冨田勝

Profile

1957年東京生まれ。慶應義塾大学工学部卒業後、米カーネギーメロン大学に留学し、1985年に博士号(Ph.D)取得。1994年に京都大学より工学博士、1998年に慶應義塾大学より医学博士取得。 1988年にレーガン大統領より米国立科学財団大統領奨励賞受賞。その後、日本IBM科学賞(2002)、科学技術政策担当大臣賞(2004)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2007)、福澤賞(2009)、国際メタボローム学会功労賞(2009)、大学発ベンチャー表彰特別賞(2014)などを受賞。 2003年にヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(HMT)を創業。2013年に株式上場(東証マザーズ)を果たした。

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50年後の日本を見据えて、教育を



冨田勝氏: 日本は戦後、高度成長期という非常に特殊な時代が数十年も続きました。焼け野原から、たった20年で新幹線と東京オリンピック。40年で経済大国へと。人口も増加、みんなと同じようにまじめにやってさえいればみんなが右肩上がりに成長した時代が長く続いたために、日本人はものを考えなくなってしまったのではないでしょうか。高度成長期は欧米という教科書があって、それを参考にして勤勉に働き安くて壊れないものを作り、それらをジャパンブランドとして世界中に売って、日本は生きてきました。しかし1990年代以降、人口は減少に転じ、新興国の台頭もあり、まじめにやっているだけでは右肩下がりになるようになりました。人と同じことをやっているだけではだめで、時おり人と違うことをして勝負をしなければならなくなったのです。勝負は勝つときもあるし負けるときもありますが、勝負をしなければ必ず負ける時代になったのです。“失われた20年”などと言いますが、実はこれが普通なのではないでしょうか。まずは高度成長期が特殊な成功体験だったのだと、大人がきちんと認識しなくてはいけません。

現状はというと、日本国は税収の倍近く使っていて、その差額を国債という借金でまかなっている。そんな小学生が考えてもおかしいと思うことを長年続け、累積の借金が1000兆円を超えたのに、それをおかしいことだと本気で思っている日本人の大人が少ない。いずれ日本は財政破たんするかもしれないけど、自分たちが生きている間は大丈夫だろう、つまり自分たちは逃げ切ることができるだろう、と思っているからなのです。そういった大人世代の考え方は、もう変わらないかもしれませんが、いずれ代替わりすれば日本は変わります。

――代替わりということは、二世代。


冨田勝氏: だから日本が根本的に変わるには、一世代25年、二世代50年くらいかかるかもしれませんね。僕の世代は、もしかしたら逃げ切れるかもしれませんが、今の若者は絶対に逃げ切ることはできません。高校生や大学生には「君らは絶対に逃げきれないから、破たん後の日本に今から備えよう」と話しています。破滅ではなく、あくまでも経済破たんです。経済が破たんすると、失業率なども含めて、一時的にひどいことになると思いますが、日本国がなくなるわけではありません。むしろ無駄なものが一掃され、本当に必要なものが残りますから、きっと今よりいい国になると思います。今から破たん後の日本を見据えて準備し、日本再建に備えてほしいのです。ですから、大人たちが高度成長期の成功体験をもとに子どもを教育していてはいけないと思います。

――社会を今から再構築するためにも、教育が重要だと。


冨田勝氏: 未来の日本を担うであろう独創性があって面白い生徒がいたとしても、いわゆる進学校に通うとひたすら教科書の勉強をさせられます。教科書の勉強ばかりしていると自分独自の発想をしなくなり、独創的な若い才能を潰してしまうように思います。また、大学を偏差値でランキングして、「今の点ならどこどこの大学に入れる」とか、そんなことで進学先を決めているとすれば、高校も親も教育の本質を見失ってしまって本当に残念ですね。

――教育で最終的に目指すべきものは。


冨田勝氏: ジョン・F・ケネディの有名な演説で“Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country(国が何をしてくれるのかと問うな。自分が国に何をできるかを問え)”というのがあります。福澤諭吉も、“国を支えて国を頼らず”と言っています。でも国や会社に「養ってもらおう」というマインドの日本人が多いのではないでしょうか。僕が卒業生に贈る言葉は「就職して給料をもらうようになったからと言って、それで独立したと思ってはいけない。養ってくれる人が親から勤務先に変わっただけのことだ。真の独立とは、親や勤務先が突然なくなっても困らない状態になること。そのためには卒業後も勉強を続け、世の中から欲せられる人間になれ」。この国を養っていくんだ、というスピリットを持った人材をもっと増やす必要があります。

