一般の人が理解できる言葉で
――執筆など、日頃の活動には、どういった思いが込められているのでしょうか?
八代尚宏氏: 経済学の考え方を多くの人に知ってもらいたいと思っています。経済学者にとって当たり前のことと、世の中の多くの人にとって当たり前のこととは、随分とギャップがあり、その責任は経済学者にもあります。一般の人が理解できる言葉で説明していないのです。学生だけではなく、朝日新聞や読売新聞の読者にどうしたら分かってもらえるのか。TPPもそうですが、利害関係者以外に、なぜあんなに反対する人がいるのでしょうか。これだけ教育が発達している日本で、経済学の基本が理解されていないのです。日本がここまで発展できたのは自由貿易のおかげなのです。これだけ市場経済のメリットを受けてきた日本で、これほど市場競争に反発が強いのは、経済学者の責任だとしか思えません。
どうしたら皆が理解できるように話せるか。よく言われるのが、自由貿易はアングロサクソンの考え方で、日本には日本の文化があると。でも、戦前の日本の市場は今よりずっと欧米に近かったのです。職人の世界で解雇規制はなかったですし、金融市場も銀行が今みたいにいばってはいませんでした。それが今のようになったのは、野口悠紀雄さんの「1940年体制」のように戦時体制が原因なのです。戦争をするための統制経済の思想がそのまま残っている。戦前や江戸時代の日本経済はもっと自由な市場でした。そんなあたりから経済を紐解いていきたい。別の視点で経済を話したいと思っています。
――他には何か問題はあるのでしょうか?
八代尚宏氏: 最近で言えば労働問題。何で派遣労働者が嫌われるのか。不思議な話です。「労・労対立」というは、私が作った用語です。日本では経営者と労働組合が一体です。ですから、欧米のような労使対立はなく、代わりに労・労対立があるのです。農業も同じで、専業と兼業の農業者同士の対立があります。そういう視点はあまりないのですが、それをきちんと示していけば、大分違うと思います。規制緩和すると労働者が不利になると考えられがちですが、逆に規制強化で雇用が減って犠牲になる労働者も多いのです。
今回のような5年を超えて有期雇用すると無期になるという、これ程、有期雇用者を苦しめる法律はありません。今まで契約を更新して何年でも長期間働いていた人が、無期雇用にしないために首を切られるのです。それを労働者のためと称してやるというのは、ひどい話です。
かってキング牧師がアメリカには黒人問題はないと言いました。あるのは白人問題だと。日本にも、派遣も含めた非正社員問題ではなく、低成長時代に年功賃金・終身雇用を死守する正社員問題があるということなのです。
――今後の展望をお聞かせください。
八代尚宏氏: とにかく成長戦略。これがこけたらちょっと取り返しがつかないです。そもそも成長戦略という言葉自体がおかしいのです。なぜかというと、アベノミクスの3本の矢は、1本目が金融、2本目が財政、3本目が構造改革で、3つ合わせて成長戦略なのですが、なぜそう呼ばないかというと、構造改革という言葉が嫌いな人が多いからなのです。
今の改革が進まない理由の1つは、1980年代末までの成功体験があまりにも強烈で、20年も経っているのにまだ脱せられない。これからは高齢化で、成長率がさらに下がるのですから、環境変化に合わせた改革が必要なのです。しかし、これまで日本は上手くいっていたと、この20年間色々な政策を失敗して低成長になっているけれど、上手くやればまた80年代に戻れると。だから、日本の良き伝統は守らなければというロジックがあるようです。
高齢化社会も、財政面では大変なことですが、同時にビジネスチャンスでもあるのです。高齢者が増えることはお客が増えることですから、高齢者が欲しいようなサービスを出せば、確実に売れるのです。それを厚生労働省が抱え込んでしまうので、介護も医療も保育も、皆、事実上の配給制度になってしまっている。そこに膨大な市場が眠っているので、民間に開放すれば大きなビジネスチャンスになると思います。政府が基礎的サービス、民間が上乗せサービスとの役割分担をすべきです。
(聞き手:沖中幸太郎)
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