八代尚宏

Profile

1946年、大阪府生まれ。国際基督教大学教養学部および東京大学経済学部卒業。経済企画庁に入庁、1981年には米・メリーランド大学大学院にて経済学博士号を取得。OECD主任エコノミスト、日本経済研究センター主任研究員、上智大学国際関係研究所教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教養学部教授等を経て現職。専門は労働経済学、法と経済学、経済政策。 著書に『社会保障を立て直す 借金依存からの脱却』(日経プレミアシリーズ)、『規制改革で何が変わるのか』(ちくま新書)、『日本経済論・入門―戦後復興からアベノミクスまで』(有斐閣)など。『日本的雇用慣行の経済学』(日本経済新聞社)では石橋湛山賞を受賞した。

Book Information

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より多くの人に、経済を分かりやすく



1968年国際基督教大学教養学部卒業後、東京大学経済学部に進学。経済企画庁在職中に米国メリーランド大学で経済学博士号を取得、OECD日本政府代表部とOECD事務局に出向。上智大学国際関係研究所教授、日本経済研究センター理事長等を経て、現在は国際基督教大学教養学部客員教授に。研究分野は応用経済学。著書に「新自由主義の復権」「労働市場改革の経済学」「社会保障を立て直す」などがあります。八代尚宏先生に、日本の経済や電子書籍についてお聞きしました。

やり方を少し変えるだけ


――現在のお仕事、取り組みをお聞かせください。


八代尚宏氏: 私は国際基督教大学教養学部で客員教授をしていますが、最初から大学にいたわけではなく、経済企画庁や日本経済研究センターのシンクタンクにいました。政府の規制改革会議や経済財政諮問会議などに参加したことがあり、今は産業競争力会議を手伝っています。アベノミクスの成長戦略を、どうやって具体的に実現するか。どうやって日本経済に投資してもらうか。財政も金融もかなり限度いっぱいまで来ています。やはり、財政に依存せず内需を拡大することが必要ですが、抵抗が大きいのです。

――なぜでしょう?


八代尚宏氏: TPPと同じで、日本の消費者にとって明らかに有利なのですが、それによって不利になるごく一部の生産者の人たちの力が非常に強いので進まないのです。岩盤のような既得権です。問題はその既得権者が自分たちの利益のために色々な理屈を作ること。それにマスコミが踊らされるという感じです。
例えば、TPPで言うと、関税を下げたら農業が壊滅すると言うのです。日本の農業は、重度のがんにかかっているようなもの。放っておいたら死んでしまうのを何とか手術しないといけない。TPPは、そのきっかけなのです。10年間かけて関税率を下げられるように、今から少しずつでも改革して行くことです。
本当に残念なのは、野菜でも果物でも、ほぼ関税率0でやっている。それで、立派に輸出しています。米も市場に委ねれば、主力の輸出商品に十分になれます。日本の米は、美味しくて安全だと、中国でも評価を受けています。しかし、値段が高い。それは減反政策のせいです。専業農家は、生産能力の4割もカットされているのです。

――4割もですか?


八代尚宏氏: 例えばトヨタやキャノンが生産能力の4割をカットされたら競争なんてできません。ですから、米を作りたい人に作りたいだけ作らせたら、当然、国内需要を上回りますから、輸出することになります。自動車だって電気製品だってそうやって成長してきました。まずは国内需要を満たして、それから海外に輸出するのです。
もう1つ、農業保護をやめる必要はありません。他の先進国、アメリカでもヨーロッパでも皆保護しています。問題は保護の仕方。日本のように減反をして、価格を吊り上げ、消費者に大きな負担を強いるやり方は時代遅れです。アメリカでもヨーロッパでも保護の手段は補助金です。補助金があれば値段は下がるのですから、消費者の負担はなくなります。輸出競争力もつきます。減反するために補助金を出す今のやり方は、ナンセンスです。税金も消費者の負担もダブルでかかるのですから。
保護の仕方を少し変えて、農家を助けるための補助金にするだけなのですが、これが通用しない。専業農家は今、すごく苦しんでいます。彼らが自由に生産し、輸出できるようにすれば、自給率も上がります。なぜこんな単純なことができないのかと、疑問に思います。

