田中優子

Profile

1952年生まれ、神奈川県出身。法政大学文学部日本文学科卒業。同大学院人文科学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。法政大学社会学部教授、社会学部長等を経て、現在は法政大学総長。江戸近世文化・アジア比較文化を専門とする。1986年、著書『江戸の想像力』(筑摩書房)により芸術選奨文部大臣新人賞受賞。「江戸ブーム」の一翼を担った。また『江戸百夢』(朝日新聞社)ではサントリー学芸賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。2005年に紫綬褒章。 近著に『カムイ伝講義』(ちくま文庫)、『鄙(ひな)への想い』(清流出版)、『降りる思想: 江戸・ブータンに学ぶ』(大月書店)など。

Book Information

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文学を理解するためには、文化やその背景を学ばなくてはいけない


――大学当時、心を打たれたような本はありましたか?


田中優子氏: 物書きになりたかったので、現代文学のゼミに入りました。色々な本を読んでいた時に出会ったのが、石川淳という、昭和10年代に出てきた芥川賞作家でした。この方は中国文学に詳しい人で、またフランス文学の翻訳者でもあり、そして江戸文学の研究者でもあったのです。それで全集を買って、片っ端から読みました。『江戸人の発想法について』というとても短いエッセイを読んだ時は、「ついに出会ってしまった」と感じました。学者ではなく小説家が書いた研究的エッセイで、江戸時代の人の頭の中はこうなっているのだということが鮮明に分かるような文章でした。

――それまでも江戸時代のものを読まれていたのでしょうか?


田中優子氏: 研究書はあるけど、本当に本質を突いたような文章というのがあまりなかったのか、読んだことはあっても江戸文学には全く関心が起こりませんでした。石川淳さんの本を読んで、「江戸時代の人って変だな」と思いました。私たちの自我意識とか個人の一貫性など、すごく真面目になってしまうような人間観を全く持たない人たちなのです。彼らのように「笑う」ということがすごく大事だと思う人たちが、日本にいたのだということに初めて気が付いたのです。その本に出会い、頭で理解はできないけれど、深く感動して全身で納得したという感覚、「知的体感」が存在するのだということが分かりました。そして江戸文学の背景を知るために江戸文学の勉強を始めることにしたのです。でも、学部の勉強だけでは足りないことが分かり、大学院の入試の準備を始めました。一緒に入った人たちは、それまでも江戸文学をやってきた人たちなので、私はとても遅れていましたが、それでも「やりたい」という思いが強かったですね。

――江戸時代は270年と、長いですし、研究する文献の量もかなり多いのではないでしょうか。


田中優子氏: 江戸時代に関してはいくらやっても全体像は分からず、いまだに掴めていません。膨大な文献が残っていますが、それをただ読めば分かるというものでもなく、その背景にあることも知らないといけません。修士論文などを書いている時に分かったのは、江戸文学を理解するためにはさらに遡った古典が分からないとだめだということ。江戸文学には平安時代や中国の文学のパロディ的要素がものすごく多いので、それぞれの文学も知らないと理解できません。そのために本を読みましたし、勉強のために中国にも行きました。「中国文学が分かれば、もっと分かるのではないか」と考えているうちに、研究の対象がどんどん広がっていきました。古典の研究者の多くは、私とは逆のタイプかもしれません。ある作家しか研究しないとか、ある作品を徹底的に分析されている方もいますし、それはそれでいいとは思います。でも私自身は、そんなことをやっても江戸文学は分からないのではないかと感じているので、これまでに文学以外の、博物学、本草学とか、それから貿易のことなど、そういう様々な文化現象、それから美術や出版のことなども勉強してきました。

本を書くことで、世界と繋がる


――本を出版することになったきっかけとは、どのようなことだったのでしょうか?


