柳川範之

Profile

1963年生まれ。高校時代をブラジルで過ごし、大学入学資格検定を経て慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学経済学部専任講師等を経て、現職。専門は契約理論、法と経済学。著書『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞社)では日経・経済図書文化賞を受賞した。 著書に『40歳からの会社に頼らない働き方』(ちくま新書)、『もし営業の桜庭が、経済学を学んだら』(日本経済新聞出版社)、『日本成長戦略 40歳定年制 経済と雇用の心配がなくなる日』(さくら舎)、『独学という道もある』(ちくまプリマー新書)など。

Book Information

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個々の立場に立って考える。
色々なケースに生かすことのできる経済学を



経済学者の柳川さんは、慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業後、東京大学大学院経済学研究科修士課程、博士課程を修了し、現在は東京大学大学院経済学研究科の教授をされています。柳川さんの「40歳定年制」という考えは大いに話題となり、『法と企業行動の経済分析』では、日経・経済図書文化賞を受賞されました。専門書のほかにも、ご自身のユニークな経験をもとに、若者に向けての多様な価値観を伝える本も著していらっしゃいます。柳川さんに、海外での生活、執筆に対する思いや電子書籍、本などについてお聞きしました。

執筆や講演を通して、経済学の基本的な部分を知ってほしい


――大学教授として教鞭をとられているほか、最近ではどのようなお仕事をされているのでしょうか?


柳川範之氏: 啓蒙活動で「40歳定年制」という話をしてから、雇用や働き方ということに関するリクエストが多くなってきました。働くということは40歳になっても勉強し直さなければいけないし、新たな知識をインプットしないといけないのではないかというのを、雇用の話とセットで話していることもあり、教育のあり方というのをお話しすることも多いです。

――一般の方へ経済学を教えられるというのは、どのような思いからなのでしょうか?


柳川範之氏: 経済学は難しい学問に思われがちですし、あるいは新聞に出てくる景気やインフレ・デフレなどを研究する学問だという風に思われがちです。そのこと自体は間違いではないのですが、それだけではなくて、それぞれの人がどうやって上手く生きていくかとか、どのような工夫をすれば、もう少し色々と考えながら生活ができるかというような、働き方だけではなく、生活していく上でもヒントになるようなメッセージがたくさんあると思っています。そういうところも知ってもらいたいという思いから活動しています。経済学とまではいかないぐらいの入門の部分、基本的な考え方をできるだけ多くの人に知ってもらいたいということで、解説の本を書いたり、機会があれば公演やセミナーなどといった場でお話ししたりしています。

――その経済学の研究は、どんな内容なのでしょうか?


柳川範之氏: 私の最近の研究の1つは、主にコーポレートガバナンスといわれているものの、法的な側面。法律を変えるとどのように経済の実態がよくなるか、ということでコーポレートガバナンスに関係する法律と経済を繋ぐ部分の研究をしています。あとは、バブルが経済にどのような影響を与えるかとか、どのような時にバブルが発生するか、という少しマクロ金融に絡むようなものも研究しています。これは純粋に理論的な研究です。

――専門にしている契約理論とは、どういったものなのでしょうか?


柳川範之氏: 普通、経済とは市場を通してモノの売買がなされて動くと思われているのですが、実際は、単純にモノを売ったり買ったりしているケースというのは少なく、色々な取り決めや契約書を作成したりして仕事を依頼したり、会社の場合は色々な提携をしたりというように様々なことをやっているのです。市場取引といって、総需給で価格が決まるというような話をしてしまうと、契約書に書いて、色々な取り決めをするという側面が抜け落ちてしまいます。契約理論というのは、そういう抜け落ちてしまった経済の重要な部分を研究するものなのです。



当時は貴重だった日本語の本と共に成長


――幼少時代をシンガポールで過ごされていたそうですね。


柳川範之氏: 父の仕事の関係で、小学校4年から中学校1年の夏休みまでシンガポールにいました。今ではシンガポールの日本人学校はとてもたくさん生徒がいるのですが、当時はまだ少なく、1学年が30人ほどでした。中学3年生は1学年に3人くらいしかいませんでしたが、全体的に仲の良い村の小学校というような雰囲気でした。

――どのように過ごされていましたか?


