「出たとこ勝負」で新たなフロンティアを拓く
長年、製品開発の技術者として活躍し、そのノウハウを伝えるため定年後に立ち上げた「のっぽ技研」。代表を務める長谷部光雄さんは、知見を活かした品質工学のコンサルティングや、技術者のあるべき姿を伝えるため執筆や講演をおこなっています。「新たな挑戦こそが技術者の意地の見せどころ」という長谷部さんに、現在浮き彫りになっている問題点や解決策、技術者の意地を語って頂きました。
なぞるだけなんて、もったいない!!
――「のっぽ技研」の活動について伺います。
長谷部光雄氏: クライアントから実際に具体的な課題を持ってきてもらい、担当者の方たちと話し合います。どういう考え方で、どういう方向に攻めていけばいいかを議論して、絞り込んでいく形です。最初は目的から入り、それを達成するためにはどうすべきか、根本的な戦略から考えていきます。
最近は新製品を開発する場合でも、従来の品物の部分改良になりがちで、作業内容が見えてしまいます。すると「そもそも」という根本的な改善方向が見えにくくなっています。作業がいかに効率よくできるかというところに比重が傾いている気がします。新製品なのですから新しいコンセプトで、新しいものを入れていかなくてはいけません。クリエイティブこそ技術者魂に火が付くはずですし、なによりその方が面白いと思っています。出来上がっている従来品をなぞるような道を進んではもったいないですよね。
――技術者を鍛え、技術力を上げるために技術指導やコンサルティング、講演会などをおこなっています。
長谷部光雄氏: 今年の一月に「四時間で納得できるタグチメソッド」という講演をしました。普通は二時間ぐらいなのですが、より具体的な方法までやれるように、倍の時間を取りました。講演に参加される方は、設計部門の担当者、企業のマネージャー、品質保証の担当者もいれば、それから学生に至るまで幅広くご参加頂いています。「いかに作業を早くして、低コストでやるか」という仕事のやり方では、今後の日本は世界に勝てません。ではどういう心持ちでやっていくのか。そうした想いや具体的な方法を講演、また本などで伝えています。
――『技術者の意地―読むだけで分かる品質工学―』では、日本のお家芸であるモノ作りに対して、強い危機感を語られています。
長谷部光雄氏: 現役のころから危機感がありました。私は、メーカーで長い間製品開発を担当していましたが「やり方が違うのではないか、もっとうまい方法があるのではないか」という気持ちをずっと抱いていました。そういう想いで、社内の開発体制や考え方などに対する指導をやり始めたのです。その時に、考え方の中心になったのが「タグチメソッド」と言われている品質工学の手法でした。その手法を基に自分の中で考えを再構築していきました。ある企業へ伺った時に感じた想いがきっかけで、この本を書き始めました。本に書いていることは、大体なんらかの形で私が経験していることに基づいています。
――新入社員用の教科書的な存在になっているそうですね。ここに伺う途中、技術者と思わしき人から『技術者の意地―読むだけで分かる品質工学―』を食い入るように見られました(笑)。
長谷部光雄氏: おかげさまで、そういう評価も頂いています。今まで、真の技術者はどうあるべきかという教育は、ちゃんとなされていませんでした。CADでの図面の引き方など、ハウツー的な知識の教育はたくさんあるのですが、お客さんにどう役に立つか、倫理的なものまで含めたトータルの教育がされていなかったのです。
一方で、品質が絶対という言葉が叫ばれています。1960年代、日本の製品は、世界から「安かろう悪かろう」と言われていました。それを解決するために生まれた発想が、いわゆる品質管理体制です。日本人はそのルールをきちんと守り、「日本の製品は品質がいいね」と言われるまでに成長しました。でもそれは、最低限の品質レベルを保持しているだけのやり方です。より良い品質を創出していくために、現在もみんな一生懸命やっています。
ただ、じゃあ高い品質の創出はどうすればいいのかが、なんとなくぼんやりしているのです。より良い品質を出すためには、単なる作業者ではダメなのです。クリエイターとして様々な工夫をし、お客さんに喜んでもらうモノづくりができなくてはなりません。そのためには、もっとポジティブな、前向きな姿勢が必要だと思います。そういったことを、もの作りの企業の中にもっと広めていきたいなという気持ちで書いています。
真理を探究したい
長谷部光雄氏: もともと小さいころから理系人間で、物事に対する探究心がありました。親に『なぜだろうなぜかしら』という本を買ってもらったところから出発したのだと思います。理科的な知識が漫画風に面白く書かれていて、本がボロボロになるまで夢中になって読んでいたそうです(笑)。そこからずっと理系で、工学を勉強していました。その頃には、研究者や技術者になりたいと思っていましたね。大学では広く根本的なことをやりたいという思いがあって、理学部の物理学科へ進みました。そうそう、ボート部に入ってエイト(ボート競技の種目)もしていました(笑)。
