伝えたいことを書かせてくれた編集者
野口旭氏: 『経済対立は誰が起こすのか』(ちくま新書)を出したのが98年。一般向けの本はそれが初めてでしたね。それまでも教科書などは出していました。論文集などに関しては、研究仲間で研究会などをやっているうちに、「同じテーマで書こうじゃないか」という話がきたりしたのです。でも、一般書を書くとなると、やっぱりだいぶ違う世界に入っていかなければいけない。この大学で活躍されていた鶴田俊正先生という人がいて、今はもう退官されましたが、非常によくしていただきました。その鶴田先生から声をかけていただいて、ちくま新書の編集者の山野浩一さんを紹介してもらったのです。それが一つのきっかけとなり、『経済対立は誰が起こすのか』を出すことになりました。それから色々な一般的な政策提言などを、他の媒体でも書くようになりました。
今書いている本も、10年以上前の本で今度Kindleになった『構造改革論の誤解』という本も、東洋経済の中山英貴さんという編集者と一緒にやってもらっています。私の見るところ編集者というのは、非常に自由な立場でやる人が多いように思います。中山さんが編集を担当してくれたのは、我々にとっては「自分の伝えたい本を書ける」という感じで、ありがたいと思っています。『昭和恐慌の研究』を、日銀副総裁の岩田規久男先生が編者になって、共同研究としてやった時に、サポートしてくれたのも中山さんでした。リフレ政策や運動がどんどん広がっていったのは、彼によるサポートが非常に大きかったと感謝しています。
――出版、電子化と編集者のサポートがあったのですね。
野口旭氏: 私自身もKindleなどの電子出版のものを、既に50冊ぐらい買っています。アメリカにいた時に文献が手元にないことにすごく不便を感じました。アメリカではその当時から、論文などをネットでもダウンロードできましたし、雑誌はだいたいダウンロードや、ネットで閲覧できるところまで進んでいました。
一方日本の文献は、なかなか見ることができませんでしたので、非常に不便な思いをしてきました。それから、私の場合は、どんどん本が増えていってしまうので、本の処分は本当に大変な作業となります。最初は、いらなくなった本を選んで、古本屋などにダンボールで送っていましたが「後でちょっと読みたいな」と思う本は、そうはいきませんので、最近は電子化しています。ようやく日本でも本や雑誌の電子化が、ここ数年でどんどん進んできましたね。パソコン一つあれば、図書館にいるようなものです。「全てのものが電子化される時代が、1日も早くきてほしい」と思っていましたので、こういう動きは大歓迎です。
経済学が貢献できること
――最新刊『世界は危機を克服する』が発売されます。
野口旭氏: 2013年の六月ぐらいに話があって「できるなら、2014年中には出したい」と言っていたのですが、一年間かけてこの本を書いたら、500ページ以上になってしまい、結局原稿があがったのが十月でした。それで、ようやく本日ゲラが届きました(笑)。内容はずっと書きたいと思っていた、リーマンショック以降の各国経済、特に経済政策、マクロ経済政策。財政もそうですし、日本だとアベノミクス、金融政策。そういうところの評価が、今問われています。
――今回、どんなことを伝えようとされているのですか。
野口旭氏: 今は何が大事かというと、それぞれ自分の生活に直結している問題である、経済、景気回復です。私が大学で教えていて、一番気になるのは大学生の就職です。景気が悪い時は学生が就職できなくて、卒業延期となったりもしました。また、世代間の格差も非常に大きな問題であると感じています。上の世代とは違って、今の若者たちはハッキリ言って貧乏です。20年間、不況が続いたせいもあり、今はそういった構造になってしまっているのです。
しかしアベノミクスになって、この二年で“デフレ脱却”という政策が本格的に動いてきました。日本では日銀派、財務省派の学者がメディアの中では強いので、私たちは異端派なのかもしれませんが、世界を見渡すと、私たちのような考え方が主流なのです。アベノミクスは上手くいくと、私は信じています。それにはきちんとした根拠があるんだよということを、この本では書いています。かなりぶ厚い本になりましたが、ようやく皆様に届けることが出来ます。
経済学には色々な分野があります。理論研究をする分野と実証研究をする分野がありますが、ただそれだけではダメなのです。例えば医学の場合、最終的には、「人を長生きさせて、なんぼ」というのがあるように、経済学も同じで、科学としては理論研究や実証研究もいいけれど、やっぱり政策に応用するという部分があって初めて、世の中の役に立っていると言えるのだと私は考えています。
ただ、その“応用する”という部分が、非常にごちゃごちゃしているので経済学者の中では嫌う人も多いのです。「そんなのは俗世間の話であって、学者が扱うような問題じゃない」という風に言う人もいます。でもそれでは、経済は何のためにあるのか、という話になりますよね。だから私は、色々と批判されることもありますが、泥をかぶってでも、政策に応用し世の中の役に立ちたいと思っています。その視点は、これからも大事にしていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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