ほかにはない本を書きたい
――最初の本は、出版社の方から声がかかったのでしょうか?
井出保夫氏: はい。最初は雑誌にコラムのような形で書いていて、それがウケて連載するようになったのです。それから「単行本で出してみませんか」という話を編集者の方にいただきました。その編集者が、これから独立してビジネス本を専門に扱うような出版社を作る、という時でした。当時はそういう編集者がたくさんいました。
オリックスを辞めた後、外資系の証券会社にいた藤原直哉さんたちと、コンサル会社、シンクタンク藤原事務所をやっていました。藤原さんが本を書く時に、「どういう本を書いたらウケるのかな」などと考えていたのを近くで見ていたので、その後、自分も同じようにして出版してみようと思いました。当時は、インターネットはありましたが、まだ一般向けではなかったので、媒体としての書籍はすごいなと思いました。
――今は出版点数も多くなりましたし、本の状況も変わりましたね。
井出保夫氏: 当時は、「出せば必ず売れる」といった、長谷川慶太郎などといったビッグネームが、年間でものすごい数の本を出していました。同じような内容の本を出しても、全部が売れるのはすごいなと思いました。コアになるようなファンが必ずいて、本が売れてくると、普段は読まないような人が触発されて本屋へ行って買う、という時代でした。だから目新しいテーマが必要でした。
――執筆に対する想いはありますか?
井出保夫氏: ノウハウだけの本ならば教科書を作るようなところから出せばいいかもしれませんが、私の本には思想を語るようなところがあります。本にはそういう部分も必要だと私は思いますし、そういう本にすることができたからこそ、ある程度売れたのだと思います。『不動産は金融ビジネスだ』(フォレスト出版)を書いた98年当時は、不良債権をどうするかというのが非常に重要な課題だったので、不良債権の証券化などを中心に書くようにしました。
二番煎じのようなものは嫌ですし、独自のもので洗練されたものを書きたいのです。そういう風に読者に言ってもらいたいなと思いながら書いています。類書のようなものがその後たくさん出ましたが、それとは一線を画した本。専門書という面だけではなく読み物でもある、という本を出したいと今でも思っています。ある人から「痒いところに手が届く」と言われたことがありましたが、それが読後感の中で一番うれしかったです。私の本を読む人は、実務をやる人がほとんどなので、そういう人にそういう評価をしてもらうのは、非常に良いことだなと思いました。
――本を出した反響は?
井出保夫氏: 97年に書いた『不動産投資革命』(総合法令)は20年分の自分の体験から「こういう風な流れになるといいな」とか「こうすべきだ」といったものを盛り込もうと思って書きましたが、それに賛同する方が業界に非常に多いことが分かりました。読者の方にも「私もこういうのをやってみたかった」という人は意外とたくさんいて、REITを作ったり、自分で作った会社を上場までさせたという人も結構出てきています。
本はビジネスツールとしても優秀
――テレビ番組にも出演されるようになりましたね。
井出保夫氏: 当時は、不良債権をどうするかという出版物もたくさん出ましたし、テレビの経済番組でもよくそういうテーマを扱っていた時代なので、取材も来ました。「本屋で平積みされている本を読んだのがきっかけ」という人が多かったように思います。NHKの「クローズアップ現代」に出たのですが、アナウンサー兼記者が「こういう番組作りをするんですよ」と提案してくれたので、協力してやりましょうか、といった流れになりました。その番組で「不良債権は宝の山」と言ったのを覚えています。そのテレビ出演も元は本が窓口でした。そういう意味で、本はビジネスのツールとしても非常に良かったです。当時は私の事務所が渋谷にありましたが、本がどれくらい売れているかというのが気になって本屋へ見に行きますよね。NHKも渋谷にあるので、番組制作に携わっている人も、近くの本屋に行って取材用の本を買っていたのです。今はもうインターネットである程度、代替されていますが、当時は「世の中を見る」という役割は本屋が一番大きく担っていたので、現代よりも記者や政治家、役人から重宝されていたと思います。
――井出さんにとって「仕事」とは?
井出保夫氏: 金儲けだけのために仕事をするのは非常に空しい。誰かの役に立つような仕事をしたいという思いは元々持っていました。ですから、そういう解決策を提案してあげるという仕事が、一番自分が望んでいたものかもしれません。
――電子書籍の可能性に関してはどのようにお考えでしょうか?
井出保夫氏: 私はけっこう電子書籍を使っていて、最近よく買っています。専門書は最初から電子書籍化されて出るものも多いのです。自分のパソコンで読むことの方が多いので、iPadは出張の時などポータブルな時だけ。どこに何が書いてあるかがすぐに分かるので、専門書には意外と合っているなと思い始めました。地方に出張する時に急ぎの原稿などがあっても、本を持って歩かなくていいので楽です。分厚い英語の本を色々と読んで勉強するのも電子書籍があれば楽になりますし、専門用語も辞書などをひいて調べることもできるのがいいと思います。最近、ゴルフの週刊誌を読んだのですが、意外にそういった雑誌は見直さないのです。数あるゴルフ理論の中で、これはと思った数少ないものだけを電子書籍で引っ張り出して見るのも便利です。雑誌は電子書籍を使った方が便利だなと思います。昔、読者の方を対象にした不動産投資学校をやっていて「スクールでもっと実務を学びましょう」と言ったら、全国から生徒さんが来られたのですが、「行けないけれど、もっと学びたい」という人用に、当時はテープと紙の資料を送って、通信教育のようなことをしていました。それが電子書籍でできればいいです。私自身は、そういうスクールなどは今はやっていませんが、ワンタッチで多言語化できたら最高ではないでしょうか。
――雑誌や専門書のほかにはどのようなものを読まれていますか?
井出保夫氏: 私の好きな寺山修司の昔の本が、今はたくさん電子書籍で文庫化されて出ています。演劇も好きで、『さかさま世界史 英雄伝』などは痛快で面白いので紙でも持っていたのですが、どこにあるか分からなくなってしまって、シリーズで電子書籍化されたのがすごく安かったので、何冊か電子書籍で買いました。昔の古典などは紙で買おうと思っても売っていませんし、電子書籍が良いと思います。
――紙の本の魅力とは?
井出保夫氏: 私が本が好きだということを知っている人から、誕生日のプレゼントに革製のブックカバーをいただいたりすると今でもうれしいです。紙の本は、物としての価値があるのでこれからも必要です。紙の本はゼロにならないと思いますし、図書館で全員が電子書籍を読むようなことにはならないと思います。
――今後の展望をお聞かせください。
井出保夫氏: 自分の頭の中にあるものを、書籍や講演あるいはスタディでもいいのですが、何らかの形で露出して、世の中のために役に立つという路線は20年間、変わっていません。日本は市場の規模が非常に大きいし、金融や証券、不動産業界で働いている人の数も多いこともあって、成熟の域にすぐ達してしまうのです。ある意味、あまり面白くないので、そういう意味では今はアジアのエマージングマーケット(投資や貿易によって経済成長する新しい市場)に興味があります。やはりデフレがあるところの不動産ビジネスというのは上手くいかないので、インフレが基調としてある国で、不動産の証券化のビジネスを作る一助になれたらいいなと思っています。韓国をきっかけに、今後はもっとアジアに出ていきたいです。ほかの国へ行けば分かると思いますが、韓国人はものすごく多いので、アジアにたくさんの種を蒔いていると思います。日本人のやり方とは違うところもありますが、せっかく良い繋がりができたので、これからも大切にしていきたいと思います。日本でやってきた経験をもとに、アメリカからきたビジネスモデルを、アジアでもう1回花を開かせたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 井出保夫 』