大竹文雄

Profile

1961年、京都府生まれ。 京都大学経済学部卒業、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、大阪大学博士(経済学)。専門は労働経済学・行動経済学。 著書『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)では日本学士院賞など多数の賞を受賞した。 その他の著書に『競争と公平感―市場経済の本当のメリット』(中公新書)、『経済学的思考のセンス− お金がない人を助けるには』(中公新書)、『スタディガイド 入門マクロ経済学』(日本評論社)、『労働経済学入門』(日経新書)など。 また、NHK教育テレビ「オイコノミア」等テレビ出演も。

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「自炊」以前の電子化。紙である事の意味


――論文も電子化されたものが一般的ですが、電子書籍についてはいかがでしょう。


大竹文雄氏: 論文に関して、私たちは「電子ジャーナル」としてPDFでかなり昔から読んでいましたので、電子媒体で読む事には慣れていました。それで、PDFに慣れてきた頃、書籍を自分でPDF化するということも考えましたが、1枚1枚するのはすごく手間がかかりそうなので、「これはできないな」と思案していました。そのうち書籍でも「裁断すればできるか」と思いましたが、本を切ることに対して心理的抵抗があったので、まずは学術論文や普通の雑誌の中から残したいものを電子化する事から始めました。

次にやったのは、漫画。当時、経済学の副読本として漫画で1番いいと思っていたのは、『ナニワ金融道』でした。私費で購入して研究室に置いていましたが、場所を取っていました。漫画を裁断してPDF化をしたことで、本を裁断してしまうという心理的抵抗を少しずつ小さくして行ったのです。今は1通り読んだものや、捨てるかどうか迷うようなものはPDFにするというようにしています。私たちのように職業的にたくさんの本を読む人間は、保存場所が深刻な問題になります。今なら研究室がありますが、いずれ退職すると、これを自宅には置けません。これは溢れた本をなんとかしなければと思いましたが、本を捨てるのも難しいところがありました。それで、当時スキャナーができたので、PDFにするのはどうかなと思っていました。PDF化を始めたのは、2000年代であったと思います。まだ「自炊」という言葉もなかった時代だったのですが、先ほどの心理的抵抗感からか、「本を切ってPDFにしている」とは言えず、こっそりやっていましたね。

――論文、漫画。通常の書籍はどうでしょう。


大竹文雄氏: 私はKindleも持っていますが、小説を読むのにはいいです。パッと押して、一瞬間があって次のページにいきますが、そのくらいは普通の小説を順番に読んでいくことには全然問題がないので、本として読むぶんには大丈夫という気はします。ところが、雑誌や学術論文の場合は若干困ります。読む時に、行ったり来たりしなければならないタイプの本では、やはりそのスピードが遅いのがネックになると思います。紙の本のほうが、線も引けるし、付箋も貼れるし、だいたいどのあたりに何が書いてあったかということが直感的に手触りで分かるので、深く読んだりする時はいいと思います。電子書籍だと直感的に何ページくらいにパッと飛ぶということが、なかなかできにくいのです。その場合はiPadのほうが速いので、学術論文を読む時はiPadを使うことが多いです。

――用途と特性に応じて使い分けているんですね。


大竹文雄氏: 両方持っていくものもあります。本もKindle(電子書籍)も両方買っているものがあります。例えば、私は毎日新聞に毎月のように書評を書いていますが、書評を書くために読む時はやはり紙の本でないとやりにくいです。書評を書く時には、引用するようなところに、線を引いたり付箋紙をつけたりして、読み込みますので。ただ、出張が多いときには紙の本を持ち歩くのは荷物になりますから、電子化したものを利用することが多いです。

本当に分かる、ということ。編集者の存在


――経済学を解説する時に気をつけていることはありますか。


大竹文雄氏: 専門家なら分かるという、難しい言葉を使ってごまかすようなことがあまり好きではないので、「本当に分かった」という感じの表現をしたいです。自分自身が「こういうことなんだ」ということがしっかり分かった段階で、その分かり方を、うまく伝えたいと思っています。