柳川範之氏: 先生は日本人で、教科書も日本のものをそのまま使っていて、学校では全て日本語が使われていたので、あまり外国にいる感じはしませんでした。みんな遠くからスクールバスで通って来ていたので、朝7時半ぐらいにバスが来て、夕方4時半ぐらいに帰るというような感じでした。帰りのバスが来るまでは、みんなでグラウンドでソフトボールをしたり、コブラが出るから行ってはいけないと言われていた裏山で探検したりして、子供らしく、楽しく過ごしていました。

――学校以外では、どのように過ごされていましたか?


柳川範之氏: 当時はインターネットもなければ、テレビの日本語放送もなかったので、学校の図書館で本を借りて、喜んで読んでいた記憶があります。日本のマンガなどが一番貴重だったので、新しく日本から転校生が来ると、どんな本を持っているのか聞いて、それを借りて読んでいました。少しずつ日本語の本を取り扱う本屋さんができてきてはいたのですが、航空便で届く雑誌などは、通常の3、4倍高くて、「週刊少年ジャンプ」などは、今で言えば1000円ぐらいでした。だから、大抵は船便で来た3ヶ月遅れのジャンプを読んでいましたね(笑)。あとは、小学生だったので、立ち読みに行っていました。今思えば申し訳ないですが、本屋の店員さんも、ある程度黙認してくれていたように思います。日本語の本はかなり貴重でしたからね。

独学で過ごしたブラジルでの生活


――ブラジルで過ごされていたこともあるそうですね。


柳川範之氏: シンガポールから日本の中学校に転校して、中学は日本の学校を卒業しました。その後は高校に行かず、ブラジルに行きまして、サンパウロとリオデジャネイロ辺りでブラブラしていました(笑)。当時のブラジルには日本人学校はありませんでしたし、現地の学校に行くにはポルトガル語ができないといけないので、「行くなら小学校から入ったら」と言われました。

――ブラジルでは学校に通われていたのでしょうか?


柳川範之氏: 最初から学校には行かないつもりで、自分で勉強すればいいと思っていました。今はシンガポールも随分変わったので、学習塾が進出しているようですが、僕がシンガポールにいた頃は、全くそんな状況ではありませんでした。塾などに行った記憶もないし、だからこそ自分で参考書などを探して勉強するという癖が、シンガポール時代についたのだと思います。そうやってシンガポール時代は自分で勉強していたので、その延長線上で、ブラジルでも独学でいけるかなという思いがあったのだと思います。

――ブラジルを選ばれた理由は?


柳川範之氏: 父親がブラジル勤務になったからですが、寒いのが嫌だったんです(笑)。シンガポールには3年間いたのですが、その間1度も日本に帰らなかったので、シンガポールの気候にすっかり慣れてしまっていました。ですから、日本の冬は寒くて仕方がありませんでした。冬の間はずっと風邪をひいていたりしていたので、寒くない場所がいいなという思いがありました。
ブラジルにいる間はビーチに行ったり、サッカーの真似事をしたり、テニスをしたりと、それなりに楽しんでいましたね(笑)。

会計士を目指したことが、経済の道へ進むきっかけに


――ブラジルから帰国後、最初は公認会計士を目指していたそうですね。


柳川範之氏: ブラジルに行っている間に父親からかなり勧められたのもあって、公認会計士になろうと思っていました。それで、できれば日本とアメリカの会計士資格を取って、国際業務のコンサルティングのようなことができないかなと考えたんです。今から思うとそのプログラムはあまり間違っていなかったんじゃないかなと思います。今でこそ、そういう仕事をされている人はかなりいらっしゃいますし、みなさんご活躍されていますが、当時はまだ数も少なくなかったので、あのままいっていればその先駆けになっていたかもしれません。今頃はもう少し立派なオフィスにいて、お金持ちになれていたんじゃないかな(笑)。

――公認会計士になりたいと思った理由はなんだったのでしょうか?


