楠木新

Profile

1954年、神戸新開地生まれ。京都大学法学部卒業後。生命保険会社に勤務し、人事・労務関係を中心に企画、営業、支社長等を経験。勤務のかたわら、ビジネスパーソン150人にロング・インタビューを重ねる。朝日新聞beに「こころの定年」を1年余り連載。関西大学で非常勤講師(「会社学」)を勤めた(~’11年)。執筆のほかに講演、セミナーにも取り組む。『会社が嫌いになったら読む本』『人事部は見ている。』『サラリーマンは、二度会社を辞める。』(以上、日経プレミアシリーズ)、『就活の勘違い』(朝日新聞出版社)、『ビジネスマン「うつ」からの脱出』(創元社)ほか、書籍多数。

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読者に「いい顔」になってもらうために書く



楠木新さんは、企業に勤務しながら執筆に取り組み、就活、人事、メンタルヘルス、サラリーマンの生き方の問題など、会社員をとりまく実情を当事者の目でつぶさに見て作品化しています。楠木さんにとって会社で働く、そして執筆するとはどういう行為なのか、そして生まれ育った神戸・新開地への想い、また、常に心にあるという「芸人」への強い憧れなどを踏まえて、お聞きしました。

人を育てる装置としての会社組織


――このたび新著を発刊されるそうですね。


楠木新氏: この10月に、大和書房さんから『会社の「仕組み」を知っている人だけが、上手くいく』という若手社員に向けて書いた本が出ました。今まではどちらかと言えば、中高年の方を対象としていましたが、それだとお互いに年をとって共倒れになってしまう(笑)。そこで今回は新たな層にターゲットを絞ってみました。

――若い人にどういったことを伝える本になるのでしょうか?


楠木新氏: 私たちの頃に比べて、今の若い人の労働環境は格段に厳しくなっています。そういう中で、すぐに起業や独立を考える人も少なくありません。しかし会社は、自分を鍛え、成長するための基礎力を養う場であり、格好の装置ではないかと思っています。特に若いうちはそうです。その装置がどういう仕組みになっているのか、どういう働き方をすればいいのか、ということを意識して書きました。
私は、現在半分はフリーランスの仕事をしています。そこでは誰も指導してくれたり、叱ってくれたりはしません。レベルに達していなければ次の仕事がこないだけなのです。それに比べると、会社では、部下や後輩を育成してくれる。また会社での仕事は、誰もができることをベースに設計されているので、若い時にまず基礎力を身につけるには打ってつけの舞台になるのです。
もちろん先輩から納得できない指示を受けたり、自分の存在を否定される言葉を投げつけられることもあるでしょう。でもそれも間違いなく社会の一コマだと思うのです。そういう中で、試行錯誤を繰り返すことが成長のための基礎力になります。

――会社を単なる働く場とは見ないということでしょうか?


楠木新氏: そうです。会社の中は、個人と会社との雇用契約だけで成り立っているのではありません。「メンバーシップ」と呼ぶべきものが存在しています。そのメンバーシップの中で仲間とどのように働いていくかという学びの場でもあるのです。若いうちに、この学びを習得しないと、40歳以降の選択肢のある働き方は見えてこないというのが実感です。まぁ、あまり堅い本ではないので、「そういう見方もあるのか」と気楽に読んでいただければと思っています。

歓楽街とサラリーマン社会


――会社やサラリーマンを描く作品を書かれていますが、ご実家は自営業だそうですね。


楠木新氏: えぇ、父は薬局を営んでいました。私は神戸の新開地という歓楽街近くの商店街で育ちました。当時は、高度成長の真っただ中で、三菱重工や川崎重工の造船所も近くて街は活況を呈していました。かつて神戸の中心地だった場所で、ダイエーを創業した中内功さんや、映画評論家の淀川長治さん、作家の横溝正史さんも新開地で育った人たちです。
当時は飲食店や映画館が軒を連ね、男性が遊ぶ場所もありましたので、遅いときは午前1時頃まで店を開けていました。近所の友達も酒屋、寿司屋、たばこ屋など、「屋」のつく家の子どもが多く、夜の9時や10時まで子供同士でよく遊んでいました。
また、当時新開地には演芸場の神戸松竹座があり、遊び人の兄ちゃんがただで僕たちに入場券をくれたので、よく通いました
きらびやかな舞台の上で、芸人さんが、漫才、コント、モノマネなどの芸を披露して満員の劇場に笑いの渦を作る。その様子を見て「こんなにお客さんを喜ばすことができるなんて凄いなぁ」と我を忘れて毎回の出し物を見ていました。私にとってそこは夢の世界でした。当時の芸人さんに対するあこがれは今も続いています。

――その神戸新開地で印象に残っているのはどういった人ですか?


楠木新氏: 商売人、職人さん、芸人さん、なかにはアウトローを気取った人もいて、個性的な人ばかりでした。薬局の店の前にあった喫茶店で「車検の時はタイヤに傷さえつけておけば、後でうまくごねれば車検代はただになるのや」などと詐欺まがいのことばかり言っているおじさんがいました。一方で彼は、事情で親がいなかった近所の兄弟に、すごく肩入れして金銭的にも支援していると母親から聞いていました。「あのおじさんは、いい人か悪い人かわからんなぁ」と子供心につぶやいたことを今でも覚えています。
一筋縄では理解できない人がたくさんいて、モノサシがいっぱいあったような気がしています。今でも、「全く正しいこと」や「間違っていないこと」は実際にはあまり役に立たないという感覚が私にはあります。もちろん会社の中は、きちんとした世界なので、自分の価値観を出さないように我慢しています(笑)。歓楽街とサラリーマン社会とのギャップがモノを書く際の一つのテーマになっています。

――会社に入って、驚いたサラリーマンのカルチャーはありますか?


楠木新氏: 入社した当初は、毎日が“ふしぎ発見”でした。
まず奇妙だと感じたのは、電話をかけたり、書類を作成するだけで、決まった日に給料がもらえることでした。お金の取り扱いを抜きにして仕事が成り立つのが不思議だったのです。実家の商売では閉店後に、毎日の売上金から仕入れに回す分のお金、食費、光熱費のお金などを封筒に入れて整理していたからです。
また各社員が、上司の指示をそのまま聞き入れて仕事をすることにも違和感がありました。私の周りにいた商店主のオッチャンたちは、例えば町内会の会長が何を言っても、自分が納得しなければ従わない人ばかりだったからです。
さらには自分の仕事が終わっても支社長が帰るまでは、上司や先輩がオフィスに残っていることも理解できませんでした。
当時の私は、社内に存在する「メンバーシップ」について、何も理解していなかったからです。会社は分業で成り立っていて、一つにまとまって初めて社会に貢献できる存在になるのだと気が付いたのは、ずいぶん後のことです。

著書一覧『 楠木新

この著者のタグ: 『組織』 『考え方』 『働き方』 『価値観』 『教育』 『サラリーマン』 『書店』

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