信頼関係が、悪循環を断ち切る
――一度きりの人生を、支えるということに費やされています。
鎌田實氏: 運動家、活動家として、生きるのに困っている子供たちへ手を差し伸べ続ける役割が僕にはあるかなと思っています。そこには信頼関係がないといけません。
チェルノブイリは、事故が起きてから27年。世界中から支援が集まりましたが、大変難しい国で、医療機械を送ってもなくなってしまったりと、機械を寄付してもそれが動かない国でした。でも僕たちは続けて行くので、僕たちが送った機械は、「必ずこのグループは見に来るから、売っちゃったらまずいんだ」と彼らも分かって、そのうちに、「この人たちは故障したらエンジニアを連れて直しに来てくれる」と。信頼関係ができたのです。地区病院というところに、子供の甲状腺ガンを見るために超音波の機械を寄付したのですが、ここは20年間ぐらい1台のエコーの機械をものすごく大事に使っているんです。そうすると、僕たちが彼らを信頼しますよね。信頼関係があって、彼ら自身も変わってきたんじゃないかと思います。今までだと、他の国から支援が入ったりすると馬鹿にされていて、すると彼らもまた「そんなの知らんぷりして売っちゃえばいいんだ」という悪い循環が起きていたんですね。それがたぶん持続する力があることによって、好循環に変わったんじゃないかという気がしますよね。
――悪循環を断ち切るには、信頼関係が大切なのですね。
鎌田實氏: はい。「こうだ」とお説教することではなくて、僕たちが信頼してあげることだと思います。人間最後は通じ合える、信頼とか誠実とか愛とかというのは通じ合えるんじゃないかなと。いわゆる「イスラム国」は、急速に勢力を拡大させた暴力集団でした。暴力に対しては、ある程度の武力は致し方ありませんが、洗脳されかかっている若者や子供たちに手を差し伸べること、つまり愛の力で変えていかなければなりません。
8歳の時に、イラク戦争でアメリカ空軍のヘリコプターに爆撃され、足をケガし、ほとんどの筋肉がなくなってしまった子供がいました。20歳の時来日してくれて、長崎や沖縄や広島で講演をしてくれました。彼はイスラム教のスンニ派だったのですが、「イスラム国のことをどう思いますか?」と聞いたところ、「あれは本当のイスラム教徒の宗教ではない」と言っていましたよ。「イスラム教は人を大事にし、人に親切にすることを布施と言って、その布施をすることが自分が成長していく上では大事だということを教えてくれている」と。
かつて、シーア派とスンニ派はとても仲が良く、シーア派とスンニ派で結婚することも当たり前でした。彼は、「自分はスンニ派だけど叔母はシーア派。でもいつもみんなで集まってご飯を一緒に食べている」と。イスラム教徒はみんなヨーロッパや日本やアメリカでは怖がられているかもしれないけども、本当はものすごく暖かで優しい宗教なのです。ただ、「イスラム国は放っておけば大変なことが起きるから、そこにいるイラクの若者や子供たちにいつも、『応援しているよ』というメッセージを出し続けてほしい。イスラム教は訳が分からないからと、全部が怖いなんて思われたくない」と。「僕たちだって洗脳されかかることもあるけれども、それが決していいとは絶対思っていない。イスラム国の暴れている地域で、自分たちは必死で頑張って生きていくけれども、世界の応援も必要だ。それは暴力ではない。本当を言えば、空爆だって自分たちはありがた迷惑」と言っていました。「愛の手を差し伸べてくれれば、自分たちの力で、彼らをなんとか押さえつけないといけないと思っている」という言い方をしていましたね。
自分の全てを出し切りたい
鎌田實氏: 医師として地域医療をずっとやり続けて、ガンの末期の患者さんや、脳卒中で自分の思い通りにならない人生を必死に生きている人たちの心のひだを見つめてきました、医師としてそういう人たちを支え続けられたらいいなという思いがあります。作家としては、生と死についてもっとドロドロしたものが書きたいですね。人間って奇麗ごとではいかないですからね。自分の中にも時にはやっかいな獣がいたりとか、人間、良いところもあれば嫌なところもあるわけで。その嫌なところにも光を当てたりして、人間ってちょっとしんどい生き物だよなということをちゃんと書きながら、それでもそのしんどい生き物が信じられないような素晴らしいこともできるということをうまく書きたい。もっと、自分自身が傷つきながら、生と死のことについて新しい視点で書ける作家になれたらいいなと思っていますね。僕が、七転八倒しながら、もっと力を出せば、救われる人がもう少しいるかなと思いながら活動しています。現状に満足はしていなくて、もっと何かできるのではないかと。もっと努力をして、力をつけたいなと思っています。
――まだまだだ、と。
鎌田實氏: 自分が壊れるほど燃えて、何かに取り組んではいないなと思っています。2歳の時に親から捨てられて、もしかしたらその時に人生が終わっていたかもしれない。そう考えると怖いものなんて何もないはずなのに、まだ全然全てを出し切ってはいない。そのへんは自分自身に対する不満があります。ちょっと優等生すぎるから(笑)、もう少し破滅的になってもいいのかなと思います。よく「鎌田は怖いもの知らず」と言われますが、みんなが思うほど破滅的ではなくて、計算しているわけですよ、「絶対大丈夫」「安全」というのを考えながら。だから、自分ではまだ安全なレールの中で動いています。どうせ一度の命なんだから、もっと自分が壊れるほど燃えて生きてもいいのではと思います。ぶち壊れてもいいぐらいの覚悟でやれば、自分は幸せ感を感じるのかもしれないですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 鎌田實 』