例えば難しい経済学用語の世界で論理的に組み立てただけというもの、あるいは数式できちんと証明されたものは、なかなか分からないと思います。それが「要するにこういうことなんだ」と分かる方法というのは、人によって違うと思います。そこまで分からないと、本当に分かった感じがあまりしないので、そういう納得できる言葉を探して自分の分かった感じをどう伝えるか、ということを心がけています。経済学の言葉だけを使わないで、日常の感覚で「こういうことか」という感じで分かる。そういう感覚を大事にしています。

――最初の本の編集者はどういった方でしたか。


大竹文雄氏: 担当の編集者は経済学部出身で『経済セミナー』という経済雑誌の編集長をしていた人でした。経済学の書籍の世界では、今や伝説の編集者となっているすごい人です。私がなんとか仕上げた原稿を送ると、当然ですが色々チェックして返してくれます。経済学の問題も数式を解いて、きちんとコメントしてくれるので、別の誰かが問題を解いていると私は思っていました。でも、本人が全ての問題を解いていたのです。また、細かい文章の分かりにくいところなど全部チェックしてくれて「なるほど、こうやって書くのか」ということを教えてもらいました。1冊目の本で、とてもいい編集者と出会えたと思っています。この経験が大きかったですね。その後も、様々な編集者と一緒に本を書いてきましたから、その度に成長させてもらったと思います。

自分が分かりやすいと思って書いても、読者にとって分かりやすいかどうかは分からないところがあるので、そこを「ここは分かりにくい」とか、「この表現はこうしたほうがいいのではないか」というように教えてくれるので、それはすごく参考になります。やはり読み手が全てです。分かりにくいところを間違って理解される可能性があるのは、書き手に原因があると思うので、誤解されないようにどう表現するか、それは読み手の視点で書くということではないですかね。

――読み手の視点を提示してくれる編集者の存在は大きいですね。


大竹文雄氏: 大変重要だと思います。私たち経済学の研究者は、世の中の問題を発見して、どうしたら世の中を良くすることができるのかということを考えます。それで専門論文を書きますが、読んでくれる人は少ししかいない。けれども本当に大切なのは論文の主旨を一般の人にも分かってもらうということです。

例えば、社会の政策を提示する場合、それが社会に支持されないといけません。そのためには、まず、政策そのものの必要性が理解されなければならないのですが、専門家向けにだけ発信していては、社会からの支持もその先の理解にも繋がりません。自然科学とか工学の世界であれば、新しい技術ができると、それが世の中に使われるということが大事なわけです。技術の中身が分からなくても、良ければみんなに使ってもらえるのですが、経済の仕組みの場合は「こうしたほうがいい」という合意がない限りは、その政策を実施できません。ですから、専門家だけでなく一般の人の合意を得ることは他の分野よりも重要だと思っています。

自然科学と一緒で、「面白い」と思ってもらうこと。例えば宇宙の神秘を探りたいということは、別にそれを探ったところで瞬時に何かの役に立つわけでもないですよね。生命の神秘も、「生命はこういう仕組みで動いているのだ」ということが分かるだけでも楽しさがあります。それと同じように、「経済の仕組みというのはこういうことだったのか」ということが分かるだけでも、好奇心が満たされるのではないでしょうか。ですから私が経済学を紹介するときは、「自分が面白いと思うことを人にも面白いと思ってもらいたい」という気持ちでやっています。

――先生ご自身が知った、「経済学の面白さ」なんですね。


大竹文雄氏: そうですね。私が経済学を勉強するまで、経済学はお金儲けの学問だとか、将来を予測するための学問だという間違ったイメージを私自身が持っていました。経済学の面白さを知るまで結構時間がかかったのです。それなら、最初から経済学のありのままの姿や面白さをきちんと伝えたほうが、間違ったイメージのまま毛嫌いするとか、間違ったイメージで入ってきて「こんなはずではなかった」と思う人が少ないほうがいいと思ったのです。経済学一般に対する誤解はまだまだたくさんあるので、そこを伝え正したいと思います。今はかなり減りましたけど、昔は私が経済学者だと言うと、周りは開口一番「どの株が上がりますか」と聞かれたものですから(笑)。

著書一覧『 大竹文雄

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