大学在学中に親父が亡くなって、家計の状況も苦しいということが分かり、アルバイトを始めました。家庭教師など、色々な仕事をしたのですが、最後には泊まり込みで新聞配達をやりました。住み込んでしまえば、下宿代がいらないですからね。大学院に進むのは断念し、早く働かなければという思いでした。
――そして卒業後、リコーへ。
長谷部光雄氏: その当時、リコーはオフィス向けの機械がメインで、個人が直接買う時計やカメラの比率は少しでした。今と違い知名度もなかったのですが、調べてみて面白そうなことをやっているなと、惹かれたんです。僕が入社したころは、ゼロックスの基本特許が切れた時期で、日本のカメラメーカーが一斉に参入し、開発競争が激化していました。それまでリコーは感光紙を使った複写機でしたが、コニカミノルタやキャノンと同じように「日本製の技術」でということで、一斉に技術開発を始めました。まだ本命の方式が確立しておらず、どの方式が確立されるか、技術的にもとても面白い時期でした。
――その後、日本は世界的なシェアを占めるまでになります。
長谷部光雄氏: 特許面の関心が強く私も50件以上を登録しましたが、リコーには、100件以上登録している人もたくさんいたんです。けれどもその当時は、どこの会社もそういうものだろうと思っていました。全世界的なシェアもそんなに意識していませんでした。目の前にあることをなんとかしようという思いだけで取り組んでいましたから。しかし退職して、様々な企業とお付き合いするようになり、複写機プリンター業界が特別だったということに気付きました。
問題意識を共有できる本の可能性
長谷部光雄氏: リコーにいたころ、開発のやり方を改善しようとマネージャーと話し合うのですが、お互い感情的になってなかなか伝わらないという経験がありました。冷静に言いたいことを表現するために文章化し、毎月一回、社内の掲示板に掲載するようにしたのです。すると「今月の話、面白かったね」と言う声が聞こえるようになりました。気を良くして2〜3年と続き、ボリュームも増えていきました。ある花見の席で隣に座った人から「面白い」という評を得て、その方と出版社とのつながりから本になりました。並べ替えたり、いくつか書き足したりして、自分なりにストーリーを作って、出版社に持って行きました。すると驚いたことに、「後ろ半分でいいです。前半はいりません。後半の方を充実して下さい」と言われましたよ。
――がっつり、削られたんですね。
長谷部光雄氏: そうです。しかし最初の本の担当編集者には、ずいぶん勉強させてもらいました。「てにをは」の細かい部分から、伝える方法まであらゆるノウハウを教えてくれました。その方は日本能率協会を定年退職する間際の人で、私の仕事は最後の仕事とおっしゃっていました。今でも覚えているのは「まず文章を短くしろ」ということです。それはその後の執筆においても非常に参考になりました。出版社を紹介してくれた方、編集者の方、良い出会いに恵まれて生まれたのが、一冊目の本『ベーシックタグチメソッド』でした。発刊時には嬉しくて八重洲のブックセンターへ見に行きましたよ(笑)。
一冊目でカットされた原稿の前半部分を広げたのが、二冊目の『技術にも品質がある』。これを出版した時、ある読者に「まるでうち会社のことを書いているみたいだ」と言われました。その本は、リコー時代の想いで書かれたものなので、その人の会社を書いた訳ではありません。けれども共感されたということは、みんな同じようなことで悩んでいる一般的な問題なのだと実感しました。知らないもの同士が共感できるという魅力が本にはありますね。
本屋では、新刊を見て面白そうなものを買いますが、大体最初の数ページ、数十ページで良書か否かわかります。基本的には紙の本を購入しますが、電子書籍の青空文庫も活用しています。寺田寅彦さんの本が好きです。彼は物理学者で、文章も上手で面白いですよ。ただ記憶に紐づく書き込みが出来るという点では、やはり紙に親しみを覚えます。面白い本であれば、ガンガン書き込んで、汚します。今は消せるボールペンもありますから、書き込むことが楽になりましたね。本は書き手としても読み手としても、大きな可能性を感じています。
「出たとこ勝負」で新たなフロンティアを拓く
――その本を通じて、伝えたいこととは。
長谷部光雄氏: 今、目に見えない新しいフロンティアが出現しています。それまではアメリカの西部開拓のような目に見える地理的なものでしたが、今は目に見えない知的世界のフロンティアです。その時に有効なのが、帰納法と演繹法以外の、第三の論理=アブダクション「出たとこ勝負」であり、それこそが技術者にとって必要な素質なのです。今までのことを“なぞる”のは作業、新しい技術、製品を創造することは、新しいフロンティアに挑戦することであり、そこが技術者の意地の見せ所なんです。講演に参加頂ける方、読者の方、人によって時期によって腑に落ちるところ、琴線に触れる場所は、みんな違います。たくさんの人に伝えるためには、色々な形で伝えなければいけません。地道ですが、その辻説法をこれからも続けていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 長谷部光雄 』