世の中に役立つ経済学を
専修大学経済学部教授を務める経済学者の野口旭さん。最新刊『世界は危機を克服する: ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)ではリーマンショック以降の各国経済、特に経済政策やマクロ経済政策についてまとめられています。「はっきり物事を言うのが役割だ」という野口先生に、研究者へと進むことにきっかけ、“デフレ脱却”に向けての活動から、現状までハッキリバッサリ語って頂きました。
ようやく実を結んだ政策
――日本の状況に変化が訪れようとしています。
野口旭氏: 言い方は悪いかもしれませんが、民主党の時は絶望的な状態でした(笑)。でも安倍政権では、私がお世話になっている浜田宏一先生がアドバイザーになって、特に金融政策に関しては、我々が十年間ずっと言い続けていた政策が行われています。これでデフレ脱却がようやく実現されそうです。消費税が一番気がかりでしたが、今回延期されたので、それも良かったですね。この二年間は、我々が描いていたシナリオ通りに進んでいるので、自分でも驚いているところです。これまでせき止められていたものが、ようやくスムーズになってきたように感じています。もちろん私だけではなく、仲間であり同志である、いわゆるリフレ派と言われる人たちが、色々な場で発言、発信しそれを支持してくれた皆様のおかげです。
マクロ経済政策というのは、実現されないと意味がありません。つまり、有権者がそれを実現させそうな政治家を選ばないといけないのです。だから有権者に対して、「こういう政策を」と説明し、納得してもらう必要があるのです。それを十年間続けてきました。最初は“インフレ政策”という言い方をされたりもしましたが、デフレというのがそもそも異常なので、それを是正しない限り、何をやっても無駄だということがだいぶ浸透して、今の結果へとつながったと思っています。我々がやってきた活動が無駄にならなくて、ほっとしています。
――ハッキリ、バッサリの野口先生ですが。
野口旭氏: やっぱり、なんでもハッキリ言って「おかしいじゃないか」と思うことが、私の原点だという気がするのです。我々は、失われた20年を見てきたわけですが、「もう少し日銀や財務省が、自分のことばかり考えないでやれば、全然違うのに」と思い続けてきました。でも役所は役所のロジックで動いているから、なかなか変わることができないわけです。そういう腹立たしい思い。そういったものが一番のコアとなっています。
父と本棚とジャズに影響を受けて
――経済という側面から、世の中を変えることに関心を持ったのは。
野口旭氏: 私は小学校三年まで北海道にいました。その後、東京に引っ越してきてからはずっとこちらにいます。父は、私がちょうど大学に入職した年に白血病で死んでしまいましたが、北海道新聞でずっと新聞記者をやっていました。外報部でベトナムにいたこともありました。今から考えてみると、私が社会科学系の分野に関心があったのは、家庭環境も大きかったのかなと思います。父は記事を書くために、色々な本を集めていました。そういった本を読んだりしていたことも、今につながっているのかもしれませんね。
――親父の本棚を見て育った。
野口旭氏: そうですね、背中というよりは本棚かな(笑)。高校は小泉元首相の出身校でもある横須賀高校。神奈川県でジャズクラブがある高校は三つだけで、そのうちの一つでした。一年生の時に、学園祭で先輩たちが“ジャズ”という、それまで全く聴いたこともない音楽をやっていたのです。「これは何だ?」と衝撃を受けて、どうしてもやりたいなと。それでジャズクラブに入ることにしたのです。高校時代は音楽に夢中になっていたので、一浪して東大に進みました。
最初は社会学などをやりたいと考えていたのですが、父から「そういう、あやふやな学問はやめろ」と言われて(笑)、文Ⅱで経済に進みましたが、大学でもジャズ研に入っていましたよ。今もウチの大学の顧問をやっています。途中、音楽をやっていない時期もありましたが、ここ4、5年のジャズの世界を見てみると、私と同じくらいの年齢の人ばかり(笑)。会社を辞めたおじさんたちが、色々なところで集まっているので、そういう人たちとの交流も多くなりました。今は、そういったお店もたくさんあります。
話を戻して学部時代。最初の頃は大学院を目指しておらず、今でいうモラトリアムという感じで「なんとか会社勤めを避ける道はないか」と考えていました。当時は大学院に進む学生はあまり多くなく、東大の経済の場合、一学年で十人くらいだったでしょうか。今はもっと多いと聞きますが……当時、頭の良い人たちは官僚になり、法学部は司法試験を受けていました。経済だと公務員試験で上級職を目指します。自分の性格だと向いていないかなと思っていましたね。
――国際経済の道へ進むことになったのは。
野口旭氏: リカードの『経済学および課税の原理』に比較優位の話が出ていて、それを読んだことが一つのきっかけとなりました。もう200年近く昔の本なのですが、論理がクリアで筋が通っているのです。経済学者の本は、何を言っているのかわからないものや、筋はあるけれどすごく難しくて読みにくいものがある中で、非常に明晰な論理に貫かれていました。時代背景などはよくわからないけれど、内容は理解できる。それで貿易論を専門的にやりたいと思うようになったのです。
