田中優子

Profile

1952年生まれ、神奈川県出身。法政大学文学部日本文学科卒業。同大学院人文科学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学。法政大学社会学部教授、社会学部長等を経て、現在は法政大学総長。江戸近世文化・アジア比較文化を専門とする。1986年、著書『江戸の想像力』(筑摩書房)により芸術選奨文部大臣新人賞受賞。「江戸ブーム」の一翼を担った。また『江戸百夢』(朝日新聞社)ではサントリー学芸賞、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。2005年に紫綬褒章。 近著に『カムイ伝講義』(ちくま文庫)、『鄙(ひな)への想い』(清流出版)、『降りる思想: 江戸・ブータンに学ぶ』(大月書店)など。

Book Information

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スペース代のいらない電子書籍を活用


――書評委員も長くやってこられたそうですね。


田中優子氏: いい情報に関しては「きちんとした情報だ」と言わないと、きちんと仕事をする人たちがいなくなってしまいますので、書評も必要だと私は思っています。毎日新聞、そして3月31日まで朝日新聞の書評委員をやっていたので、もう10年ぐらい続けてきたでしょうか。たくさんの本が送られてきましたが、読もうと思うものだけでも相当溜まっていって、本を置くために家まで建てましたが、それでも間に合いませんでした(笑)。定年を迎えた先生たちから、「研究室から本を出さなくてはいけないけど、家の中もいっぱいだからどうしよう」といった話をよく聞きました。あと、私は長距離通勤なので、「読み終わっちゃったらどうしよう」と不安になり、重くてもつい何冊も持ってしまうのです。出張の時は、10冊くらい持っていきたくなってしまいます(笑)。そう困っていたところに電子書籍が登場しました。私は「どんな本でも電子書籍で買えるのかな」と非常に期待しましたが、私が本当に欲しい本は電子書籍で出ていないのです。だから、たまたま欲しいものが電子書籍で出ていれば、電子書籍の方で買うというスタンスです。

――電子書籍をどのように使われているのでしょうか?


田中優子氏: SONY Readerをまず買って、かなり電子書籍を入れていました。iPadもそうですが、途中まで書いた自分の原稿も入れられる、ということに気が付きました。私は開高健ノンフィクション賞の審査員もやっているのですが、最終審査に残った5、6人分の原稿というと、かなりのボリュームになるので、持ち歩けませんよね。それである時、データで送ってくれるようにお願いしました。自炊は自分でやるのは大変だし、題名をつけたり、整理しないといけないから、時間もかかるなと思っていたところ、何人かの方から「そういう会社に頼んで、やっているよ」という話を聞いて、実は私はBOOKSCANを利用しています。今私は、ずっとためておいた本の中から、「この本はもう二度と読まないだろう」とか、「これは売却しよう」とか「また読むからBOOKSCANに頼もう」などと、頭の中を整理している状態なのです。全集など、まとまった形で取っておいた方が分かりやすいのもありますし、『石川淳全集』などは、「物」としての思い入れがあるのだと思うので、取っておこうと思います。それから古典籍(明治頃以前の書写あるいは印刷された資料)、江戸時代に出された本なども現物として取っておくというように、頭の中を整理しながら本を分類しています。そうやっていると、自分の中での本の存在も再確認することができます。

――江戸文化という、古き良きものを研究されていらっしゃいますが、電子書籍化に心理的な抵抗はありませんでしたか?


田中優子氏: 私は、執筆に早くからワープロを使っていましたし、パソコンも新しいものが出てくると使ってみたくなるのです(笑)。それに悩みの方が大きいから、抵抗は全くありませんでした。スペース代が高いですから、本を持とうと思ったら都心で暮らせません。2階に書斎があるから、補強なども大変でしたが、結局電子書籍の時代を迎えるのならば、なにも家を作ることはなかったなと思いました(笑)。どんどん本を増やせるし、ドロップボックスなどにも入れておけますから安心ですし、Kindleで読みたくなったらKindle版にすればいいので、読むメディアが変わっても大丈夫というのも安心ですね。
江戸時代のものは、きちんと「物」として古書店で買って、一種の財産として大事にしています。でも、内容は大事だけれど本という形が重要ではないものも多くあります。自分自身の中ではそういう風にはっきりと分かれているので、読めればいい、というもののために苦労する必要はないなと思っています。しかも、電子書籍の形で最初から出ているものはいくらか安いですよね。でも私は、安くなくても電子書籍で買うと思います。