さらに面白い本が読めるように



八代尚宏氏: どの業界でも同じことが言えます。電子書籍、出版の業界でも技術的には既に追い付いていて便利なものがあるのに、国内で「どうしよう」と言っている。そうしている間にも世界は進んでいるのです。
電子書籍を本屋で売るという話があると聞きましたが、それでは意味がないですね。電子書籍がいくら普及しても紙の本が欲しい人は絶対にいます。電子書籍と本を両方使う場合もあれば、本はかさばるので、電子書籍の方が良い場合もあります。また、手にとってみたい本がある場合も。私がこの前買った電子書籍は、翌日対談する相手の方の本でした。ネットで買って、すぐに読めるのが便利で、魅力的です。それに、著者からすれば、本を出版するのは時間もかかるし本屋にも置いてもらわなきゃいけない。でも、ネットならどんなにわずかな需要でも原稿さえ出せば良いのですから、本を出す側にとっては可能性が広がると思います。本を出版するのは大変なことで、特に新人の参入が難しい。その参入障壁を、コストが安くなるので、随分下げられるのではないか。それだけ色々なアイディアを持っている人が参入できます。

――新鮮なものが増えますね。


八代尚宏氏: 広い意味の出版の手段を広げることで、さらに面白い本が読めるようになるのも電子書籍のメリットではないか。面白い電子書籍が逆に本になる可能性もある。印刷コストが見合うものだけを、後で本にすれば良い。まず本を作って、それから電子書籍にするという今のやり方と、逆も十分にありうると思います。

変わったことをするのが好き


――子供の頃、夢中になったものはありますか?


八代尚宏氏: ちょうど、早川書房のSFマガジンが刊行された頃で、日本の伝統的な文学よりは、専らSFを読んでいましたね。子供の頃は、とにかく何か変わったことをやってみるのが好きでした。それは経済学でも大事なこと。経済学の手法は、何にでも当てはまるということなのです。

――経済企画庁在職中に米国メリーランド大学に行かれていますね。


八代尚宏氏: メリーランドへ行った時は、当時、日本ではあまりやらなかった社会問題の経済学、アメリカの社会保障や労働問題などを学び、非常に面白かったです。
通常、経済企画庁だと金融や財政政策などを学ぶのですが、私は少し外れて、貧困や差別などの珍しい分野を学びました。特に差別の経済学は、アメリカでは深刻な問題だったのです。

――先生は色々な所にアンテナをお持ちですが、今後何か書きたい本はありますか?


八代尚宏氏: 引退したらぜひ小説を書きたいと思っています。大事なことは、小説の中にメッセージが強烈にあること。小説で世の中を動かせたらすごいなと思っています。

――執筆についてお聞きしたいのですが、出版の際は、編集者の方から意見をいただくことも多いのでしょうか?


八代尚宏氏: 自分が書きたくて書いた本もありますが、編集者から「こうした本を書け」と言われて書き、結果的に良かった本もいくつかありました。著者が面白いと思っても読者が面白いと思うかどうかは分かりません。ですから、編集者と上手くコラボレーションできると良いものができるのです。編集者はこちらの力を引き出してくれますが、そのセンスはすごいなと思います。そういう意味では、編集者が明確な主張を持っていて、著者はそれに導かれていくといった競馬の騎手と馬のような関係だといいですね。
また、私は常に自分が読みたい本を、編集者との共同作業で作ります。以前、アメリカで出版したことがあるのですが、その時の編集者は、自分の理解できないことは書かせないという方でした。英語の問題もありましたが、それ以前に中身について、全面的に注文をつけられました。大変でしたが、やはり編集者は読者の代表だということ。言ってもらうとこちらも楽です。そういう意味で、編集者とのインターアクションはすごく大事だと思います。

――編集者の言う注文に、納得できないこともあるのではないですか?


八代尚宏氏: 私は、大学はサービス産業だと思っています。生徒が分からないと「何で分からないんだ」と怒る先生もいますが、生徒はお客様です。授業に出ていても分からないのであれば、分かるようにするのは教師の責任。それは本でも同じことだと思います。お客様の代表である編集者の注文には答えなければいけない。注文に応えることで、こちらも進化するのです。私は官庁出身ですが、役人は素人の政治家に分かりやすい説明をしなければいけません。そういった訓練も受けてきました。どこに顧客のニーズがあるかを正しくつかめれば、ほとんどが上手く行きます。


一般の人が理解できる言葉で


――執筆など、日頃の活動には、どういった思いが込められているのでしょうか?