88年にこちらの大学にきて、もう27年ですか。国際経済論や貿易論、一年生向けには現代経済入門という講義を担当しています。自分の研究は最近、国際経済から国内の経済政策、マクロ経済政策にシフトしていますね。
伝えたいことを書かせてくれた編集者
野口旭氏: 『経済対立は誰が起こすのか』(ちくま新書)を出したのが98年。一般向けの本はそれが初めてでしたね。それまでも教科書などは出していました。論文集などに関しては、研究仲間で研究会などをやっているうちに、「同じテーマで書こうじゃないか」という話がきたりしたのです。でも、一般書を書くとなると、やっぱりだいぶ違う世界に入っていかなければいけない。この大学で活躍されていた鶴田俊正先生という人がいて、今はもう退官されましたが、非常によくしていただきました。その鶴田先生から声をかけていただいて、ちくま新書の編集者の山野浩一さんを紹介してもらったのです。それが一つのきっかけとなり、『経済対立は誰が起こすのか』を出すことになりました。それから色々な一般的な政策提言などを、他の媒体でも書くようになりました。
今書いている本も、10年以上前の本で今度Kindleになった『構造改革論の誤解』という本も、東洋経済の中山英貴さんという編集者と一緒にやってもらっています。私の見るところ編集者というのは、非常に自由な立場でやる人が多いように思います。中山さんが編集を担当してくれたのは、我々にとっては「自分の伝えたい本を書ける」という感じで、ありがたいと思っています。『昭和恐慌の研究』を、日銀副総裁の岩田規久男先生が編者になって、共同研究としてやった時に、サポートしてくれたのも中山さんでした。リフレ政策や運動がどんどん広がっていったのは、彼によるサポートが非常に大きかったと感謝しています。
――出版、電子化と編集者のサポートがあったのですね。
野口旭氏: 私自身もKindleなどの電子出版のものを、既に50冊ぐらい買っています。アメリカにいた時に文献が手元にないことにすごく不便を感じました。アメリカではその当時から、論文などをネットでもダウンロードできましたし、雑誌はだいたいダウンロードや、ネットで閲覧できるところまで進んでいました。
一方日本の文献は、なかなか見ることができませんでしたので、非常に不便な思いをしてきました。それから、私の場合は、どんどん本が増えていってしまうので、本の処分は本当に大変な作業となります。最初は、いらなくなった本を選んで、古本屋などにダンボールで送っていましたが「後でちょっと読みたいな」と思う本は、そうはいきませんので、最近は電子化しています。ようやく日本でも本や雑誌の電子化が、ここ数年でどんどん進んできましたね。パソコン一つあれば、図書館にいるようなものです。「全てのものが電子化される時代が、1日も早くきてほしい」と思っていましたので、こういう動きは大歓迎です。
経済学が貢献できること
――最新刊『世界は危機を克服する』が発売されます。
野口旭氏: 2013年の六月ぐらいに話があって「できるなら、2014年中には出したい」と言っていたのですが、一年間かけてこの本を書いたら、500ページ以上になってしまい、結局原稿があがったのが十月でした。それで、ようやく本日ゲラが届きました(笑)。内容はずっと書きたいと思っていた、リーマンショック以降の各国経済、特に経済政策、マクロ経済政策。財政もそうですし、日本だとアベノミクス、金融政策。そういうところの評価が、今問われています。
――今回、どんなことを伝えようとされているのですか。
野口旭氏: 今は何が大事かというと、それぞれ自分の生活に直結している問題である、経済、景気回復です。私が大学で教えていて、一番気になるのは大学生の就職です。景気が悪い時は学生が就職できなくて、卒業延期となったりもしました。また、世代間の格差も非常に大きな問題であると感じています。上の世代とは違って、今の若者たちはハッキリ言って貧乏です。20年間、不況が続いたせいもあり、今はそういった構造になってしまっているのです。
しかしアベノミクスになって、この二年で“デフレ脱却”という政策が本格的に動いてきました。日本では日銀派、財務省派の学者がメディアの中では強いので、私たちは異端派なのかもしれませんが、世界を見渡すと、私たちのような考え方が主流なのです。アベノミクスは上手くいくと、私は信じています。それにはきちんとした根拠があるんだよということを、この本では書いています。かなりぶ厚い本になりましたが、ようやく皆様に届けることが出来ます。
経済学には色々な分野があります。理論研究をする分野と実証研究をする分野がありますが、ただそれだけではダメなのです。例えば医学の場合、最終的には、「人を長生きさせて、なんぼ」というのがあるように、経済学も同じで、科学としては理論研究や実証研究もいいけれど、やっぱり政策に応用するという部分があって初めて、世の中の役に立っていると言えるのだと私は考えています。
ただ、その“応用する”という部分が、非常にごちゃごちゃしているので経済学者の中では嫌う人も多いのです。「そんなのは俗世間の話であって、学者が扱うような問題じゃない」という風に言う人もいます。でもそれでは、経済は何のためにあるのか、という話になりますよね。だから私は、色々と批判されることもありますが、泥をかぶってでも、政策に応用し世の中の役に立ちたいと思っています。その視点は、これからも大事にしていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 野口旭 』