柳川範之氏: サラリーマンは大変なので、手に職があった方がいいんじゃないかと考えました。資格があって、それで食べていける方がいいのではないかと考えたのですが、弁護士の資格を取るのは大変そうだと思い、会計士を選んだのです。

――その後、経済に興味を持つことになるのですね。


柳川範之氏: まずは日本の会計士の勉強をしていたのですが、会計士の試験の中に、当時は必修科目で経済学があったので、それがきっかけで経済学の勉強を始めました。でも経済学はさっぱり分からず「これでは試験も受からないぞ」と思いました。ですから、経済学との出会いは結構最悪だったのではないかと思います(笑)。

――どのようにして経済学の勉強をされたのですか?


柳川範之氏: 会計士の受験の手引きなどで薦められていた参考書を読んでも、慶応の通信のテキストを見ても、経済学はさっぱり分かりませんでした。分かる本を探そうということで、当時シンガポールにあった日本の本屋さんで、日本語と英語の本を探しました。あまり詳しくは覚えていないのですが、誰かに勧められた本や、どこかで紹介されているような本を幾つか読んでみることにしたんです。そうしたら、意外に分かってきたんです。

――ご自分に合う本を見つけられたのですね。


柳川範之氏: そうですね。これは最近でも色々な人に言っているのですが、テキストや教科書、参考書などには相性があって、ほかの人が薦めているものでも自分に合うとは限らないので、自分が読んで分かるものを探すべきだと僕は思っています。「せっかく名著だと言われている本を買ったから」という理由で無理して読んでいても、その本が自分に合わない場合には身につきません。勿体ないと思うかもしれませんが、そこは投資だと思って、見切りをつけて、自分に合う別の本をできるだけたくさんの中から探すべきだと思います。本によっては説明の仕方や、強調しているポイントも微妙に違います。その説明の仕方が合う人と合わない人がいるんです。僕は相性を見極めて本を選んだ結果、経済を理解できるようになりました。それからはだんだん経済が面白くなってきたので、「経済学で食べていけないか」ということを考え始めたのです。

専門書から一般向けの本へ。分かりやすく、易しく解説


――それから経済学の道へ進まれ、本を書かれるようになったのですね。


柳川範之氏: 経済学者としては、自分の研究や専門書を出すということが比較的に日常としてありました。それが本を書くきっかけでもありました。でも今は、なかなか専門書が売れなくなってきています。最初の頃は、自分の研究を日本語でやさしく解説するといったものではなくて、研究そのものを日本語で書く、いわゆる専門書を出していました。

――専門書だけではなく、一般向けの本も出されていますよね。


柳川範之氏: 最初は、経済学を易しく解説することを重視して、テキストを易しく書くところからスタートしました。それで、もう少しそれを噛み砕いて一般の人向けに本を出そうということで、出版社側からの賛同の声もあり、少しずつ読者対象を広げていったという感じです。

――どういった経緯で、本を書くことになったのでしょうか?


柳川範之氏: 大部分は、出版社の方から企画を持ち込んでいただいたというか、「こういうのを書いてくれませんか」と声を掛けていただいたんです。最近は世の中に出回る出版点数はものすごく多くて、新書などもたくさん出ています。だから出版社の方は、潜在的に書き手を探している部分が多いと思うんです。それで、こういう一般の本も書いてみませんかという話が僕にきたのだと思います。

――一般の方向けに執筆される際に、難しいと思う部分はありましたか?


柳川範之氏: 読者、特に経済学を全く勉強したことがない人に、どうやって経済学を伝えるかという部分は、なかなか難しいです。経済学部生や経済の大学院生だけにずっと教えていたりすると、一般の読者が何に関心を持っていて、どんな知識を持っているかというのがなかなか掴めないので、その辺りの感覚を掴むのに少し苦労しました。

――執筆の際に、気を付けていることはありますか?


