研究は楽しい
――背景にある豊富な読書経験は、この書斎にある本棚からもうかがうことが出来ます。
金出武雄氏: 本棚を見ると、昔のアルバムを見ているようで面白いですね。アメリカから持って帰ってきた本は、サイズの大きな洋書が多く、運送業者に梱包してもらったら345箱もありました。全部は持ちきれなかったので、半分以上捨ててきました。私はそれほど読書家というわけではないですが、アメリカの研究所時代とは別に学生時代に買った本も残っています。
ここにある『CIA』は面白いですよ。CIA(アメリカ中央情報局)の成り立ちが詳細に書かれています。あと『The rise and fall of great powers』(『大国の興亡』)は、ローマ帝国を例に出したアメリカに対する警告書で、示唆に富むものでした。あと、Altoという世界最初で最高のパソコンを開発したゼロックスがなぜパーソナルコンピュータの覇者になれなかったのかを描いた『Fumbling The Future』や、ヘンリー・キッシンジャーの『On China』も持って帰ってきていますね。
ニューヨーク・タイムズのコラムニストが書いた僕が一番好きな『Power Language』もあります。英語についてですが、難しい単語を使わずに、文章は易しく書かなければいけないということや、いかに文を面白くするかといったことが書かれてあります。マーク・トウェインの書き方などを例に挙げていて、僕はジョークやウィットの出し方などをこの本から習いました。あと、ふざけたジョークの作り方を習ったのは、東海林さだおの「ショージ君」シリーズ。特に『ショージ君の一日入門』が好きですね。そのふざけ方が本当に面白い。ふざける時には、この位ふざけなきゃいかんということを勉強しました。あと、僕の話も出ている内橋克人の『匠の時代』(11巻)。
――どんな内容なんですか。
金出武雄氏: ワープロ誕生の日。ワープロを作るのに東芝の森健一さんを中心に、プロジェクトメンバーの河田勉さんや天野真家さんなどの研究者たちが色々苦労しました話です。河田さんは私がいた京大の坂井利之先生の研究室に国内留学してきたのですが、その思い出ばなしに、「『英文で書かれたドクター論文の中に、英語のミスの1ヶ所が発見できたら1000円の賞金を出します』と彼は笑いながら誘いをかけてきた。その大学院生が金出武雄・現カーネギーメロン大学のプロフェッサーである」という風に私の院生時代の話がでてくるんです。日本の色んなテクノロジーを考えた人たちが、どういうことをやっていたか、というのがわかってこの本も面白いですよ。
――楽しみながら研究されている姿が浮かんできます。
金出武雄氏: 色々なモノを作るのが好きなのです。研究以外でもね。ピッツバーグの家でも、電気仕事、配管、ペンキ塗りなど、全部自分でやりました。職人が来ても、汚かったら自分でやり直しましたね。トイレも直しましたし、シャワールームはタイルの貼りかえから全部しました。もう趣味のようなものです。
研究も同じかもしれません。研究の目的として、人類のためとか言う人もいますが、私自身は正直言って、そんな崇高なことを考えたことは1回もありません。「なぜ研究をしているのか」その答えは「楽しいから」「一種の冒険なんだ」。それが正直な僕の答えです。
コンピュータービジョンの大変革を迎えて
――今はどんなことを楽しんでいますか。
金出武雄氏: 「パーフェクトストーム」という言葉は、もともと三つの最悪の気象条件が重なった強烈な嵐という意味ですが、「千載一遇のチャンス」という意味にも使われます。
コンピューターグラフィックス(以下CG)の分野は、1980年~90年にかけてゲームという応用がきっかけで爆発的な進歩をしました。大学で研究していたCGを凌ぐほどのものを、普通の人が使えるようになったのです。コンピュータービジョンは、同じ画像でも雑音のある実画像を扱うため、CGに比べて難しくそう簡単にはいきませんでした。でも今、それが変わりつつあるんじゃないかと思うのです。
――CGのような発展途上に、コンピュータービジョンはたっていると。
金出武雄氏: そうです。コンピュータービジョン(ロボットの目)の世界には、まさに「パーフェクトストーム」が起こっています。プロセッサーは昔に比べると素晴らしい計算力があり、かつ低電力で動く。周辺のセンサーやカメラの技術も超高性能・小型化しています。新しい強力なアルゴリズムも揃いつつあります。これらがあいまって、コンピュータービジョンの2010年代は爆発的進歩の時代と位置づけられるでしょう。技術の向上で、コンピュータービジョンが様々な場面で応用され、生活は便利になり、お年寄りは生活しやすくなります。そういう風に、人間がやること全てについてコンピュータービジョンが使える時代がもうすぐそこまで来ています。
(聞き手:沖中幸太郎)
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