――そういったスピリットを持った学生を育てたいと。


冨田勝氏: 現職になってそれを体現する良いチャンスをもらったなと思っています。学生の研究テーマは学生自身で自由に決めます。決して私が研究テーマを割り振ったりしません。自分で決めたテーマを研究することは楽しいですし、色々と壁に当たって、上手くいかない時の悔しさを味わったり、試行錯誤を繰り返して少しずつ前に進む。そのプロセスこそが真の教育なのだと思います。勝った試合はうれしいけれど、あまり反省点がないし、特にワンサイドで勝った試合となれば、ほとんど得られるものはない。でも負けた試合は、敗因を分析して成長の糧となります。研究も同じで、失敗によって成長するのです。大事なのは「上手くいかない時にどうそれに対処するか」ということ。

自分の好きなことで社会に貢献することが、最終目的



冨田勝氏: 高校で講演したりする時は、「国債はいわば、60年ローン。今の大人世代が良い生活をするために、君たちのクレジットカードを勝手に使っているようなものですよ。どうする?」と挑発します。そうすると、生徒の中から「それはありえない」というような発言が出てきて、講演会が活性化します。大人を信用し過ぎてはいけないし、頼りにしてはいけない。君らの世代のことは、君ら自身で考えるしかないのです。

「やりたいことと、やるべきことを一致させる」ということが重要だとも言っています。多くの人は、平日は仕事でやるべきことをやり、週末は趣味などやりたいことをやる、というように、やりたいこととやるべきことが別々です。それも悪いとは思いませんが、仕事と趣味が一緒になれば人生最強ですよ。実際、あらゆる分野で大活躍している人は、そのことが大好きです。つまりやりたいこととやるべきことが一致しているのです。

しかし一致させることはかなり難しいことなので、もし一致させた人生を送ることができればラッキーだと思った方がいいかもしれません。ただ、高校生や大学生の時からあきらめて放棄してしまうのは実にもったいない。やりたいことをとことんやったらそれがやるべきことになるかもしれないし、やるべきことをとことんやったらそれがやりたいことになるかもしれない。まずは、色々と面白そうだと思ったことをとことんやってみることが重要です。



――「やりたいことと、やるべきことを一致させる」コツはなんでしょう。


冨田勝氏: 例えばサッカーが大好きならば、数学や経済の勉強でも、サッカーとこじつけて考えるといいのです。「サッカーの経済学」という自由研究だったら、興味を持って積極的に経済を勉強したくなるでしょう。
仕事をしている人は、自分の仕事が社会にどういう風に貢献しているか、をよく考え、それに誇りを持ったら、今の仕事がやりたいことになるかもしれません。

やるべきことというのは、最終的には世の中に貢献するということ。つまり、やりたいこととやるべきことを一致させるということは、好きなことで世の中に貢献しようということなのです。

―― サイエンスで、日本が目指すべきところは。


冨田勝氏: 日本の科学者の多くは「サイエンスではアメリカに勝てない」と思っているのです。研究に携わっている多くの人は、アメリカと肩を並べること、あるいは世界に認められることが最終目標になってしまっています。でもそれでは一生アメリカを越えることはできない。アメリカと勝負して勝つんだ、というマインドを持たないといけないと思います。世界と勝負をして、彼らの上を行くんだと。

――今の日本を変えるには、意識改革が必要かもしれませんね。


冨田勝氏: 日本人は、「額に汗して真面目にやっていさえすれば必ず報われる」と教育されてきました。それは高度成長期においては正しかったと思いますが、今の時代はそんなに甘くはありません。真面目に努力することは“必要条件”だとは思いますが、日本人はそれを“十分条件”だと思ってしまっている。でも今の時代は、時折、人と違うことをやってみたりして、勝負しなくてはいけません。新興国と同じものを作っていたら、結局、コスト競争では勝てません。ですから、高くても買ってもらえるようなものすごく良いモノや、良いサービスを売る必要があるのです。そのためには人と同じことをやっていたらダメなのです。人と違うことして新たな道を切り開いていく、ベンチャー精神を持った人材を増やす必要があります。
戦後の日本を支えてきた、ホンダ、ソニー、松下はみなベンチャー企業だったんですよ。志高い創業者がゼロから企業を立ち上げて、その産業が何億人を支えてきた。自分がこの国を支えていくんだ、というスピリットを持った人を応援してどんどん増やしていきたいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 冨田勝

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