柳川範之氏: いい加減に書いて易しくすることは、ある意味でそんなに難しくないというか、話を飛ばしてしまって、いい加減なものを作ることもできるとは思います。でもそういう作り方だと、少なくとも僕が書く意味はないと思っています。難しいロジックの話を、本質はあまり変えないで、できるだけ分かりやすいように書けないかなと、日頃から考えています。それから、何かを押し付けるという形では、決してメッセージとしては伝わらないと思うので、読者が必要としていることに対して、情報をきちんと届けることが重要だと思っています。でもそれが上手くいっているかどうかは、自分ではなかなか分かりにくい部分ですが。

――編集者に求める能力とは?


柳川範之氏: おそらく色々なタイプの方がいらっしゃると思うのですが、僕にとって一番ありがたい編集の人というのは、読者目線で見て、感想や改善点をくれる人だと思います。本は、読者という相手があるものなので、相手にきちんと伝わらないと意味がありませんが、僕は相手と同じ立場にいないので、僕が重要だと思っても向こうは重要だと思わないかもしれないし、僕がこれは易しいたとえだと思っても、読者はそう思えないものもあるかもしれない。読者がどう感じるかというのは、僕の側からはなかなか想像しにくい部分もあります。だから、そういう部分に対してアドバイスを上手く伝えてくれるとありがたいです。

電子書籍が主流になりつつも、本の良さは残っていく


――新しい媒体として登場した電子書籍について、どう思われますか?


柳川範之氏: 今後は、かなりの部分が電子書籍になっていくと思います。僕は今、Kindleを愛用していて、殆どの小説を電子書籍で読んでいるのですが、電子書籍は、流通というか、伝達のプロセスがかなり楽で、効率良くできますよね。それから、書籍以外のものもデジタル化されて情報が伝わる時代なので、その中で、文章で書かれたものが紙でしか伝わらないということは、おそらくもうないと思います。基本、情報はどういう形であれ、デジタルで伝わると僕は思っていて、おそらく本というカテゴリーで括れなくなるものになってくるんだろうと思います。そうすると、本という概念はなくなってくるのかもしれませんね。雑誌とブログで紹介されている記事と写真の融合体のようなものは、「名前を付けて雑誌として紙でも売ります」と言っているから雑誌という名前のものになるのであって、もう区別がほとんどないわけじゃないですか。今と同じような形で小説はあり続けるし、小説としての塊は残っていくと思いますが、それをはたして本と呼ぶのかどうかという風に考えると、別に呼ばなくてもいいのではないかなと僕は思います。電子書籍ではなくて、むしろ本の方が特殊なものになっていくのかもしれませんね。

――本は今後、どのようになっていくとお思いですか?


柳川範之氏: わざわざ紙で出して綺麗な装丁を付けてというようなものは、ある種、僕はデジタル化されていっても残ると思うんです。本屋に行けば綺麗な装丁があって、それでしか味わえないエンターテイメント性といったものもありますし、これは紙として持っておきたいとかどうしても紙で読みたいもの、というものもあると思います。



――今後の展望をお聞かせ下さい。


柳川範之氏: 「経済学を使って1人ひとりがより良く生きられるように」ということに少しでも貢献できればいいなと思っています。その1つの側面は、景気を良くすることや経済を成長させるというマクロ的な側面です。色々な制度を変えていかないと、経済がどんどん落ち込んでいく中で、1人ひとりがどれだけ努力しても上手くいかないということが出てきます。ですから、今後は「経済全体をどうやって動かしていくか」ということを研究していきたいです。それともう1つ。もう少し個々の立場に立った時に、工夫次第、あるいは考え方次第で自分の生き方や感じ方が変わってくることが随分あると思います。そういった色々なケースに生かすことのできる経済学を、皆さんに上手く伝えていきたいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 柳川範之

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『海外』 『生き方』 『働き方』 『紙』 『装丁』

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