小谷賢

Profile

1973年、京都府生まれ。立命館大学卒業。ロンドン大学キングスカレッジ、京都大学大学院修了。2004年に防衛庁防衛研究所(当時)に入所し、英国王立安全保障問題研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師などを兼任。イギリス政治外交史、日英米関係史、インテリジェンス研究を専門とする。 著書に『インテリジェンス 国家・組織は情報をいかに扱うべきか』(ちくま学芸文庫)、『モサド 暗躍と抗争の六十年史』(新潮選書)、『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』(講談社選書メチエ)、『イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か』(PHP新書)など。

Book Information

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手の届くところに本があることが重要


――読み手としてはいかがですか。


小谷賢氏: 最近はもっぱら、アマゾンなどネットを通じて購入しています。本当に便利になりました。大学生の頃は、洋書の購入に苦労しました。丸善の洋書コーナーで取り寄せてもらったりすると、1か月以上はかかった記憶がありますし、値段も高かった。海外のジャーナルなどもほとんど手に入りませんでした。最初の留学の時に「こういう雑誌・論文があるのか」と、バックナンバーを片っ端からコピーしていたのを思い出します(笑)。ですのでアマゾンのサービスが開始された時は衝撃的で、初期の頃からずっと利用しています。でもネットだと悩まずにどんどん買ってしまうので、一冊の本に対する思い入れは軽くなってきているような気がします。先ほど話しました『MI6』という本への思い入れは内容に加え、それを買うまでの様々な過程というものが大きかったと思います。

今でも書店には週に1回ぐらいは行っています。色々な本をぱらぱらと立ち読みしながら、買うかどうか迷うのもまた醍醐味です。やっぱりネットでクリックして買うよりは、書店で悩んだ末に買うもののほうが印象には残りますね。また新書などは常に入れ替わりますから、アマゾンでいくら試し読みができるといっても、あのぱらぱら読みは、やっぱり現物の本ならではのものです。
 
普段は理系の書籍、特に宇宙とか生物のものを良く読みます。それから電子書籍で漫画も読みます。一時期、漫画家を志したこともありましたので、相変わらずこだわりがあります。電子書籍を利用するのは、カバンにたくさんの本を詰め込むのが嫌だからなのです。重さを比べるとまだ新書の方が軽いので、もう少し軽くなればいいかなとは思いますが。電子書籍は本がどこにあるのかを探すのには、圧倒的に便利ですね。研究室で本棚から様々な本を出し入れしていると、徐々に場所が変わっていくので「あれ、ここにあったはずなのに」ということになって、ついにはどこかに埋もれて探し出すことも一苦労になります。同じ本を2冊買っていたということも少なくありません。またこの歳になって漫画を棚にずらっと並べるのには抵抗がありますが、電子書籍だといくらでも入れられますからね。この間Kindleで、『GANTZ』全37巻を大人買いして一気に読みました(笑)。

――電子の便利さと、紙の特性、両方必要だと。


小谷賢氏: 私が子どもの頃は絵本や図鑑などが家にたくさんありました。本を読むようになったのはその影響があったのだと思います。やはり手の届くところに本があるというのは大事なことです。子どもの段階で知的好奇心を持つようになるためには、紙の本が身の周りにあって、いつでも好きなように手にとって見られるというのが良いのではないでしょうか。好奇心に任せて次々と本棚から手に取れるのがいいですよね。私も子供のために自分が読んでいたぼろぼろの図鑑などを本棚に並べています。本には単なる情報、ただの物ではない特別な価値があるのだと思います。今でも子どもと一緒に昔読んだ図鑑などを広げて読むと、自分が子供の頃夢中になって読んでいた記憶が鮮明に蘇ってきます。本というのは無機質な情報だけじゃないところがありますし、そういった含みを書籍に持たせておかないといけない、それも本の役割だと思います。なので紙媒体の本と利便性重視の電子書籍の両方が存在する形で良いのではないでしょうか。

情報をどう使うか、新たな視点で学ぶ事によって拓かれる道


――どちらにせよ「本」はとても魅力的な媒体ですね。


小谷賢氏: その「本」という魅力的な媒体を通して、インテリジェンスという分野を世の中に紹介することが、自分の研究者としての役割だと考えています。日本では軍事やインテリジェンスのことを話すと、怪訝な顔で見られたりすることもありますが、地道にこういう分野もあるという認識が広がっていけば良いかなと。日本の教育では平和を強調しすぎて、逆に戦争についてはあまり教えられていません。平和を学ぶためには戦争や安全保障分野に対する理解も不可欠ではないでしょうか。

――いかに争いを回避するか、知ろうとする努力が平和を構築する上で必要なのですね。


小谷賢氏: そのために歴史の教育では、もう少し戦史や軍事について触れてもいいのかなと思います。昨年の『はだしのゲン』をめぐる議論を見ていても、戦争の悲惨さばかりが強調されて、どうして戦争になったのか、なぜ原爆を投下されたのか、といった視点が全く抜け落ちているように感じました。つまり戦争は悲惨なものだから絶対に駄目、というところで思考が止まっているのです。ただ教育といっても過度に構えるのではなく、少し違った観点から歴史を見直してみる、といった工夫などが大事だと思います。

最近、戦国時代の長篠の戦いについて色々な本を読んだのですが、俗にいう火縄銃の三段撃ちによって織田・徳川連合軍が勝ったという話はかなり怪しい。少しでも火縄銃を知っている人から言わせれば、「3列に並んで一斉射撃したら前の人が危ない」ということになります。最初の一発ぐらいは一斉に撃てるかもしれませんが、その後しばらくは硝煙と砂埃で前が見えなくなるし、司令官の号令も轟音にかき消されて聞こえなくなります。さらに実際の戦場では、色々な方面から敵が押し寄せてくるので、一斉というのはそもそも無理なのです。自分の目の前に敵が来たのに、合図がないからといって待ちかまえているはずはありません。まさに三段撃ちというのは机上の空論なのです。ではなぜ織田方が勝てたかと言えば、単純に3倍近い兵力差があったからです。

このように教科書で学ぶような歴史でも型通りではなく、想像力を逞しく働かせたり、時には軍事的な視点も加えたりすることでまた興味深いものになります。特に戦史においては勝敗がはっきりと表れますので、「なぜ負けたのか」といった視点によってこそ物事を突き詰められるような気がします。

――新しい見方で歴史を紐解くと、また面白いですね。


小谷賢氏: 最近は流行のビッグデータにも関心を持ち始めました。これはインテリジェンスにもかなり関わってくる分野なので、色々な本を読んでいます。人類の歴史の中で文字が作られ、遠くまで情報を伝えることができるようになると、同時にそれを隠すための暗号も編み出された。さらにグーテンベルグの活版印刷で情報の伝達に広がりが出て、19世紀の中頃に電信が発明されると、情報は人間の移動速度を遥かに超えて伝えられるようになりました。現在はインターネットの普及によって地球のどこにいても同時に情報を得られるようになりましたし、急激に増加した情報を処理する手段としてビッグデータ的なやり方が試みられているのです。現在は人類の歴史において、稀に見る情報変革の時期にあたるかもしれません。

インテリジェンスというと謀略や諜報といった後ろ暗い世界に直結しているように思われます。確かにそのような一面もありますが、基本的には「どう情報を取ってきて利用するか」という、根元的な話なのです。それが一番露骨に出るのが外交や戦争の分野でしょう。民間の企業活動やスポーツの分野にしても、情報がないと上手くいかないというのは、根っこのところでは共通していることだと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

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