小学校教育から、心理学の基礎を
――先生の使命とは?
渡辺茂氏: 心理学に関して言いますと、あまりイノベーションがありません。僕は50年くらい心理学の変遷を見ているのですが、流行り廃りは色々あるのですが、例えば同じ50年間の物理学や生命科学の発展と比較してみると、心理学はちょっと堂々巡りをしているようなところがあって、あまりイノベーティブではありません。だから、もっと本質的なイノベーションを心理学者にやってもらいたいと思っていて、僕はその手助けをしたいと思っています。今までのようにコンテンツを増やしていくだけではなくて、何か根本的なイノベーションを考えてほしいというのを学会向けに発信できたらなと思っています。僕らの頃は、輸入学問だったんです。輸入学問というのは、輸入したものをノックアウト方式というか、輸入された方法で新しいコンテンツを作るということをみんなでやってきたのです。心理学は他の学問より少し遅れているなという雰囲気を僕は感じているので、もうちょっと根本的なイノベーションに取り組んだ方がいいと思います。
――心理学の教育の面について、どう思われますか?
渡辺茂氏: 心理学というのは中等教育に出てこないので、心理学を勉強する人は大学に行った人で心理学を選択したごく一部です。ところが大学で心理学を習わなくても「心理学というものはこういうものではないか」と言うと、みんな何かしら自分なりに持っているようなのです。でも学校で習うのとは随分違います。だからトンデモ本といったものが書店で山のように並んでいるのだと思います。もう少し基本的な人の心の仕組みといったものを、高校ぐらいまでに一度習っておいた方がいいんじゃないかと思います。
人と人との関係などを考えると、心理学の基本的な所は小学校の頃から身につけた方がいいんじゃないかと思うんです。例えばいじめ。それがいけないことなんて誰でも分かっていても、やってしまう。だからこそ、人間というのはそういうところがあるのだというようなことを、ちゃんと知識として教えておいた方がいいと思うんです。
――他にも必要だと思われる教育はありますか?
渡辺茂氏: 例えばクスリとか、或いはパチンコ、ギャンブルなどの、なにかに溺れるという問題なども教えておいた方がいいんじゃないかと思っています。心理学的なリテラシーというか、常識といったものを、もう少し若いうちに学習するような制度になったらいいんじゃないかなと思っています。
――今後の展望をお聞かせ下さい。
渡辺茂氏: 最初にお話した共感の研究というのを進めているので、それはかなり詰めていきたいと思っています。それから、動物に絵を見せるような仕事を随分やっているので、一度それを本に纏めてみたいと思っています。美の起源みたいなもの、或いは動物の美というものを、チャンスがあれば纏めてみたいと思っています。例えば、美は人間に固有のものではなくて、それには進化的起源があって、ある部分では動物もシェアしている。またシェアしていない部分もあって、最終的に何がきれいかというのは個人の問題だし、文化の問題もあると思います。人ではなくても脊椎動物の脳ならば、「こういうものが気持ちがいいんだ」というようなものがあるのかもしれない。そういったことを、今後は纏めてみたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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