小谷賢

Profile

1973年、京都府生まれ。立命館大学卒業。ロンドン大学キングスカレッジ、京都大学大学院修了。2004年に防衛庁防衛研究所(当時)に入所し、英国王立安全保障問題研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師などを兼任。イギリス政治外交史、日英米関係史、インテリジェンス研究を専門とする。 著書に『インテリジェンス 国家・組織は情報をいかに扱うべきか』(ちくま学芸文庫)、『モサド 暗躍と抗争の六十年史』(新潮選書)、『日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』(講談社選書メチエ)、『イギリスの情報外交 インテリジェンスとは何か』(PHP新書)など。

Book Information

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本屋での偶然の出会い


――それで渡英されたわけですね。


小谷賢氏: 向こうではとにかく毎日朝から晩まで本を読んでいました。私が所属したロンドン大学のコースでは2週間に1本ぐらいのペースでレポートを書き、出来が悪ければ再提出、それも駄目なら落とされる、といったかなりハードなものでしたが、それなりに充実していました。ナポレオン戦争以降の戦史をひたすら学ぶという講義もありましたし、私が参加したセミナーでは、第一次世界大戦の欧州戦線だけを1年間かけてやるというものもありました。地図を広げて、「この時、ドイツ軍の部隊はこの方面から侵攻した」などと、日本の大学教育では一切やらないような内容のものでした。
ただ戦史や国際政治の講義でちょくちょく聞いたこともないような話や単語が出てくる。それがインテリジェンスの話でした。「この時は例のスパイの事件で~」と、みんなが知っているような前提で先生は講義されるわけです。そういった話に出くわすことが多くて、インテリジェンスの分野も学ばないといけないと痛感しました。中西先生にも電話で相談したところ、「是非やるべきだ」と背中を押していただいたので、インテリジェンスのセミナーに参加することにしたのです。実は中西先生もイギリス留学時代にインテリジェンス研究に出会われていたのですが、当時の日本の学界でそのような研究は業績として認められなかったために、研究を封印されてきたそうです。ただ私が留学した頃になると、イギリスではインテリジェンス研究が盛んになり、学問分野として確立されつつあったということもあったので、中西先生も「今こそやるべき時だ」、とお考えになったのかもしれません。しかしいざセミナーに参加してみると、全てが初めて聞くことばかりで、「こういう世界があったのか、『ゴルゴ13』とは違うな…」と(笑)。

――世界各国から集まった学生にとっては、インテリジェンスの知識というのは前提としてあったのでしょうか?


小谷賢氏: そういうことになりますね。学生はイギリス人以外に欧州や米国からの留学生も結構いましたが、概ね理解しているようでした。ただ日本も含めアジア諸国からの留学生にとっては「よくわからない話」だったと思います。

――セミナー以外ではどのように勉強をされていたのでしょうか。


小谷賢氏: 最初はとにかくインテリジェンスのテキストを読んでみたのですが、初学者なので訳も分からずかなり苦痛でした。片っ端から色々な入門書と呼ばれるものを読んでみたものの、どれもしっくりきませんでした。そんな中、フォイルズという有名な書店を訪れたのです。そこには戦史のコーナーやインテリジェンスのコーナーが設けてあって、インテリジェンスだけでも本棚2つ分ぐらいのスペースがありました。ある日、その中からどれを買おうかと迷っていると、全く見知らぬイギリス人の方がやってきて、「どれか悩んでいるのなら、まずはこの本を読むべきだ」とアドバイスしてくれました。それがケンブリッジ大学のクリストファー・アンドリュー教授が書かれた『MI6』という本で、ここに現物がありますが、今でもフォイルズの値札が付いたままです(笑)。価格は25ポンド、当時だと5000円近くする、学生にとっては高価な本だったので、悩んだ末に買ってみました。ちなみにフォイルズという所は変わった書店でして、本を買うためにはまず現物を預けて注文書をもらい、それを持ってレジで支払いを済ますと現物を渡してもらえるという仕組みでした。
「MI6」というのはイギリスの秘密情報部、いわゆる「007」が所属する組織です。本書はそれまで政府が存在すら認めてこなかったMI6の歴史について、初めて学術的に明らかにしたものです。時代的には20世紀初頭から第二次世界大戦までで、内容もテキストというよりは外交史や戦史に近いので、それなりに理解することができました。この本でなんとなくきっかけが掴めて、だんだんと研究にのめり込んでいきました。その後の論文テーマにインテリジェンスを据えるようになったのも、ここから始まったと言ってもいいと思います。さらに幸運にも留学している時期に、今まで非公開にされてきた極秘のインテリジェンス資料が60年ぶりに開示されましたので、毎日公文書館に行って、一心不乱に資料を読むだけという生活を1年以上続けました。同じように資料を読んでいた周りの研究者からも色々と教えてもらいましたし、これは1人で本を読むのとはまた違いますよね。

やり続ける事によって生まれた使命感。「新しい分野は、発信することが大事」


――その渡英時の研究が『イギリスの情報外交――インテリジェンスとは何か』という本になったのですね。


小谷賢氏: 中西先生のご指導の下で書いた『イギリス外交政策の源泉』という博士論文が元となっています。当時の日本の学界においてインテリジェンス研究は、どちらかと言えば謀略論的で、とても学術研究の領域とは見られていなかったのですが、次第に「この分野を学問として世の中に広めたい」という思いもだんだん強くなってきました。出版を相談した編集者の方も積極的で、「こういう分野は、きちんと本にして世に出すべきだ」などと言って背中を押してくれました。それまでは、本はもっと年をとってから、時間をかけて、ハードカバーで出すというイメージでしたので、最初は少し迷いました。しかし新しい分野の場合は特に、情報発信することの方が大事なんじゃないかということで、新書という形でもとにかく出版する事にしました。

――編集者が背中を押してくれたのですね。


小谷賢氏: 日頃から色々な編集者の方とお付き合いさせていただいていますが、自分が考えもしなかったような提案をしてくださる方もいらっしゃいます。編集者の方と話していると、「こういう内容の方が良い」とか「もっとこの点について深く掘り下げて欲しい」といった積極的な提案をしてくれます。そういったアドバイスを受ける度に、色々と考えさせられるわけです。

――執筆する上でのポイントは。


小谷賢氏: 少しでも多くの人に、この分野について読んでいただきたいということで、読みやすく書かないといけないというのが常に念頭にあります。必ず大学生ぐらいが読んで分かるようなものじゃないといけないと思っています。それから様々な読者の方に著作を手に取ってもらうにはどうすれば良いのかを考えないといけません。いくら中身が良くても手に取ってもらえなければそれまでですので。そのため本の体裁などには全くこだわりません。学者は結構その点にこだわりがあるものです。執筆の最中に「やっぱり文庫でもいいですか」という話になったこともあります。価格も3000円以上になると、普通の人はなかなか買ってくれませんから、なるべく1500円ぐらいまでで、というような考えです。編集者の方の売りたいという目的と、私の多くの人に届けて読んでもらいたいという想いが重なって出版に漕ぎつけたときは幸せです。

著書一覧『 小谷賢

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