田中優子氏: 色々な論文集に出していただいていたので、28歳の時には大学教員になりました。実は、当時は話すのが苦手で、慣れるまでにとても苦労しました。そんなある時、先輩でもある同僚の先生から「『平凡パンチ』と『流行通信』の連載をやらないか?」と言われたのです。『流行通信』は月刊で『平凡パンチ』は週刊誌でしたが、その両方の連載を引き受けました。それが出版社の方の目にとまり、「現在の大学生の気質について書いてください」というものや、「アメリカについて書いてください」といった複数のアプローチがありました。私の専門には全然関係のないものが多かった中で、筑摩書房からは「江戸文学について書いてください」という話がきて、それが『江戸の想像力』という本へと繋がっていきました。たまたま北京大学に行くことに決まっていて、どうしても4月1日には出発しなければいけなかったので、「日本を出てしまう日までに書き上げなくては」と、超スピードで書きました。あとがきも校正も中国でやって、店頭に本が並んでから日本に帰ってきました。小さい頃からずっと物書きになりたかったので、書店で自分の本を見た時は、本当にうれしかったです。

――本の魅力とは?


田中優子氏: 本を出すことはとても大事なことだと思っています。先ほども申し上げた通り、私は喋るのが苦手で、人間関係を築いていく中で、世界をなかなか広げていけませんでした。でも、とにかく書いているのが楽しかったので、「ひょっとしたら本を書くことで世界とつながることができるかもしれない」と思えましたし、実際に本を出版してみて、それを実感しました。音楽やスポーツといった色々なジャンルで世界とつながっている方もいますが、本もとても大事なツールだと思います。本を出すと、それに対して何かが返ってきますよね。悪い評価でも、「ここが間違えていた」ということでも構いません。そこで対話が始まるということが重要なのです。そうやって本を媒介にして人と人とが繋がるのです。それまで江戸時代には全く関心のなかった方が、私の本で関心を持ってくれるので、私が何かを伝えることができたかなと思えます。「こんなこと、知らなかった」というものが本の中にはたくさんあります。そうやって世界が広がっていくので、読書は人生に欠かせないものだと思います。

――先生にとって、編集者の存在とは?


田中優子氏: 本当に大事な存在です。著者が考えている本のイメージと、編集者が考える本のイメージは違います。例えば編集者の方から「こういう本を書いてみませんか?」と提案された場合。売れるような本を書いたら「またああいった本を書きませんか?」と言うのではなくて、「次はこっちの方向じゃありませんか?」というのを見抜いて提案してもらえると、また次の本に取りかかる意欲が出てきます。編集者は著者とは違う視点を持っているから、全体状況の中で「この著者は、次にこういう本を書いた方がいい」というような発見の仕方をしてほしいと私は思います。そうすれば必ず著者はそれに応えます。また、本作りは共同作業ですから、編集者は意見をバシバシ言った方がいいと思います。それから、著者の方から「こういう本を書きたい」という場合は、「市場に出していくのだから、こういう風にした方がいいのではないか」ときちんとアドバイスをしてくださるとうれしいです。ベテランの校正者はどんなに偉い先生でも間違うということを知っているので、年代の間違いまで見つけてくれる方もいます。そういうことを、勇気を持って指摘してほしいと私は思います。

――電子書籍の登場により、その役割は変化していくのでしょうか?


田中優子氏: 編集者は私と世界をつなげてくれる人だと私は思っていますし、そうであってほしいと思います。だから、完全に電子書籍の時代になったとしても、絶対に編集者だけは必要です。今後は、編集者の役割がむしろ増えていくと思います。インターネット上のものでもきちんとしたものもありますが、書いた本人の勘違いや間違いがそのままブログなどで出てしまっていることもあります。学生はそこから情報を得ることもあるので、私は必ず「本はどうやって成り立っているのか」ということを話すようにしています。本を書くことが決まっても、編集会議を通らないといけないし、編集者と校正者がいて、初稿、再稿、そして第三稿があってそれでようやく本が出る。本というのはそれだけコストがかかっていて、人の能力でできているのだということ。そのインターネットと本の違いをきちんと知っておくことが大事なのです。ですから「インターネットできっかけを掴んで本で確認する、といった使い方をしてくれ」と学生に話します。私自身も電子書籍やインターネットが好きですが、自分が目利きになって、きちんとものを選んでいくことがすごく大事だと思っています。

著書一覧『 田中優子

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