教育心理学という大軸で
早稲田大学文学学術院の教授を務める小塩真司先生。パーソナリティ心理学、発達心理学を専門としており、豊富な知識に基づいた著作は、「なかったものを、新しいものを」という新しい挑戦の結果できあがったものでした。小塩先生の資料管理術、アウトプットの方法、教育心理学者としての想いを伺ってきました。
心理学と統計分析
――先生が担当されている大学院の心理学コース、学部の現代人間論系と人間発達論プログラムについて伺います。
小塩真司氏: 心理学コースでは、大学院生の研究を主導しています。文化構想学部は、色々な学問が入り交じったようなところで、既存の学問の専門に特化した形ではなく、枠を超えて、色々な学問を選びながら勉強していくリベラルアーツカレッジのような感じの学部です。現代人間論系の中だけでも、心理学だけではなくて、色々な学問が入っています。
私のゼミ生は、3、4年生を合わせると30人ほどで、3年次は、基本的な心理学を学んだ後、グループで研究し、4年次では各自で研究していくようなスタイルをとっています。基本的には、論文を読んで研究を進めていくのですが、必ず自分で新しく何かを組み立てて、分析しなければいけないことにしています。
アンケートをとって、統計的に分析したり、既存のデータを使うなりして、新しい知見を見出し、論文に書くのです。大多数の心理学科は、分析をするようになっていると思います。文献だけではなく、今の心理学は、形の上では実証科学ということになっています。せっかく心理学のゼミに入るのですから、実証科学の手法を学んでもらおうと考えています。
――学生が主体的に分析して、まとめていく中で先生はどんな立場なのでしょうか。
小塩真司氏: 学生主体のゼミにおいて、私は助言する立場にあります。ですから学生の課題の進捗状況が重要なのですが、どうしても先延ばしにする傾向にあります。先延ばし自体が心理学では研究対象となっています(笑)。
観察とプログラミングに夢中だった少年時代
――研究者になりたいと思ったのはいつごろからですか。
小塩真司氏: 小学校の時に、「科学者になる」と、何かに書いた記憶があります。理科が好きだったのかもしれません。子どもの頃は、あまり表へ出ることのない子でした。家に池に見立てた鉢があったので、そこから何かを取ってきては、買ってもらった顕微鏡で、友達と延々と観察したりしていました。
元々パソコン少年だったのですが、小学校5、6年生の頃に、BASICブームというのがありました。その頃ファミコンが登場するのですが、1年で売ってしまいました。6年生の時には、お年玉を全て出して、BASICを使えるパソコンを買い、プログラムを組んで遊ぶようになりました。友達の家に行って、まずプログラムを打って、ゲームをして帰ってくるというようなことをしていました。ちょうど『マイコンBASIC Magazine』などが出だした頃で、小学校に持って行って、延々と読んでいました。
単語の羅列でしたから、家で読んでいると、母は英語の勉強をしているのかと勘違いしていましたね(笑)。私が中学生くらいの時、Macが登場しましたが、当時は高くて買えませんでしたね。大学生になると、Windowsも3.1が出る前だったので、パソコンがほとんどありませんでした。卒業した1995年の秋にWindows95が出て、途中で自分でも手に入れられるくらいの値段のMacが出たので、それ以来ずっとMacを使っています。
――コンピューターを使った仕事に就こうと思ったことは。
小塩真司氏: 世代的には、ITブームの人たちと同世代。小・中学校の時にパソコンブームがあって、そのままIT業界へ進む人もいましたが、私はそこまでのめり込んでいませんでした。
算数はあまり好きではなかったので、高校では文系に進みました。生物も好きでしたが、日本のシステムだと、算数が嫌いだと文系に行きますよね。
高校の時は、景山民夫さんや火浦功さんの本が好きでした。本学の北村薫先生の本をよく読んでいたのも覚えています。書店に行くって先生の本を見つけるとすぐ手に取る。背表紙買いをしていましたね。
――こちらの本棚を見ると、色々な本があって面白いですね。
小塩真司氏: あまり心理学とは関係なく、分け隔てなくなんでも読みます。気になると、つい買ってしまうのです(笑)。私の場合は、本棚は読んでしまった本と、まだ読んでいない本で分けています。
――本棚からその人の性格などが垣間見れるという事はあるのでしょうか。
小塩真司氏: そうですね、心理学の研究によると、1つの種類ではなくて、色々な種類の本を持つ方は、開放性という性格特性が高いと言われています。オープンネスと言うのですが、オープンネスは、あまりコンサバティブではなくて、リベラルな感じで、色々なものに興味を持っていて、あまり印象にとらわれないような感じの人が多いです。あとコンシエンシャスネスという、誠実性とか勤勉性という特性が高い人は、本棚に本がきっちりと並んでいるという結果があります。増えるのを見越して並べているので、勤勉性の高い人の本棚は、きれいに本が並んでいるそうですよ。私はぐちゃぐちゃです(笑)。「読んでみれば、どこか面白いところがあるだろう」と思うで、とりあえず購入します。途中で読むのをやめる本もありますが、大体は読みます。
――先生はどんな基準で本を手にとり、購入する事が多いですか。
小塩真司氏: Amazonでも買いますが、本の文中に出てくるものを買うことが多いです。そういうものには絶版本もありますが、そういった場合は、ほとんどネットで購入します。また、この辺りは古本屋が多いので、ネットで見てから、直接、古本屋に行ったりもします。
――やはり便利になりましたか。
小塩真司氏: 論文は、もうほとんどネットにあるので、PDFで見ます。そのまま文章に起こすような場合はPDFでいいのですが、それをもとにしかるべき形で書かなければいけないようなものだったり、じっくり読む時はどうしても紙がいいなと思いますね。でも論文自体は、出力して見るようなことはなく、画面で見ます。また電子ジャーナルは検索ができますから便利ですね。学術誌は、ほぼ電子化されていて、戦前の論文など色々なものまで、電子で手に入ります。昔、私が大学院にいた頃に、図書館にこもってコピーしたようなものも、今は電子化されています。執筆時に題材を探す場合も大変便利です。
