会計士を目指したことが、経済の道へ進むきっかけに
――ブラジルから帰国後、最初は公認会計士を目指していたそうですね。
柳川範之氏: ブラジルに行っている間に父親からかなり勧められたのもあって、公認会計士になろうと思っていました。それで、できれば日本とアメリカの会計士資格を取って、国際業務のコンサルティングのようなことができないかなと考えたんです。今から思うとそのプログラムはあまり間違っていなかったんじゃないかなと思います。今でこそ、そういう仕事をされている人はかなりいらっしゃいますし、みなさんご活躍されていますが、当時はまだ数も少なくなかったので、あのままいっていればその先駆けになっていたかもしれません。今頃はもう少し立派なオフィスにいて、お金持ちになれていたんじゃないかな(笑)。
――公認会計士になりたいと思った理由はなんだったのでしょうか?
柳川範之氏: サラリーマンは大変なので、手に職があった方がいいんじゃないかと考えました。資格があって、それで食べていける方がいいのではないかと考えたのですが、弁護士の資格を取るのは大変そうだと思い、会計士を選んだのです。
――その後、経済に興味を持つことになるのですね。
柳川範之氏: まずは日本の会計士の勉強をしていたのですが、会計士の試験の中に、当時は必修科目で経済学があったので、それがきっかけで経済学の勉強を始めました。でも経済学はさっぱり分からず「これでは試験も受からないぞ」と思いました。ですから、経済学との出会いは結構最悪だったのではないかと思います(笑)。
――どのようにして経済学の勉強をされたのですか?
柳川範之氏: 会計士の受験の手引きなどで薦められていた参考書を読んでも、慶応の通信のテキストを見ても、経済学はさっぱり分かりませんでした。分かる本を探そうということで、当時シンガポールにあった日本の本屋さんで、日本語と英語の本を探しました。あまり詳しくは覚えていないのですが、誰かに勧められた本や、どこかで紹介されているような本を幾つか読んでみることにしたんです。そうしたら、意外に分かってきたんです。
――ご自分に合う本を見つけられたのですね。
柳川範之氏: そうですね。これは最近でも色々な人に言っているのですが、テキストや教科書、参考書などには相性があって、ほかの人が薦めているものでも自分に合うとは限らないので、自分が読んで分かるものを探すべきだと僕は思っています。「せっかく名著だと言われている本を買ったから」という理由で無理して読んでいても、その本が自分に合わない場合には身につきません。勿体ないと思うかもしれませんが、そこは投資だと思って、見切りをつけて、自分に合う別の本をできるだけたくさんの中から探すべきだと思います。本によっては説明の仕方や、強調しているポイントも微妙に違います。その説明の仕方が合う人と合わない人がいるんです。僕は相性を見極めて本を選んだ結果、経済を理解できるようになりました。それからはだんだん経済が面白くなってきたので、「経済学で食べていけないか」ということを考え始めたのです。
専門書から一般向けの本へ。分かりやすく、易しく解説
――それから経済学の道へ進まれ、本を書かれるようになったのですね。
柳川範之氏: 経済学者としては、自分の研究や専門書を出すということが比較的に日常としてありました。それが本を書くきっかけでもありました。でも今は、なかなか専門書が売れなくなってきています。最初の頃は、自分の研究を日本語でやさしく解説するといったものではなくて、研究そのものを日本語で書く、いわゆる専門書を出していました。
――専門書だけではなく、一般向けの本も出されていますよね。
柳川範之氏: 最初は、経済学を易しく解説することを重視して、テキストを易しく書くところからスタートしました。それで、もう少しそれを噛み砕いて一般の人向けに本を出そうということで、出版社側からの賛同の声もあり、少しずつ読者対象を広げていったという感じです。
――どういった経緯で、本を書くことになったのでしょうか?
柳川範之氏: 大部分は、出版社の方から企画を持ち込んでいただいたというか、「こういうのを書いてくれませんか」と声を掛けていただいたんです。最近は世の中に出回る出版点数はものすごく多くて、新書などもたくさん出ています。だから出版社の方は、潜在的に書き手を探している部分が多いと思うんです。それで、こういう一般の本も書いてみませんかという話が僕にきたのだと思います。
――一般の方向けに執筆される際に、難しいと思う部分はありましたか?
柳川範之氏: 読者、特に経済学を全く勉強したことがない人に、どうやって経済学を伝えるかという部分は、なかなか難しいです。経済学部生や経済の大学院生だけにずっと教えていたりすると、一般の読者が何に関心を持っていて、どんな知識を持っているかというのがなかなか掴めないので、その辺りの感覚を掴むのに少し苦労しました。
――執筆の際に、気を付けていることはありますか?
柳川範之氏: いい加減に書いて易しくすることは、ある意味でそんなに難しくないというか、話を飛ばしてしまって、いい加減なものを作ることもできるとは思います。でもそういう作り方だと、少なくとも僕が書く意味はないと思っています。難しいロジックの話を、本質はあまり変えないで、できるだけ分かりやすいように書けないかなと、日頃から考えています。それから、何かを押し付けるという形では、決してメッセージとしては伝わらないと思うので、読者が必要としていることに対して、情報をきちんと届けることが重要だと思っています。でもそれが上手くいっているかどうかは、自分ではなかなか分かりにくい部分ですが。
――編集者に求める能力とは?
柳川範之氏: おそらく色々なタイプの方がいらっしゃると思うのですが、僕にとって一番ありがたい編集の人というのは、読者目線で見て、感想や改善点をくれる人だと思います。本は、読者という相手があるものなので、相手にきちんと伝わらないと意味がありませんが、僕は相手と同じ立場にいないので、僕が重要だと思っても向こうは重要だと思わないかもしれないし、僕がこれは易しいたとえだと思っても、読者はそう思えないものもあるかもしれない。読者がどう感じるかというのは、僕の側からはなかなか想像しにくい部分もあります。だから、そういう部分に対してアドバイスを上手く伝えてくれるとありがたいです。
著書一覧『 柳川範之 』