「朝四時半起き」が時間作りの秘訣
――様々な取り組みは、一時的ではなく継続されています。
鎌田實氏: これは性格なのかなぁ(笑)。小学生の頃、知能指数を調べる機会があったのですが、その時先生から「鎌田、お前知能指数が高くないぞ」と言われたのです(笑)。自分はそれを言ってもらってよかったなと思っています。「人の倍は努力しなければ」ということが分かって良かったのです。でも生きていく上で大事なのは、IQだけではなく、何かを決断する能力や持続する能力、相手の身になる能力や、友だちを作る能力です。知能指数はダメでも、持続する力というのは誰にも負けないかもしれません。
父から「自由に生きていい」と言われてからは、貧乏から脱出するために朝4時半に起きるということを自分で決めました。友だちと遊んでいては、貧乏から脱出できない。親父から「自分の責任で生きろ」と言われたのだから、自分で何か工夫するしかない。それで、人の倍、勉強すれば、なんとかなるのではないかと思いました。でも僕は「ええ格好しい」なので、友だちからの遊びの誘いに対して、「勉強したい」とは言えなくて……。朝4時半であれば、悪友は誘ってこないですよね(笑)。今66歳ですが、18歳からずっと続けています。
――毎朝四時半起きて……。
鎌田實氏: 僕を拾って育ててくれた岩次郎さんの仏壇に、まずコーヒーを供えて、手を合わせ「親父のお陰だ」と話します。そしてコーヒーを半分お裾分けでもらって飲み、そこから仕事が始まります。『がんばらない』から、その後も14年間に50冊以上の本を出してきました。それができたのはやっぱり朝4時半に起きたから。本もよく読んだり、詩を読んだり音楽を聴いたりもしますが、その時間にほとんど原稿も書いています。最近は、瀬戸内寂聴さんの『死に支度』や、堤未果さんの『沈みゆく大国アメリカ』などを読みました。ノーベル文学賞をとられた、詩人のパブロ・ネルーダさんという南アメリカの方がいますが、その方を主人公にした、ロベルト・アンプエロの小説『ネルーダ事件』は、すごく面白いですね。
いつも身近にある「本」の存在
鎌田實氏: 僕は、図書館の本を「借りては読む」を繰り返す子どもでした。子供時代は貧乏で、どこにも連れて行ってもらえるような親ではありませんでした。家にはテレビがなかったので、本が唯一の外界との接点でした。医師を目指したのも、自分が読んだ世界を自分自身で実際に見たいと思ったからです。医学部の学生の中でも変わっていて、卒業してすぐに田舎の病院に行きました。エレベーターやエスカレーターにずっと昇って行けばいいと思わず、道がでこぼこだったり下りでもいいから面白い世界を見たいと思ったのです。人と同じことをしたくない。それは、書くことと密接に関係していて、あえてみんなと一緒の道を封じて違うことをしてきたんです。そのおかげで、抱えている連載がたくさんあっても、あまり苦労せずに色々なことを書けているのだと思います。本からも面白い世界を覗くことが出来ます。たとえばA・Jクローニンというイギリスの作家『クローニン全集』という本は忘れられない本ですね。舞台はイギリスの貧しい炭鉱町などで、貧しい人を助けるおじさんが主人公になるような小説が多かったんですね。それを読みながら自分も弱い人とか貧しい人のために生きられたらいいなと思ったのです。
――本に背中を押された。
鎌田實氏: パレスチナに行く時も、瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』の文庫本を持って行ったりしますよ。本とはシチュエーションが全然違うところで読むってなかなか素敵なことだなといつも思っているんです。自分で書くことも好きですが、本そのものを愛しているので、読むことも好き。本がなかったらこの世は寂しいだろうなって思います。僕が本を選ぶときは、書店に寄って、なんとなく手に取ったものを買っています。匂いを感じているのかもしれないですね。
杉原美津子さんという方の『炎を超えて』という本があります。彼女は、35年前に起きた新宿西口バス放火事件で大きなやけどをし、その全身やけどを治すために使った血液製剤が原因でC型肝炎になり、肝臓ガンになりました。ですが、彼女は「放火犯を憎んでいない」と。「その人はその人の何か放火せざるを得ない理由があって……」と考えてらっしゃいます。それを読んで、「ああ、人間ってすごいな」と、「どうしてそんな考え方ができるのか」と思いました。本からは、ものすごく色々なものを学びますよね。本を読んでいなかったら、今の自分に満足してしまうかもしれませんが、本を読んでいると「自分はまだまだかな」と、「もっと人生は面白いはず。まだまだ本当の面白い人生を歩んでいないな」と感じます。人生は一度きり。面白く生きたほうがいいですよね。