匠英一

Profile

1955年、和歌山県生まれ。東京大学大学院教育学研究科を経て同大学医学部研究生修了。90年に株)認知科学研究所を創設し、ストレス対策やコンピュータ利用コミュニケーション研究をビジネスに応用する。専門である認知科学の立場から無意識や直感、しぐさ、消費者行動の働きを研究し、それを軸にした人材開発、コーチング、組織改革、マーケティングなどを行う。 近著に『ビジネス心理』(全3巻:中央経済)、『マンガでわかる! 人間心理を見透かすココロジー練習帳』(成美堂出版)、『1日1分!目からウロコの勉強法』(青春出版社)、『「認知科学」最強の仕事力』(高橋書店)、『仕事の厄介な問題は心理学で解決できる』(河出書房新社)など計40冊ほどあり。

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受験は自分を成長させるための手段


――本を読むことによって、見えてきたことはありましたか?


匠英一氏: 「世の中はどうなっているんだ?」といった問題意識が出てきました。それで、4年になった頃に、たまたま五木寛之の『青春の門』を読んでいたのもあって「やっぱり大学に行くべきだ。私もボクシング部に入ろうかな」と思いました。本来であれば5年で卒業だったところを、4年で辞めるので、1年損をすると親からは怒られましたが、大学へ行くという私の決心は固かったのです。受験が2月に迫っていましたが、その年は難しいだろうと判断し、「1年浪人をして大学へ行きたい」と言って両親の反対を押しきりました。「大学へ行くのだったら自分でやれ」と言われたので、京都に行って新聞配達と牛乳配達をすることにしました。京都の金閣寺の近くの牛乳屋さんに入って、朝の3時半くらいには起きて、軽四であちこち回っていました。牛乳は飲めるし、自然の環境も良い。新聞も読めるし、勉強しかすることがないという環境で、その1年間で集中して勉強するのが自分の習慣になり、受験そのものが楽しくなりました。

――辛くはありませんでしたか?


匠英一氏: 自分の場合は学ぶことに没頭できたという意味で逆でしたね。ポジティブ心理学で非常に有名になったミハイ・チクセントミハイという方がいるのですが、そういう感覚をフロー、つまり流れる感覚と提唱しています。それは人間の成長や学習にとって、ものすごく重要なのですが、私は当時、まさにそのフロー状態を作ったのだと思います。8月の夏休みには、『カラマーゾフの兄弟』や『戦争と平和』などのトルストイの本やロマン・ロランの本などの長編を読み始め、受験勉強そっちのけになってしまって、読書に1か月丸々費やしてしまいました。それで9月の模試は600人中の後ろから10番目ぐらいという最低のレベルでした。でも、『ドラゴン桜』ではありませんが、4か月後の最終の模試では、60番くらいになりました。私にとっては何か特別なことをしていた訳ではなく、マイペースに全体の概要を把握しながら勉強をしていったのです。当時は日本史の方が得意だったのですが、途中から数学に重点を置くようにしました。「自分の創造性など、数学的な能力は若い時に鍛えろ」ということを心理学の本で読んで、「数学をもう少し勉強しようかな」と思ったのです。私にとっては、受験そのものが自分を成長させるための手段になっていたのだと思います。大学受験がどういう結果になろうが、自分のやったことの結果だからそれでよい、という感じが強かったように思います。

――予備校などには通われていたのでしょうか?


匠英一氏: お金もないので予備校には行きませんでした。でも、私自身は本質的なことを分かろうとしていたので、それだけで良かったと思っています。私の場合は納得できるまでやらないと気が済まないので、「微積とは何か」といったところから考えるのです。そうやって考えて、先に自分のやり方を作ってしまっていたので、教科書を後から見て、自分が作ったやり方や法則を教科書で発見することに楽しさを感じていました。ですから、最初に何か答えを探すために本を読んで、それを真似するという発想はあまりないのです。先に自分で仮説を作って、他の有名な先生たちの本を見て、「これ正にその通りだな」と実証しているような感覚なのです。

今、何が必要なのかという視点


――精神療法の学会「エリクソンクラブ」の日本支部や、日本ビジネス心理学会など様々な協会は、どのようにして作られたのでしょうか?


