枠外からの参入が、ダイナミックなものを生む
――アメリカではアクションスターのブルース・ウィルス主演の「サロゲート」という映画にも出演されました。
金出武雄氏: おかげさまで研究成果で賞を得たとき、よくインタビューを受けました。そんなとき、受ける質問は決まって「ドクター・カナデ、将来、コンピューターは人間より賢くなると思いますか?」というものです。彼らインタビュアーは「ならない」という答えを期待している様です。おそらく、人間の尊厳を壊されくないという思いがあるのでしょう。
でも僕は意地悪だから、「間違いなくコンピューターの方が人間より賢くなる」と言います(笑)。すると「人間より賢くなったら、コンピューターが人間を支配するようになりませんか?」という次の質問がきます。私は答えます。「So, what's a problem?(で、何か問題でも?)」と。「今ここに知事を選ぶ選挙があって、人間とロボットが立候補しています。どう見てもロボットの方が賢かったら、あなたはどっちに投票しますか? 僕だったらロボットに投票しますが」と問うと、向こうはますますオタオタします。
あんまり意地悪するのもかわいそうなので、最後には「でも、やっぱり『We are the creators』(ロボットを作ったのは人間だからね)。だから心配はいらないよ」という僕の答えに、彼らはようやく安心して帰っていきます。
その映画の設定は、ロボットが自分の代わりに行動をしてくれて、操っている本人は家で見ているという未来社会のものでした。だけどブルース・ウィリス演じる生身の人間のFBI捜査官は最後には悪者の代理ロボットに勝つのです。先ほどの受賞時のコメントはこの映画のために言ったわけではありませんが、まさにその筋にピッタリで、映画のなかでもそのせりふを言うこととなりました。
――コンピューターが人間よりも賢くなったら……色んな答えが出てきそうです。
金出武雄氏: 難しいですよ。本当に賢くなったら、どうするのかなと僕もよく問うています。ロボットが役に立つことをしてくれるから、人間は役に立たないことをするべきかもしれません。でもそれもちょっと淋しいような気もします。ただ、「人間しか愛や感情がない」というのは、僕に言わせれば明らかな間違い。それは、「僕にしか愛がないのであって、あなたは愛なんて知らないだろう」と言うのと同じことです。かなり傲慢な考えだと思います。我々が賢いと認めることのできるレベルの人工知能は、僕が生きている間ぐらいには出てくるかもしれませんね。あと2、30年というところでしょうか。
――技術は日々進化しているのですね。
金出武雄氏: 最近買ったソニーのデジタルペーパーは便利ですね。書籍を購入するときの利便性も大きく向上しました。購入する際はもっぱらAmazonです。ただ現時点では、「お勧めの本」として、自分でも分からない「興味はこれ」というレコメンドに従う恐ろしさは感じます。
私は本を読むとき、徹底的に調べて紙の本にエンピツで細かく書き込みをします。読み返したときに得られる記憶、というのは電子書籍でスイスイと読むことでは得られないものですね。
――記憶を紐解く「手垢」のようなものが欲しい、と。
金出武雄氏: それが、愛着を感じるか否かの分かれ目でしょうか。電子書籍のメリットは「探す」ということ。現在テキストで検索ができるわけですが、絵で検索できても良かったわけです。それほど難しいテクノロジーではないから、もっと早く出てきてもおかしくなかった。やっぱり、枠外からの参入というのが、ダイナミックなものを生むのではないかなと僕は思いますね。新しいものは、意外と違う分野の人からやって来るものが多いのです。
――新技術とどのように向き合うか。
金出武雄氏: 技術というものは道具です。ただ、道具には力があります。例えばソ連の崩壊にFAXが重要な役割を果たしたそうです。当時はまだ携帯電話も一般的ではない時代でした。ソ連国内の反対勢力は、情報をFAXでやりとりしていました。国の意向に添わない書物などは、出版社に圧力をかけるとか色々な方法がありますが、FAXは検閲できないからです。そういう風に国の体制までをも変える力があったということ。すごいなと思いましたね。
今、同じ役割をしているのはインターネット。独裁政府に都合のいい情報だけを国民に流すことが、簡単にはできなくなりました。国が情報をコントロールするのは、書き込みに対する監視要員も膨大な数が必要ですし、すごく大変になりました。変で、かつ嫌な話ですが、その経費削減のためには文章の意味理解の出来る自然言語処理はもっとも直接的に役に立ちますから、今世界で一番、そういった技術に力を入れているのはそういう体制を敷いている国でしょう。
科学も工学も文学も、同じ芸術である
――先生の経験、「金出論」ともいうべきものを『独創はひらめかない 「素人発想、玄人実行」』に記されています。
金出武雄氏: JALの機内誌の仕事で知り合いになった、岡村さんというカメラマンの方の提案がきっかけでした。「一般向けの本を書かれたらいかがですか。口頭で話していただければ本にしますよ」と提案してくれました。でも僕は、「ドクター・カナデもすることがなくなったから、こんなものを書くのか」と言われるのではないかなどと考えてしまいました(笑)。研究者は、そういうことにすごく抵抗感あるんですよ。結局受けることにしましたが、口述筆記でライターが書いたものは上手だけれど何か違う。結局それを材料として、スタイルや構成を変えて、イチから自分で書くことにしました。
『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP)は、装い新たに『独創はひらめかない 「素人発想、玄人実行」』(日本経済新聞出版社)となって出版されました。発想する時は、まるで素人のように単純で素直に、実行するときは玄人として緻密で正確に、というのが研究の秘訣だというのを、いろいろな面白いエピソードを交えながら楽しく書いたつもりです。
この本を書くにあたっては、文体に相当注意を払いました。「読者というのは、書き手がこう言うと、こう考えるものだ」といったことを考えて書かなければ、書き物とは言えないと僕は考えています。ミステリー小説にたとえることが出来ます。「こいつが犯人じゃないかな」などと読者が感じるのは、そう思うように作者が書いたからです。読んでいる方も、それをある程度知っていて、きっとどんでん返しがあるんじゃないかとか、いや、意外と思ったとおりじゃないかとか、そういうことを楽しんでいるわけです。
――「科学も工学も文学も、同じ芸術の類じゃないか」という御著書のなかの先生の言葉を思い出します。
金出武雄氏: 僕がいつも学生にいうのは、良い書き物というのは常に最初に戻ってこなければならないということ。あらゆる文学において、そうなっています。例えば、映画の「風と共に去りぬ」でも、スカーレット・オハラが大きな屋敷の階段を下りてくるところから始まり、最後にやっぱり戻ってくるんですよね。「The Phantom of the Opera」でもそうです。そういう風に作らなければ人は納得しないのです。ここにある今朝の読売新聞の「編集手帳」もそうでしょう。殆どの書き物はそういう風に基本的なパターンがあるので、それを踏まなければダメなんです。研究もおなじです。その中で、バリエーションを変えていく、あるいは意図的に、ここが重要なんですが、意図的に破ることもするのです。このインタビューも原稿になったときは、実際の順番どうりという訳にはいかないですよね。
――何を感じてほしいのか「読みやすいように、流れを考えて」書いています。
金出武雄氏: 汲み取りやすいように、ストーリーが大切ですよね。話し言葉と書き言葉の、些細なニュアンスの違いも出てきます。「例えば、ほんのちょっとしたことでも」というのと、「ほんのちょっとしたことでも、例えば」とやるのでは、感じが違います。そういったことまで考えて、何度も書き直しました。
著書一覧『 金出武雄 』