味では日経文庫は「ビジネスマンの知識を与える」といった一定のコンセプトを持っていました。その日経文庫が大学教授が主に書いているのに対し、PHPビジネス新書は、コンサルタント中心に書くという差別化がありました。しかし、それもいつの間にか変わってしまっていると感じています。
――コンセプトが崩壊してしまう流れには、抗えないものなのでしょうか?
内山力氏: あるコンセプトで数冊出すのではなくて、1冊毎に売れるか売れないかを判断して出すので、同傾向の本が売れたか、というのがポイントになるわけです。そういうことをやっているうちに、だんだんと似たような本ばかりになってしまう。1点あたりの投資を、原価計算して、例えば損益分岐点を2000部ぐらいに置くと、販促や認知行為も大したことはできないから、その程度しか売れない。村上春樹の本は、出版社が何百万部も売れると思っているから、最初から40万部を刷って、思いきってプロモーションも打てるわけです。ほとんどの本は、新書でも何千部か刷って、増刷すればヒット、もう1回増刷できれば中ヒット。さらにもう1回増刷すれば大ヒットというぐらいです。3000部ぐらいしか刷らないと、平積みにもならないし、販促もしないので、取り敢えず売ってみて、ダメなら次といった状況になります。それを繰り返していくと、練りに練って時間とお金をかけて、マーケットリサーチを入れて、プロモーションを打つというマーケティングの常道が難しくなってしまいます。簡単に本が出せるので、本の数も増えて、自分の首をしめることになります。それよりも、4冊出すところを1冊にして、4倍お金と時間をかけて、4倍売れる仮説を立てながらマーケティングする方法を考えた方が良いと思います。例えば、まず仮版を読ませて感想を聞くとか、リサーチを入れて、コンテンツを変えたりといった売れる工夫をします。テストマーケティングでは、商品を改良したりということは、どんな商品もやっていることです。これは電子版であればできると思います。
出版社は電子書籍を売りたくない?
――内山さんのホームページでは、e-booksといった形で電子版の書籍を販売していますね。
内山力氏: それは一般の方というより、わが社のコンサルティングのお客様に売っていくことを狙いにやっています。それほど認知される必要のない本であれば、お客様によって表現を変えていくことができます。本で読まなきゃいけない理由はありません。
――電子書籍についてはどのような可能性があると思われますか?
内山力氏: PHP新書はほとんど電子書籍になっていて、売れた分だけ印税がくるんですが、意外と売れていて、「こんなに買っている人がいるんだ」と驚きました。でも、出版社は売れた分だけを払うというだけで、投資していないわけです。『論理的な伝え方を身につける』の電子版が出る時に「リンクを貼るとか、パワポで動くようにすればいいんじゃないか」と僕が言っても、「売れるかどうか分からないからお金をかけられない」と言われました。『会社の数字を科学する』という本は、僕がやっているセミナーの中で一番売れているものを本にしたんですが、電子化する時に「これをテキストにしてセミナーの動画もつけて売ればいい」と言った時も、「そうするとお金がかかる」などと言うわけです。出版社としては、電子本というのは、価格が落ちるだけで、本質的には売りたくないのではないかと僕は思っています。
――電子書籍では、出版社を通さずに個人で出版する可能性も出てきますね。
内山力氏: 出版社にとって一番怖いのは、出版社を通さないコンテンツが大ヒットするという場合だと思います。でも、僕らが書いている本は、本という形を通して欲しい情報を得ている読者が多いわけです。そうすると別に本の状態じゃなくても、どういう形でも要は伝わればいいわけです。
電子書籍を怖がってはならない
内山力氏: 小説を読むのが好きな人は、文学が好きなのであって、情報が好きなのではありません。僕らは小説家じゃないから、情報のキレが一番大事なのであって、それを表現するツールが紙しかないというのでは物足りない。電子本や映画、あるいはゲームだろうと、どういう形をとってもいいと思っていますし、そのうちそういった形のものも出てくるんじゃないでしょうか。その時は、逆に本を守るためにも、もっと投資していくべきだと思います。テレビが出てきた時、映画はダメだろうということで、日本映画はなるべく安く撮る、という方向になっていったけれど、逆にハリウッドはもっとお金をかけて、テレビではできないコンテンツを作ろうとしました。それと同じように、電子本を怖がってはいけません。電子本が売れない一番大きな理由は、実は、誰も投資しないからなのです。最初にあまりお金をかけないで出したものが当たったとしたら、次はお金をかけてやる可能性も出てくると思います。
――最後に、展望をお聞かせください。
内山力氏: 本は僕のビジネスに必要なものですから書き続けていきます。それが市販本がいいのか、それとも別の形がいいのかと考える点もありますが、どんな形にしろ、読者と良いコミュニケーションがとれればと思っています。それから、ウェブサイトで、通信教育というスタイルで本を書いて、それを添削してフィードバックするという形でやっていくというようなことも考えています。
僕らの本は情報ですから、法律の改正など、劣化していく可能性があるわけなので、リアルタイムメンテが可能な電子本の方が有利な面もあります。本業に使っている教科書を、市販本で出している理由は、セミナーを受けなかった人にも同じコンテンツを渡せるからです。一緒に考えた企業も、成果物として本にするというのはすごく喜びますので、そういったことはこれからも続けていきたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 内山力 』