匠英一氏: 私は90年に東京大学の研究者らと(株)認知科学研究所を創設し、「米国ミルトンエリクソンクラブ」という精神療法の財団をアメリカから日本に持ってきて、当時は、パソコン通信でカウンセリングをするという新しいネットビジネスをやろうとしていました。日本では心理療法を受けることが恥ずかしいなどといった事情があったからです。これは早すぎて失敗し会社も倒産してしまいましたが、ネット活用のビジネス創りに興味を持ち95年にネット接続器モデムのシェアの7割を持っているベンチャー企業に就職したわけです。
 「今の時代において何が本質的に必要なのか」というのはマーケティングにとって一番重要なことです。私はまずプロトタイプを作ろうとするのですが、時期が早過ぎる場合が多く、9割は失敗でしたね(笑)。
でも、その失敗があったからこそ次のインターネットの時代が作られたのだと私は思っています。インターネットの父と言われた慶応大の村井純先生と彼の恩師に当たる石田晴久先生たちと一緒に日本インターネット協会を作り、世界最大のインターネット技術のEXPOの第1回目を幕張メッセでやった時も、自分が総合プロデューサーを務めました。その時に、東京マザーズ第1号として有名な藤原社長らとの繫がりができて、その後、eマーケティング協会などこれまでに15団体くらい創設しましたね。

――匠さんが礎を築いたものが、主流になりつつあるのですね。


匠英一氏: 2001年頃は、大手文具会社からマップシステムを上手く使いたいといった相談をされました。でも、私は「これからはもう少し別の形に変わっていくから、あまりそこに力を入れない方いいよ」と言って、当時まだなかったFacebookのようなものを作ることを提案したのです。これはeラーニングのベンチャーが部分的にその機能を入れる形で実現しました。その2年後に、早稲田大学と大手印刷会社との共同出資による事業化を図りましたが、これもキラーアプリとなるベンチャーが途中でこけてしまい、ご破算になってしまいました。時期が早過ぎて実現しなかったということに対しては、悔しい思いがありますね。
最近では、2010年にビジネス心理検定を普及させる学会(匠氏が副会長)を創設し、『ビジネス心理公式テキスト』の初級・中級・上級と全3巻を中央経済社から去年出しました。

――なぜビジネス心理だったのでしょうか?


匠英一氏: マネジメントは社員の心理で、マーケティングは顧客の心理なのです。『心理マーケティング』という本を日本能率協会から出していますが、その類の本できちんとした根拠のある理論の本がほとんどなかったからです。実は、中国版では違うタイプの翻訳本が2冊出ていますが、本質を書いた本だから他の国でも通用するのだと思います。満足度や、商品がヒットしたかどうかということではなく、本当に大事なのは、営業や販売の現場でお客さんにどうやったら売れるのか、といった心理なのです。現場を経験しているコンサルタントの方がそれに関して書いている本はあるのですが、実践を理解した学者が書いた本はほとんどないのです。それはやっぱりおかしいし、偏ってしまいますよね。そこをなんとかしなきゃいけないと思い、検定にして世の中に広げようと考えたのです。それで、大学の先生や実務のコンサルなど40人程集めて学会を作るところから始め、検定の教科書を作るのに3年費やしました。

――「なんとかしないといけない」という思いが強いのでしょうか?


匠英一氏: ある意味で“ミッション”のような感情だと思います。私は坂本竜馬のファンで、司馬遼太郎の本を読んで感動しました。竜馬自身、脱藩してそれまでとは違う世界に入っていきましたし、身分の差があった同じ武士の中で虐げられる立場にいました。彼は町人と武士という異なる立場を経験する中で沢山の矛盾を感じるわけです。それと、心理学的には非常に興味深いところが、彼が女系の家で育ったという点。女性の心理も分かるという、武士社会とは異なる境界線にいたということが、竜馬にとって非常に良かったのかなと思うのです。私も高専に通っていたという、ある意味で学歴社会の異端な境界線にいたのが、逆に良かったと思っています。私は受験制度には少なからず反発を覚えていますし、周りを見渡しても、学者のために博士号をとるという受験の延長のような感じで、心理学を「心の科学」という視点でやっている人があまりいませんでした。でも、結果として本質的なことから外れてしまい、個々には良いことを言っていても全体としては繋がらない。自分の範囲から少しずれてしまうと「それは自分の専門じゃない」となる訳ですが、そうやって切り捨てていたらビジネスの役には立たないわけですね。
だから私は検定においても、狭くなることを避けて、問いを作る力を重要視していますし、そういった試験も上級では作る予定です。良い問題が作れるということは、能力があるということなのです。

著書一覧『 匠英一

この著者のタグ: 『大学教授』 『心理学』 『コンピュータ』 『ビジネス』

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