プライベートと仕事。どちらにも欠かせない電子書籍
――電子書籍はよく使われますか?
渡辺隆裕氏: はい。実は電子書籍という名前が出始めた時からワクワクしていました。新しい技術というのに興味があり、そういうものを使ってみたいという気持ちが強いのです。
最近では電子書籍で漫画をよく読みます。『LIAR GAME』という漫画があって、学生達から「この話をゲーム理論ではどう考えるんだ」と聞かれたので読んでみたら、非常に面白かった(笑)。この話の中では、色々なプレーヤーがゲームを繰り広げるのですが、中心的なテーマは、「誰と誰が組むか」ということと、「裏切りのある中で、どうすれば組んでいる相手から信頼を獲得できるか」ということ。これが現在のゲーム理論の興味と重なっていて、非常に面白いですし、漫画というストーリーの中で、そういったテーマが描かれているのも面白いなと思います。漫画以外で最近電子書籍で読んだものでは開沼博さんの『漂白される社会』も非常に面白いなと思いました。これは偽装結婚や貧困ビジネス、現在の左翼の状況など、そういったものに取材をして書かれています。開沼さんは社会学者で、目の前に「見える」社会としては望まれざるものを社会が見えなくして、黒は黒、白は白で、グレーゾーンを白く染める「漂白」という概念を用い、社会の境界的な暗い部分を統一して捉えるというようなことを考えているんです。電子書籍は、こういう本や漫画を簡単に持ち運べて、電車の中でのちょっとした移動時間でも読めるというのが本当に魅力的だなと思います。
――先生の身近に、電子化されているものはありますか?
渡辺隆裕氏: ジャーナルはほとんど電子化されていますので、論文をPDFファイルで落としてクラウドに入れています。読みたいものは全部入れておいて、時間があれば読みますし、それから「あれはどうなったかね?」という話になれば、「ここにあるよ」とすぐに説明することもできます。また、今自分が興味を持っている研究テーマに関連するものを入れておいて、共同研究している時に必要になれば出せるような形にしています。
――先生にとって、電子化のメリットとは?
渡辺隆裕氏: 空いている時間に気になっている論文を読めるということです。このことによって仕事場所という点で自由になれて、喫茶店などでも論文が読めるのがいいですね。また「今日は疲れたから、以前やっていた課題を考え直したいな」などと思った時にも、その資料や論文がすぐ取り出せて、すぐにそれができるようになりました。今まではカバンの中に入っている資料や論文は、今進めている研究に関するものだけでした。そういったように、自分の気持ちやシチュエーションに合わせて自由に読めるのは、非常にいいですね。それから、タブレットのサイズによって自由に行数などが変えられるところもいいです。
電子書籍の飛躍に期待
――紙の本の方が良いと感じる部分はどういったところでしょうか?
渡辺隆裕氏: 論文や本を読む時に、眺めるだけではなく、線を引けるところですね。今、電子でも線を引ける機能がありますが、実際に引くのとは感触が違うので、そこが電子化のこれからの課題かなと思います。ただ、慣れもあるのかなと思います。私の授業では、タブレットを出して講義資料を見たり、PDFに丸を付けたりしている子たちも増えてきていますので、小さい頃から電子化されたものに慣れた子たちが、これからどういう形で理解をしていくのかという可能性は、未知数だと思います。
――先生にとって、本とはどのような存在でしょうか?
渡辺隆裕氏: 若い頃、論理的に考えて、自分の中で反芻しながら自分の思想形成をするのは本だったと思います。本は人の考えを作るようなものなのかなと、思います。でも年をとってくると、思想形成というよりは情報を入手するために本を使うということが多くなります。昔、自分が味わっていたような本の読み方をしたいなと思うのですが、自分が執筆をするようになると、「私ならこう書くのに!」とか、「こう書けば分かりやすいのに!」などと、どうしても批判的に読んでしまうようになってしまって、それが悲しくもあります(笑)。
――今後、電子書籍はどうなっていくと思われますか?
渡辺隆裕氏: 電子書籍にはもっと大きくなってほしいです。実は裁断機も買っていて、自炊も色々してみようかなと思っています。自分ではどうしてもバラバラにできない本というのはありますが、自分の中では逆に、物質にこだわりたくないという気持ちも出てきました。昔は収集癖があり、色々な物を集めていたのですが、ある時からそういった収集をしなくなりました。物に執着するのではなく、物から開放されたい気持ちが強くなったのかなと思います。
――今後はどのような活動をされていきたいとお考えですか?
渡辺隆裕氏: 1つは、自分が感じた知への興味、数学や数理の思考で社会科学を捉える面白さといったものを、後身に伝えるといったことに費やす時間を増やしていきたいと思っています。今50代に年が近づいているのですが、50歳というと、研究活動から教育や啓蒙活動へと切り替えて行く時期なのではないかと思うんです。新しい本やウェブ上での学習システムなど、そういったものを今後作って、みんなにゲーム理論の面白さを知ってもらうための活動をやっていきたい。大学の先生の場合、研究面で更に大きくやっていく人もいると思います。でも私の場合は、それよりも一般の社会の方への啓蒙活動や、教育を進める方が自分には合っていて、それが私の使命でもあるのかもしれない、と感じています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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