問題意識を共有できる本の可能性
長谷部光雄氏: リコーにいたころ、開発のやり方を改善しようとマネージャーと話し合うのですが、お互い感情的になってなかなか伝わらないという経験がありました。冷静に言いたいことを表現するために文章化し、毎月一回、社内の掲示板に掲載するようにしたのです。すると「今月の話、面白かったね」と言う声が聞こえるようになりました。気を良くして2〜3年と続き、ボリュームも増えていきました。ある花見の席で隣に座った人から「面白い」という評を得て、その方と出版社とのつながりから本になりました。並べ替えたり、いくつか書き足したりして、自分なりにストーリーを作って、出版社に持って行きました。すると驚いたことに、「後ろ半分でいいです。前半はいりません。後半の方を充実して下さい」と言われましたよ。
――がっつり、削られたんですね。
長谷部光雄氏: そうです。しかし最初の本の担当編集者には、ずいぶん勉強させてもらいました。「てにをは」の細かい部分から、伝える方法まであらゆるノウハウを教えてくれました。その方は日本能率協会を定年退職する間際の人で、私の仕事は最後の仕事とおっしゃっていました。今でも覚えているのは「まず文章を短くしろ」ということです。それはその後の執筆においても非常に参考になりました。出版社を紹介してくれた方、編集者の方、良い出会いに恵まれて生まれたのが、一冊目の本『ベーシックタグチメソッド』でした。発刊時には嬉しくて八重洲のブックセンターへ見に行きましたよ(笑)。
一冊目でカットされた原稿の前半部分を広げたのが、二冊目の『技術にも品質がある』。これを出版した時、ある読者に「まるでうち会社のことを書いているみたいだ」と言われました。その本は、リコー時代の想いで書かれたものなので、その人の会社を書いた訳ではありません。けれども共感されたということは、みんな同じようなことで悩んでいる一般的な問題なのだと実感しました。知らないもの同士が共感できるという魅力が本にはありますね。
本屋では、新刊を見て面白そうなものを買いますが、大体最初の数ページ、数十ページで良書か否かわかります。基本的には紙の本を購入しますが、電子書籍の青空文庫も活用しています。寺田寅彦さんの本が好きです。彼は物理学者で、文章も上手で面白いですよ。ただ記憶に紐づく書き込みが出来るという点では、やはり紙に親しみを覚えます。面白い本であれば、ガンガン書き込んで、汚します。今は消せるボールペンもありますから、書き込むことが楽になりましたね。本は書き手としても読み手としても、大きな可能性を感じています。
「出たとこ勝負」で新たなフロンティアを拓く
――その本を通じて、伝えたいこととは。
長谷部光雄氏: 今、目に見えない新しいフロンティアが出現しています。それまではアメリカの西部開拓のような目に見える地理的なものでしたが、今は目に見えない知的世界のフロンティアです。その時に有効なのが、帰納法と演繹法以外の、第三の論理=アブダクション「出たとこ勝負」であり、それこそが技術者にとって必要な素質なのです。今までのことを“なぞる”のは作業、新しい技術、製品を創造することは、新しいフロンティアに挑戦することであり、そこが技術者の意地の見せ所なんです。講演に参加頂ける方、読者の方、人によって時期によって腑に落ちるところ、琴線に触れる場所は、みんな違います。たくさんの人に伝えるためには、色々な形で伝えなければいけません。地道ですが、その辻説法をこれからも続けていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 長谷部光雄 』