日本酒の特質、その思想や背景を世界に伝えたい
旭酒造株式会社代表取締役社長。西宮酒造(現:日本盛)での修業を経て旭酒造に入社。79年に石材卸業の櫻井商事を設立した後、先代の急逝を受けて84年に家業に戻り、純米大吟醸「獺祭(だっさい)」の開発を軸に経営再建を図る。この40年間で、市場規模が3分の1にまで縮小している日本酒。そんな中、破竹の勢いで売り上げを伸ばし、2012年、旭酒造は純米大吟醸酒のトップメーカーに躍り出ました。売り上げも1年で56%アップの39億円となり、世界20か国に出荷され、注文に生産が追いつかないほどの人気の日本酒となりました。2014年1月には、旭酒造の変遷と展望を描いた『逆境経営』を出版され、テレビ東京「カンブリア宮殿」にも出演。今回は桜井さんに、社長に就任するまでの経緯や、社長として社員に思うこと、そして世界に伝えたい日本酒の話などを語っていただきました。
自分が社長というのは、不思議な気もする
――こちらに伺う前に、工事中の酒造を見させて頂きました。
桜井博志氏: 2015年度の2月に完成予定です。ただ、若干工事が遅れているので、このままだと完成は3月になるかなという感じでしょうか。
先日の『中国新聞』にも、書かれていましたが、今一番私たちが困っているのは酒米の不足です。山田錦が不足しているので、酒蔵ができたからといっても、酒米が増えて生産増に繋がらなければ、意味がありません。『逆境経営』の中でも「山田錦を作る人がもっともっと増えてほしい」と書きましたが、その受け皿を作るということで、今のうちに設備など、準備ができることをやっていこうとしています。
――挑戦の連続ですね。やはり昔から旭酒造の3代目になることを意識されていましたか。
桜井博志氏: 私は長男なのですが、当時はまだ病院で出産するという感じではなかったので、おそらく今工事で壊している古い酒蔵の中で生まれたのだと思います(笑)。昔はひ弱で、「あんなに気が弱かったら、酒蔵の社長はできないんじゃないの?弟の方がよっぽど向いとると思うけど」などと、人からよく言われていたようです。ですから、今でも自分が社長をやっているというと、不思議な気もしますね。小学生の頃はそういうことを陰で言われたりしていた反発心もあって、「将来は弁護士になりたい」と思っていた記憶があります。しかし、高校生くらいになると、やっぱり酒蔵のことを考えるようになりました。でも、考えると同時に恐れもあったので、「酒蔵の社長なんて自分にできるんだろうか」と友人に相談したりもしましたね。「あんた、向いとるんじゃないの?」と言ってもらったりして、段々とその気になっていったような気がします。でも、私が子どもの頃は、酒造りの現場に蔵元はあまり立ち入らなかったのです。父は自分の仕事に関してはあまり直接教えてくれなかったような気もしますので、当時の私にとっては、酒蔵は知らない世界でした。
――酒蔵を継ぐことも視野に入れつつ、松山商科大学(現:松山大学)へと進まれますね。
桜井博志氏: 経営学部に進み、初めて1人暮らしを始めました。今でも思い出すことがありますが、何もないので部屋が広く感じられて、本当に解放感で満ち溢れていました。卒業単位である140単位のところ、145単位というぎりぎりのラインでした(笑)。「フランス語ってかっこいいな」くらいの気持ちで第二外国語はフランス語だったのですが、現在ではフランスにも出店することになり、そのように繋がっていったのも、今思えば不思議ですね。
社員には幸せであってほしい。それが仕事にも繋がる
――酒造メーカーの西宮酒造(現:日本盛)に就職されましたが、修行の意味も兼ねて経験を積まれたのでしょうか?
桜井博志氏: そうですね。その時点では酒蔵を継ぐということを前提に、西宮酒造に入りました。酒造業界で生きていこうと思っている、それなりに真剣な社員だったろうと思いますが、振り返ってみると、サラリーマンとしてはあまり出来が良くなかった。変な言い方かもしれませんが、組織の中で上手く泳ぐことができないのです。社会にでると、組織の中で上手いこと自己アピールすることによって自分の立場が良くなったりとか、それに失敗して立場が悪くなったりとかありますよね。もしかすると長男だからというのも原因かもしれないと思うこともありますが…(笑)。長男というのは、生まれた時からごはんやおかずが目の前にありますが、二男、三男だとライバルが増えるわけですから「取られてしまう」、といった競争心があるわけです。のんびり育ったので人がいいというか、そういった組織の中ではなかなか上手く力を発揮できないので、ずっとサラリーマンだったら、私は芽が出なかったと思います。やっぱり向いている人、向いてない人がいると思います。ですから、サラリーマン時代の自分の経験をもとに、ここの会社では、社員としての力量以外のところでパワーバランスが決まってしまったりすることを、許さないようにしました。ここの社員はあまり勇ましいのがいないというか、穏やかな人間が多い。やっぱり、社長になんとなく似てくるのでしょうか(笑)。
――社員、会社というのは、社長にとってどのような存在なのでしょうか?
桜井博志氏: 今の段階では、まだ家族みたいなものだと思います。実際に皆の顔を覚えていて、「こいつはいつも元気だな」「今日は元気がないな」「なんとなく少し顔色が悪いな」とか、「こいつは前の日に飲み過ぎとるな」とか(笑)。そういった、社員一人ひとりの様子をなんとなく見ています。まだしばらくは今の考え、空気感のままで良いと思っています。自分と会社が一体になって、どんどん成長していっているという感じがしますね。それなりに良い仕事をしてもらおうと思えば、皆が幸せでなければいけません。入社してくれようとする人によく言うのは、「よく考えてから入ってきてほしい」ということ。「つまらない仕事だけど、当面飯が食えないから仕方がない」という人間も絶対に0にはなりませんが、そういう人はなるべく少ない形にしないと、会社としても戦力が落ちてしまいます。「会社に入って良かった」とか「会社にもっと成長していってほしいな」と思っている社員の割合の方が多くないと困りますね。
年配の方は「気迫」のことを山口弁で「きばく」と言います。やる気はなくても眼だけはかっと見開いて、やる気満々の顔をしておくこと。昔の軍隊ではそういうものがありましたが、結果をみると、それだけではいけないな、と私は思っています。精神論だけでは組織は強くなりませんよね。見せかけの気迫などはなくてもいいから、さらっと結果を出せる組織を私は狙います。