インテリジェンスという世界をもっと知ってもらいたい
防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官。専門はイギリス政治外交史、インテリジェンス研究。日本が抱えるインテリジェンス体制に関する課題を指摘し、その変革を提言する研究者として注目をあびています。インテリジェンスをキーワードに扱った著書の中でも、日本的風土の宿痾に迫った『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』では、第16回山本七平賞奨励賞を受賞しています。インテリジェンスの大切さを伝え続けている小谷さんに、本との出会い、イギリス留学中に見た研究と本の関係、さらに日本の問題について語っていただきました。
きっかけはプラモデル
――今取り組んでいる研究と、教育について伺います。
小谷賢氏: 基本的に戦史の研究や教育が主な仕事です。最近は太平洋戦争や、1982年のフォークランド戦争についての調査・研究を行っています。教育については国家の情報活動、つまりインテリジェンスという分野について教えています。こちらは学生相手にあまり馴染のない分野について話すということで、なるべく分かりやすい講義を心がけています。常に「分かりやすく」というのが頭にありますから、パワーポイントも多用します。ただこちらが喋りすぎても聞く方は大変ですので、最近では学生とのやり取りも重視するようにしています。
――戦史に興味を持ったのは、いつ頃だったのでしょうか?
小谷賢氏: 小学校の本棚に、坂井三郎氏の『大空のサムライ』と、吉田満氏の『戦艦大和の最後』があるのに気がついて、それらを読み始めたのがきっかけでした。小学校4、5年の頃だったと思います。最初は、「ガンプラ」(アニメ「ガンダム」のプラモデルの略称)から入り、その後、タミヤやハセガワのスケールモデルの作製、さらにその延長で戦史の本を読んでいました。歴史の本ではなく、戦史がメインでしたね。ちょうど小学校の時にフォークランド戦争があって、訳もわからず食い入るようにニュースを見ていたのを覚えています。軍事的な物に関心があったのです。基本的には昔から内向的というか、インドア派でしたね(笑)。
国際政治ブームで国際情勢やスパイに興味を持ち、『ゴルゴ13』にはまる
――その後どのように戦史から、国際政治に興味が移っていったのでしょう。
小谷賢氏: 高校生の頃でしょうか。今思い返せば、小中高ほぼ一貫の学校で、かなり自由な校風でした。実は高校3年生になるまで理系だったのですが、その頃、落合信彦氏の本にはまり、国際情勢やスパイなどの方向に興味がいきました。『ゴルゴ13』も取りつかれたように読みました。当時はちょうど色々な大学に国際政治学科や国際関係学科などができていましたので、国際政治を勉強してみたいという思いが強くなり、高3になって急遽文系に転向しました。
――学生時代も迷う事なく研究者の道へと。
小谷賢氏: そこまで一直線ではありませんでした。大学での講義は、期待したようなハードな国際政治学や安全保障論などではなく、平和学や国際交流的なものが中心で、やや肩透かしを食らった感がありました。その頃、故高坂正堯先生が書かれた『国際政治』という本を読んでこれだと思い、京大の大学院に進学して高坂先生の授業を受けようと考えたのですが、ちょうど先生が亡くなられてしまわれたのです。でも幸運なことに、高坂先生の薫陶を受けられた中西輝政先生から指導を受けることができました。
戦史や安全保障分野へのこだわり
――修士課程ではどのような研究をされていましたか。
小谷賢氏: 19世紀のイギリス外交史です。非常にオーソドックスかつ古典的な研究ですね。これも高坂先生の著作の影響が大きかったと思います。ただ当時、日本の大学院で国際政治学を研究しようとした場合、外交史をやるか地域研究をやるかぐらいの選択肢しかなく、戦史や安全保障の分野で研究を行っていくような土壌はまだありませんでした。そんなわけで大学院でも相変わらず戦史の本や『ゴルゴ13』を読み続けるだけで、あまり研究らしい研究をしておらず、ついに中西先生から「お前、真剣にやらんか!留学して真面目にやれ」というようなお叱りを受けました。そこで「海外で戦史の勉強ができるようなところはあるのでしょうか?」と先生に相談したところ、「ロンドン大学のキングス・カレッジというところに戦争研究専門の学部があるから、そこなんかどうだろうか」とアドバイスをいただいたので、海外で勉強するのも良い機会だろうと思い立って留学することになりました。
著書一覧『 小谷賢 』