蟹瀬誠一

Profile

1950年、石川県生まれ。 上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。『賢者の選択』(TwellVや日経CNBC、サンテレビで放送)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)等でメインキャスターを務める。 2004年から明治大学文学部教授、2008年から同大学国際日本学部長を務める。 現在は、同大学国際日本学教授。 著書に『ズバッと「伝わる」技術』(フォレスト出版)、『デキる人の手帳術』『苦手な人との会話はこう切り出しなさい!』『「1日15分」が一生を変える!』(三笠書房)など多数。

Book Information

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三島由紀夫の事件がきっかけで、ジャーナリズムの世界へ


――大学はどのようにして決めたのでしょうか?


蟹瀬誠一氏: 埼玉の浦和西高校に通っていた時に「そうだ、俺は画家になろう」とふと思い立って、武蔵野美術大学を受験しました。でも落ちてしまったので、「俺は才能がない」とすぐに割り切り(笑)、次の年には「体育の先生になろう」と思いました。それで日本大学の文理学部体育学科というところを受けたら、見事な立ち幅跳びの成績で合格(笑)。だけど1年間、学生運動の最中にいて、「自分の将来は体育の先生じゃないな」と思い、親には内緒で退学しました。そして色々探していたら、上智大学に新聞学科という、聞いたこともないものがあった。「これだ!」と、即決しました。

――当初からジャーナリズムに興味があったわけではないのですね。


蟹瀬誠一氏: 全然興味がなかった(笑)。ジャーナリズムに興味を持ったきっかけは、上智に入った1970年に起きた、三島由紀夫の割腹自殺です。僕はノーベル文学賞にいつも名前があがるような三島由紀夫という作家が、なぜああいう軍隊の真似事をして、しかも最期は壮絶に切腹をして死んだのか。それがすごく不思議でした。そこからジャーナリズムの世界に魅力を感じ始めました。世の中の「なぜ」を調べ、発表していくのがジャーナリズムの仕事ですから、自分の中にまず「なぜ」がないと、始まらないですよね。食べ物1つでも、「なぜこんなものがうまく作れるんだ?」とか、ジュース1杯飲んでも「なぜこれはこんなに美味しいのか?」とか。その答えが、すごく知りたい。堅苦しい政治経済の話以外にだって、「なぜ」は色々なところに転がっていますよね。

読書をし始めたのは、英語を学ぶため


――留学先をフィリピンに決めた理由は?


蟹瀬誠一氏: 70年代、優秀な人はみんなアメリカやイギリスへ留学していました。僕の原点は「人の行かないところへいく」ということ。上智大学の新聞学科もそこから始まりました。それで、人が行かないところを探していたら、ちょうどその年から、フィリピンのアテネオ大学と上智大学が交換留学制度を始まったのです。そのプログラムの長をやっていたのが新聞学科の先生だったので、「自分の学科から1人か2人は行かせるだろう」と読んでいたところ、案の定その読みが当たり、行かせてもらうことになりました。策略というか裏読みというか(笑)。その頃から、なんとか楽をして実現させようというズルいところはあったかもしれませんね。

――フィリピンへ留学されて、いかがでしたか?


蟹瀬誠一氏: ジャーナリストとしてアジアを見る視点というのかな、日本人がなぜアジアでこんなに嫌われるのか、それからアジアってこういうところなんだということを、自分で実地で知ったので、フィリピンでの1年にはものすごく価値がありました。あと、この留学がきっかけで、本を読むようになりましたね。

――元々は、あまり読書はされない方だったのですね。


蟹瀬誠一氏: ええ。それまでは、そんなに本を読みたいと思ったことがなかったので、ほとんど読んでいませんでしたが、大学生になって、急に本に目覚めて読むようになりました。フィリピンでは英語で授業をするため、とにかく英語力を早く身につけたいと思いました。そのためには、ボキャブラリーがないとダメですよね。それでポルノ小説からマルクスの共産主義論まで、ありとあらゆる本を読み始めたのです。一番役にたったのは、宇宙飛行士の体操法の本。どうやって体操して体力をつけるか、体の表現、動かし方や筋肉の部位の名前など、全部英語で覚えました。それを実行すると健康にも良いし、筋トレもできるので一石二鳥でしたね(笑)。
日本の大学と違って、フィリピンでは、たくさん本を読まされました。自分が面白そうだなと思ったものだけ読んでいると視野は広がらないし、逆に言うと面白いものを見逃してしまうことにもなるので、乱読していました。
今は、飛行機に乗って海外に行く時に、必ず行きと帰りで1冊ずつ読み、取材に行った時でも3冊ぐらいは読んで帰ってくるようにしています。

映画にもテレビにもない、本の魅力


――よく読まれる作家さんなどはいらっしゃいますか。


蟹瀬誠一氏: ジェフリー・アーチャーの本が、面白いです。彼はすごいと思います。国会議員であり、しかも刑務所にも入り、非常に数奇な運命を辿った小説家です。小説家はもともとは本業ではなかったのかなと思いますが、彼の小説には、彼の持っている膨大な歴史的な知識がどんどん出てきます。アガサ・クリスティーも僕はすごく好きなのですが、そういう歴史を感じさせるような、奥行きのある話は、すごく面白いです。

――やはり海外の作家の作品がお好きなのですね。こちらのお持ちいただいた本は…?


