自分のために書く
――最初に書いた本は『仕事の革新』ですか?
田尾雅夫氏: そうです。あれは雑誌や学会誌に投稿したものをそのまま載せた形だったので、比較的簡単だったかもしれません。
僕は、本を作るのは編集者との連携だと思っています。僕がいまだに尊敬しているのは木鐸社の坂口さんという女性の編集者です。彼女のところで、『仕事の革新』と前後する頃に、リプスキーという人の翻訳書を出したんです。その時、彼女が僕の文章を「あなたの文章は長すぎる」と指摘してくれました。だから彼女が僕の文章を変えてくれたといっても過言ではありません。だから僕は、本を出す時には編集者がどういう人であるかをまず注意します。僕は、本当に編集者に恵まれてきたと思っています。
――どのような編集者が理想ですか?
田尾雅夫氏: 編集者との関係に関しては、相性だと思っています。それから、きちんと見てくれる人。木鐸社の坂口さんはすごい人で、今も尊敬しています。最近書いた『公共経営論』も同じ木鐸社から出していますが、ゲラを直す直前に彼女に会いに行った時に、「読めるような文章を書くようになりましたね」と言われました(笑)。
――執筆に対する思い、こだわりは何かお持ちですか?
田尾雅夫氏: 執筆は自分の好奇心の発露。人のためではなく、自分のために書いています。使命という感じではなく、生理現象のようなものかもしれません。例えば木鐸社から出版した『公共経営論』。あれは、サッチャーに始まったNPM(New Public Management)が流行った時期に、それに乗ってしまった学者や実務家がたくさんいたのですが「これはおかしい。破たんをきたして、この社会をだめにしてしまうのではないか」という気持ちで書いたんです。行政が企業のように経営できるわけがない。そういったことを書かずにはいられなかったんです。
自分の生きた時代とは、どのような時代だったのか
――電子書籍についてお聞きします。ご自身ではご利用されていますか?
田尾雅夫氏: 実は最近、iPadを使い始めました。自炊をしまして、僕の好きな松本清張をほとんどiPadに入れたので、それを読んでいます。『日本の黒い霧』や『昭和史発掘』などが好きです。
――電子書籍への期待、要望はありますか?
田尾雅夫氏: 清張に関してはiPadで読みかけていまして、昔読んだ本をまた読み返すきっかけになりました。iPadを使うと、活字は結構大きくなるので読みやすいですね。ただ、色のばらつきが少し気になります。
――田尾先生が書かれた本を、捨てたくないし売りたくもない、ということで電子化をして読む方がいらっしゃるということに関して、書き手として思うことはありますか?
田尾雅夫氏: 僕はいいと思っています。引っ越しの時に一番頭を悩ませるのは本で、「これをどうしよう」と考えます。本には、「とにかく残したい本」、「捨ててもいい本」、そしてその中間に、「未練はあるけど紙の形で残しておかなくてもいい本」といった3段階があるのだと僕は思っています。ただ、僕としては、中間の本に関してはやはり自分のところに留めておきたいなという気はあります。読んでない本も何冊かはあるんですが、自分の軌跡というか、せっかく僕が集めたものだから、人には公開したくないと思っています。これまで集めた本の体系は、僕の頭の中の世界と全く一緒ですから、全部無くしてしまったら、僕の頭の中が壊れてしまいそうな気がします。
――今後の展望をお聞かせください。
田尾雅夫氏: 僕ももう67歳。70歳に近いですから、あとは好きなことをして生きていきたいと思っています。好きなことをさせていただけるのがこの大学のいいところで、僕は本当に感謝しています。
今後に関してはあまり考えてはいませんが、書きたいと思っていることはたくさんあります。自分の生きてきた時代が、これからどういう時代になっていくのかということに非常に関心あります。昭和は63年で終わりましたが、僕は戦争が終わってすぐの昭和21年生まれ。僕が生まれてから昭和が終わりを迎えるまでの40年間、その時代にちょうど私の子ども時代、青年期が全部入っています。自分の生きた時代が、どういった時代であったのか、ということをぜひ知りたいものですね。清張が好きなのも、そういった理由なのかもしれません。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 田尾雅夫 』