なかったもの+想い=本になる
――先生はどのような形で、本を書かれますか。
小塩真司氏: 2004年に出した最初の本は、『自己愛の青年心理学』という本なのですが、これは博士論文が元になってできたものです。学生と接する中で「この子たちに、どうやったら、うまく教えられるんだろう」と思って作ったテキストが、今までは多かったですね。
大学で教えていくうちに、学生がつまずいたり、理解できない部分がどこか分かるようになり、そこを反映しながら書きました。昨年の『ストーリーでわかる心理統計(1) 大学生ミライの統計的日常 確率・条件・仮説って?』に関しては、ストーリー的に学ぶ統計のテキストといったものはあったのですが、統計の内容までストーリーに入っているものはあまりないので、全部ストーリーに入れてみたいという思いから書きました。
――新しいものを盛り込みたい、という思いを感じます。
小塩真司氏: ベーシックなものを書こうとすると、筆が止まってしまいます。何か新しいことがないと、書きづらいですよ。他とはちょっと違うアイディアのようなものがあると、比較的、早く書ける感じはします。私は自分が面白いと思える言葉で、本を書きたいです。それから、自分の中でサブテーマみたいなものがあると、書きやすいですよね。それが思い浮かぶまでが、なかなか難しいです。
本の装丁では、いくつかの案のうち一番派手なものを選んでしまったりとか、専門書には見合わないものを選んでしまったりして、編集者から「本当にこれでいいんですか?」と言われたことが、何回かありました。迷惑を掛けました(笑)。やはり手に取って読んでもらいたいと思うので、少しでも目立つようにと思ってしまうのです。
小塩式管理&アウトプット術
――膨大な資料の管理はどのようにされているのですか。
小塩真司氏: 私は10年くらい前から、何を読んだかを記録しています。本をたくさん買うようになり、重複することがあったので、読んだ本は全部記録しようと、エクセルに書いています。あと、書籍から引用してブログを作っていますが、あれは、大体1年先まで予約してあって、自動更新しています。そこに上がっていないものは、データベースソフトに入っています。暇な時に、データベースソフトから、ブログの記事にコピーするのです。
――読む時点で、アウトプットの体制ができているんですね。
小塩真司氏: 本を読む時に、ブログに載せようと思った部分や、何かに使えるかもしれないとか、面白そうだなと感じたところのページの角を折っていきます。でも、そのページのどこが面白かったかは書いていないので、再度読んでみて面白いと感じたら、データベースソフトに入れるのです。その段階で、ページ番号など全部の情報を入れておきます。結構、労力がいりますので、暇な時にしかできません。心理学では、分散学習のほうが効果的だという話もありますので、また別に時間がとれる時に、ブログのサイトに予約を入れるようにしています。
ブログに載せるものは、書籍引用元をきちんと書いたものがあって然るべきだと思います。学生がレポートを書く時にも使うかもしれませんが、書籍情報が書いてあるので、それをちゃんと引用してほしいですね。
――この方法はどのようにして身につけていったのでしょうか。
小塩真司氏: 学生時代、Mac の使い方を聞いた、塾のバイトの先輩が、教えてくれたんです。卒論などを書く時に、読んで気になった箇所を、とにかくデータベースソフトに入れておく。そして検索すれば、ヒットしたものが上がってくる。それをもとに文章を書く、ということでした。最近のパソコンであればファイル内容を検索することができるので、テキストファイルを、フォルダにどんどん入れておけばいいのです。例えば「心理学」と検索をかけたら、心理学にヒットするものが出てくるので、テキストファイルにポンと落として、書き始めることができます。
周辺の学問とのコラボレーションで生まれる新たな視点
――教育心理学の分野を超えて、派生していくんですね。
小塩真司氏: 今や心理学は、単体の学問ではなくて、周辺の学問とコラボレーションしないといけないような学問になっているのです。
最近は興味があるのは、人をどういう風に表現するか、その形容の仕方です。性格を表現するというのは、その人間を形容するということですよね。形容の仕方によっては、世の中にとって、良いことをもたらすこともあれば、良くないことをもたらすこともあります。
そこから言葉での表現が、本質的な意味を持っているかということに考えが移ります。犬を見て、「この犬は賢い」とか「おとなしい」などと、人間が勝手に決めていますが、その賢さやおとなしさが、何かの遺伝的なものと関連があるかもしれない。おとなしい犬を選ぶためには、生態の要因がないといけません。それを選び出せるということは、脳神経科学的な意味とか、遺伝的な意味が出てくるかもしれないじゃないですか。人間に対しても、どう表現するかというのが、人間の色々なマイクロメカニズムと、関連してくるかもしれないなというところは、面白いかもしれませんね。
心理学の研究のスタイルは、いくつかあります。例えば、法則を見つけるような研究の仕方だったり、現象を記述するような研究のスタイル、それから何かに役立てようとする研究のスタイルなどがあります。形容の仕方というのは、どちらかというと、こんな人がいるよという感じの研究の仕方だと思います。
まだ漠然とではありますが、人間を形容するということは、言葉の問題なので、言葉のことについて研究している人と一緒に、何かできたらいいなと考えています。それからもっと生物学っぽいところもしてみたいです。それも分け隔てなく、色々な人と色々なことができればと思います。基本的に、心理学においては、人間がやることであれば、なんでも研究対象となるのです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 小塩真司 』