――電子書籍と紙の本。それぞれの良さがあると私は思っているのですが。


田中優子氏: 値段は変わりませんが、朝日新聞がデジタル化した時にすぐにデジタルにしました。紙だと古紙回収に出さないといけないという、「物」としての面倒がありますが、デジタルだとそういうことから解放されますし、どこでも読めるというのもいいですね。でも、書籍の「物」としての感触。そして、本棚に並べていると背表紙の位置をなんとなく覚えていて「そこにあれがあったな」と記憶を辿ることができる、といった良さも確かにあります。本が並んでいると知らない本と出会ったりもするし、そういう面白さやワクワク感というのも、本ならではのものだと思います。電子書籍だと、自分で「この本だ」と選べないと買えませんよね。
「紙対電子」という論争は、ナンセンスだと私は思っています。それは社会が決める問題ではなく、個人が決めることなのです。だから私はもちろん両方があっていいと思います。辞書などは物として執着するような対象ではないので、電子辞書でいいと思います。百科事典は平凡社が電子化した段階で切り替えました。電子百科事典を色々なパソコンに入れておけば、検索もできるし便利です。

伝える力が重要


――総長としてのスピーチで「まさか私がここに立つことになるとは思いもしなかった」とおっしゃっていましたね。総長として、これから力を入れてやっていきたいなと思っていることはありますか?


田中優子氏: 「大学がなぜ必要か」ということをきちんと伝えていきたいと思います。今「反知性主義」、つまり「知識なんていらない」というような考え方があります。自分が納得するまで調べようとか、他の人の意見を聞こうとか、読もうと考えることで知性は磨かれていくのですが、それなしで毎日暮らしていると、自分というものがなくなってしまい、本当にちょっとした噂話に流されてしまうのです。でもそれでは選挙もできないから、民主主義社会は成立しません。今の時代において、生きるためには選ぶ力が必要なのです。これからの学生は世界のどこに行っても生き抜いていかなくてはいけません。語学力だけではなく、違う価値観を持った人ときちんと意思疎通ができる力、理解力。そして、自分のことや日本のことを聞かれた時にきちんと話せること。つまり本当の意味での伝える力が必要となります。だから大学ではそういう訓練をするために、ゼミの中でプレゼンテーションをさせたり、私が以前ゼミを持っていた時には、文章力を培うために毎週レポートを提出させ添削していました。学生たちは自分の言葉を作ることによって自分ができていくので、それはすごく大事な作業なのです。

――任期は3年ということですが、長期的な展望としてはどのようなことを描かれているのでしょうか?


田中優子氏: 大学はこれから非常に厳しい時代になるので、細かいビジョンが必要だと思っています。例えば、留学生をどのぐらい増やすとか社会人にどのぐらい入ってもらうか、カリキュラムをどういう風にするか、それから少人数教育をどうやって進めていくか、そして教授会の組織をどうするかということまで含めて、これから綿密に長期ビジョンを作ろうと思っています。そのためにも社会全体を見て、2030年まで、あるいは2040年ぐらいまでの社会展望を持たないといけません。環境破壊や少子高齢化がもっと進みますが、もし日本がそれを乗り越えることができれば、すごいノウハウを蓄積することになりますし、それを留学生がアジアに持って帰るという循環もできるはずです。最初に困った状態に陥る人は、最初に乗り越える機会が与えられたということ。日本は超高齢化社会のパイオニアになれるかもしれません。そういう風に考えれば、明るい展望を抱くことができます。そのためにもそれぞれの知性を結集しなくてはいけないと思っていますし、法政大学はそれができる大学だということを、しっかり伝えていきたいと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

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