田中長徳

Profile

1947年、東京都生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業。在学中から、ニコンサロンで学生としては初の個展を開催。写真雑誌にも作品を発表する。大学卒業後ウィーンへ渡り、1980年に帰国。その後は文化庁の公費派遣芸術家としてニューヨークに1年間滞在。ライカでのスナップを専門とするほか、デジタルにも造詣が深い。 著書に『LEICA, My Life』(エイ出版社)、『屋根裏プラハ』(新潮社)、『PEN PEN チョートク日記 プラハ・パリ』(河出書房新社)、『カメラは詩的な遊びなのだ。』(アスキー新書)、『カメラに訊け! 知的に遊ぶ写真生活』(ちくま新書)など多数。各種専門誌への執筆も。

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デジタルとフィルムも共に生きている


――デジタルとアナログ、つきあい方はカメラに学ぶ部分も多いのではないでしょうか。


田中長徳氏: 私は能天気で新しいもの好きという部分があったので、デジタルカメラが登場した時も、抵抗は全くありませんでした。私が最初にレポートしたのはApple社のクイックテイクというもので、画質がとても悪く、シリアルポートで転送するので、20枚に1晩かかっていました。これが、徹底的に変わったのが2001年。デジタルカメラが感覚と同じ速度で撮れるようになった。それ以前のデジタルカメラはスイッチを入れて40秒経たないと起動しませんでしたし、次のシャッターを押すまでにも間があった。今のデジタルカメラのすごいところは、レスポンスが人間の視神経の速度よりも速いところ。それはとても良いことだと思います。昔は三脚に乗せて、動くものは撮れなかったのが手持ちで使えるようになり、約80年を経て進化した今のデジタルカメラは、フィルムライカを覆すくらいの新しいものです。

じゃあデジタルカメラが良くてライカがダメなのかと言うと、全くそういうことではありません。デジタルカメラは命が短くて3年経つと産業廃棄物になってしまう訳ですから、サイクルがものすごく速いですよね。でも、私が持っているこの80年前のカメラは、オーバーホールをして、長い間使いこなしています。私の場合は、両方のカメラと上手く付き合っていられるという状況なのです。

私は、数年前に岩波書店から『晴れたらライカ、雨ならデジカメ』という本を出したのですが、それは要するにデジタルカメラとフィルムカメラは競合するものではないという意味です。両方とも良いとこ取りでやっていけば仲良くやっていけるんじゃないかなと。

デジタルカメラとフィルムカメラ、両方良いとおっしゃっている方って若年層の方が多いのです。私が教えている大阪芸大の授業でも、40人の学生さんのうちの7割近くがフィルムです。

――デジタルネイティブ世代がフィルムを面白いと感じているのですね。


田中長徳氏: 価値観は世代によっても変わるのです。30年位前にデジタル時計が出て来た時に、機械式時計が駆逐されたかのように言われましたが、今、機械式時計は高級でありステータスになっています。私、時計好きで結構集めていて、ジュネーブサロンやバーゼルインターナショナルにも行ったことがあるのですが、男の人が圧倒的に多かったですね。男は人間的に弱いもんだから、何かにもたれないとやっていけないということがあって(笑)、機械物に凝ったり、軍隊を作ったり、電子物理学の方に逃げ込んだりとか色々なことをやる訳です。そういうことから考えると電子書籍は、男性の場合、精神的な独立なんです。例えば、古書を集めるとか、これはレアだの稀覯本だとか言っているのは手慰みであって、一言で言うと女々しい。精神は紙の上ではなくデータの上に存在するんです。これは将来、結構大事なポイントになってくるのではないかなと思います。

自分だからこそ伝えられる、経験を書きたい


――学生には何を伝えようと思っていますか。


田中長徳氏: とても難しい質問ですね(笑)。厳しい答えを言うと、写真は他の芸術分野と同じで、教育できるものではないものなので、どんなに教えてもダメな人はダメ。私は「写真教育不可能論」というのを評語して、30年以上経ちます。今のこの時代の最大の不幸というのは、目標が見えないこと。道具は完全にそろっているから、あとは撮るだけなのに、満たされ過ぎて心がしぼんでいるので、その先への一歩が踏み出せない。本当にすごく幸せな時代であると同時に、極めて不幸せな時代でもありますね。その中で、あえて学生に伝えたいこととは「もっと自分の生き方を自由にしなさい」ということ。それから、「なんのために生きるか」ということを考えてほしいと思っています。

――本では、どのようなメッセージを伝えたいと思っていますか。


田中長徳氏: 新潮の矢野編集長が、私のことを指して、「他の人が書けないような文章を書ける」と、おっしゃってくださいました。まだ発表していませんが、今ベルリンの壁の話を書いています。ベルリンの壁ができて、すでに半世紀以上になりましたが、私は壁のある時代に、西ベルリンの文化財団からの依頼で当時の姿を記録していたのです。私は壁があった頃の姿を見ている人間なので、それを現実的な話で軽いエッセイにしたいと思っています。それともう1つ、世界の色々な場所で起きた、私が体験した小話といった感じのものを考えています。1980年にリスボンへ行った時、バックパッカーでヨーロッパを1周しているアメリカ人に会ったのですが、その後、デルタ航空のチーフスチュアートになっていた彼と30何年ぶりに会った時のことなどを書いています。北京もテーマになっています。例えば「中国に行くと日本人は殴られる」とかいう話は嘘で、皆、良い人ばかりです。最初に北京に行ったのは、中国の報道写真家の大きなコンテストの審査委員長になった時です。面白かったのは、6時からレセプションが始まったのですが、一時間もたたないうちに偉い人たちは「家族があるから」ということで皆さん帰ってしまったこと。家庭を大事にするから、家族で食事するようになっているのです。いわゆる日本が考えている中国、韓国敵視政策で見る感覚とはかなり違いますよね。そういう少し視点の違う外国観を、幾つかメモしてとってあります。マンハッタンも変なところばかり歩いています。パリは今回色々と取材してきたからネタもありますし、そういうものをまとめて、本を出そうかと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 田中長徳

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