八代尚宏氏: 経済学の考え方を多くの人に知ってもらいたいと思っています。経済学者にとって当たり前のことと、世の中の多くの人にとって当たり前のこととは、随分とギャップがあり、その責任は経済学者にもあります。一般の人が理解できる言葉で説明していないのです。学生だけではなく、朝日新聞や読売新聞の読者にどうしたら分かってもらえるのか。TPPもそうですが、利害関係者以外に、なぜあんなに反対する人がいるのでしょうか。これだけ教育が発達している日本で、経済学の基本が理解されていないのです。日本がここまで発展できたのは自由貿易のおかげなのです。これだけ市場経済のメリットを受けてきた日本で、これほど市場競争に反発が強いのは、経済学者の責任だとしか思えません。
どうしたら皆が理解できるように話せるか。よく言われるのが、自由貿易はアングロサクソンの考え方で、日本には日本の文化があると。でも、戦前の日本の市場は今よりずっと欧米に近かったのです。職人の世界で解雇規制はなかったですし、金融市場も銀行が今みたいにいばってはいませんでした。それが今のようになったのは、野口悠紀雄さんの「1940年体制」のように戦時体制が原因なのです。戦争をするための統制経済の思想がそのまま残っている。戦前や江戸時代の日本経済はもっと自由な市場でした。そんなあたりから経済を紐解いていきたい。別の視点で経済を話したいと思っています。

――他には何か問題はあるのでしょうか?


八代尚宏氏: 最近で言えば労働問題。何で派遣労働者が嫌われるのか。不思議な話です。「労・労対立」というは、私が作った用語です。日本では経営者と労働組合が一体です。ですから、欧米のような労使対立はなく、代わりに労・労対立があるのです。農業も同じで、専業と兼業の農業者同士の対立があります。そういう視点はあまりないのですが、それをきちんと示していけば、大分違うと思います。規制緩和すると労働者が不利になると考えられがちですが、逆に規制強化で雇用が減って犠牲になる労働者も多いのです。
今回のような5年を超えて有期雇用すると無期になるという、これ程、有期雇用者を苦しめる法律はありません。今まで契約を更新して何年でも長期間働いていた人が、無期雇用にしないために首を切られるのです。それを労働者のためと称してやるというのは、ひどい話です。
かってキング牧師がアメリカには黒人問題はないと言いました。あるのは白人問題だと。日本にも、派遣も含めた非正社員問題ではなく、低成長時代に年功賃金・終身雇用を死守する正社員問題があるということなのです。

――今後の展望をお聞かせください。


八代尚宏氏: とにかく成長戦略。これがこけたらちょっと取り返しがつかないです。そもそも成長戦略という言葉自体がおかしいのです。なぜかというと、アベノミクスの3本の矢は、1本目が金融、2本目が財政、3本目が構造改革で、3つ合わせて成長戦略なのですが、なぜそう呼ばないかというと、構造改革という言葉が嫌いな人が多いからなのです。
今の改革が進まない理由の1つは、1980年代末までの成功体験があまりにも強烈で、20年も経っているのにまだ脱せられない。これからは高齢化で、成長率がさらに下がるのですから、環境変化に合わせた改革が必要なのです。しかし、これまで日本は上手くいっていたと、この20年間色々な政策を失敗して低成長になっているけれど、上手くやればまた80年代に戻れると。だから、日本の良き伝統は守らなければというロジックがあるようです。
高齢化社会も、財政面では大変なことですが、同時にビジネスチャンスでもあるのです。高齢者が増えることはお客が増えることですから、高齢者が欲しいようなサービスを出せば、確実に売れるのです。それを厚生労働省が抱え込んでしまうので、介護も医療も保育も、皆、事実上の配給制度になってしまっている。そこに膨大な市場が眠っているので、民間に開放すれば大きなビジネスチャンスになると思います。政府が基礎的サービス、民間が上乗せサービスとの役割分担をすべきです。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 八代尚宏

この著者のタグ: 『大学教授』 『経済』 『考え方』 『価値観』 『農業』

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