蟹瀬誠一氏: 柳田邦男さんの本です。3・11で人類史上最悪の原発事故が起きたにも関わらず、わずか3年で何事もなかったように日々を過ごすようになっていることの怖さ。これはメディアがきちんと報道していないから。なぜ報道していないかというと、見えざる大きな力がマスコミに影響を与えて、しないように仕向けているから。「このことをみんなで考えたほうがいいよ」と、非常に素晴らしい筆の運びで書いていらっしゃいます。発見もあるのですが、自分が思っていることをきちんと整理してくれたという感じです。
そういう意味ではなかにし礼さんの本。僕は、なかにしさんとは仲良しなんです。安倍政権になって、日本国憲法をなし崩し的に、解釈で変えてしまおうというのは、憲法の精神に反するやり方ですよね。なかにしさんは優しそうに見えるけれど、中国で戦争が終わって命からがら逃げてきたという戦争の実体験がある方なので、力強い反戦派なのです。その想いが本に書かれています。自分の中にあるものを整理するために、同じテーマ、同じような考え方を持った人の本を読むのは、すごく役に立ち、いいなと改めて感じさせられました。こういう風にものを考えれば、相手に対して説得力を持って話せるんだということを学べると思います。

――外国の本でおすすめの本はありますか?


蟹瀬誠一氏: ずっと大事にしていて、プレゼントなどにもよく贈る本があります。フォレスト・カーターというチェロキーインディアンであるアメリカ人が、色々な聞き語りをしながら、自分の子供の頃の思い出を書き綴ったもので、『The Education of Little Tree』という本です。今はインディアンではなく、ネイティブアメリカンと呼ぶようになりましたが、この本には人間と自然とのかかわり、それから生きるということ、死ぬということが、色々なエピソードと共に、読みやすい物語として書かれています。最初に読んだ時は、色々と考えさせられました。中学生ぐらいで読むのがちょうどいいかなと思いますが、どの世代でも読める名著だと思います。
それから、スノーデンの『No Place to Hide』。大きなテロ対策という建前の元に、メールアドレスなど国民のすべてのデータが政府の手に渡っていて、我々が知らないうちに、あらゆるプライバシーが捕捉されてしまっている。スノーデンは、そのことを世に知らさなければ、という正義感から、香港に渡って暴露します。アメリカ政府は彼をとにかく反逆者や外国のスパイにしたいとか、色々な策略をしているようなのですが、僕はノーベル賞を彼に与えた方がいいと思いますね。
もう1つ、ポール・ヴァレリーの『精神の危機』。彼は、第一次世界大戦の後に、経済優先で人間性が失われ、まっとうな評論家、文明を語る人などは、居場所がなくなると予言していました。これはすごいことだと思います。そして、これは言ってみれば哲学の世界に近くなるわけですが、物事をゆっくり考えることの大事さを彼は説いているのです。今は、人間の精神が、危機にさらされている時代です。便利でお金を持っていて快適な生活はできるようになったけれど、精神の方はどんどん貧乏になっている感じがして、改めて『精神の危機』を読み直しました。

――昔の本を読み返したりすることもあるのですね。


蟹瀬誠一氏: 今はそういう本がものすごく少なくなったんじゃないかな。100年後にまた読み返してもらえる本は、そんなにたくさんないですよね。僕は生きている間に、そういう本をたくさん読みたいですね。

――蟹瀬さんにとって、本とは?


蟹瀬誠一氏: 大げさな言い方をすると、自分の精神を救ってくれる存在。改めて、自分の内側を発見させてくれるようなものですね。そして、何かを反芻するための道具、あるいは、何かに警鐘を鳴らすもの。あと、純粋なエンターテインメントとしての面白さが、小説にはあるわけです。アガサ・クリスティーやシャーロック・ホームズなど、謎解きしていくようなサスペンスが僕はとても好きなのですが、これらは純粋なエンターテインメントとしての本ですよね。これはテレビや映画にもないエンターテインメントの世界です。映像は、自分の中のイマジネーションでしかありません。テレビで赤いバラを1本見せて、ここに赤いバラがありますと言ったら、その1本のバラしかないんですよ。100万人の人が見ても、1本のバラを見ているから、100万人の人の頭の中に浮かぶバラはそれしかない。ところが小説の中に1本の赤いバラがあると書いてあったら、100人いたら100通りのバラがそこにあるわけで、決して同じバラはない。そういう想像力を掻き立ててくれるという面白さが本にはありますよね。『風立ちぬ』も、堀辰雄の『風立ちぬ』と、スタジオジブリの『風立ちぬ』は、別物。登場人物一つ取ったとしても、ヒロインにどのような女性を思い浮かべるかは、読む人の好き好きですよね。

著書一覧『 蟹瀬誠一

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