視覚情報が促す意思決定
アートディレクターのウジトモコさん。デザインを経営戦略として捉え、採用、販促、ブランディング等で飛躍的な効果を上げる「視覚マーケティング(R)」の提唱者です。ノンデザイナー向けのデザインセミナーを開催し、地域ブランディングにも積極的に取り組まれています。近著『問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略』に込められたウジトモコさんの想いを伺ってきました。
デザインを学ぶことで、都市の未来が変わる
――「かごしまデザインアカデミー」は好評でしたね。
ウジトモコ氏: ありがとうございます。こういうのは成果がでると嬉しいですね。
鹿児島に行ってみると「黒豚や焼酎、野菜やお茶」などたくさんの良いものがあります。と同時に、モノの良さに対してブランド評価が低いものがたくさんあるという印象を受けました。これは鹿児島に限らず、日本各地で言えることだと思います。
これを、県外者――私の場合は東京に住んでいる生活者の視点ですが、「再定義」、「最適化」して市場に「再デビュー」させるのが私の本来の仕事です。ブランドのデザインが難しいのは、ゲーテの「汝(なんじ)己(おのれ)を知れ」のことば通り自分では自分のことを見えないし定義もしづらいところです。
デザインアカデミーでは、この価値を再定義して可視化させ、デザインの未来を最初から設計していく手法を学ぶことで、デザイナーの提案領域を拡げる講義をしました。けっこう短い時間でも、吸収して、成長されてますね。
――鹿児島は恵まれた素材、多いですよね。
ウジトモコ氏: 温泉もあるし、お酒も食べ物もおいしいし、天文館という商店街も活気があるし、面白い場所だと思います。私はふだん焼酎を飲まないのですが、鹿児島で頂いた屋久島「三岳」という焼酎は、おいしかったですね。ただお土産として購入しようとしたところ、ちょうど良いサイズが無く大きなものしか置いていなくて持って帰るのを断念しました。もちろん宅配という手段もあったのですが、基本的には「持てないな」と思ったらまず「買えない」ですよね。
――商品の大小も、購買を大きく左右するのですね。
ウジトモコ氏: 大きさを変えることもデザインですね。だって「持てそうかな」と思ったら買うかもしれないじゃないですか。まさに、見る⇒意思決定⇒行動のプロセスのデザインです。それと同じく「よさそうだな」と思ったらやはり買いますし。これから食品のパッケージは「量」と「質」の見せ方が、もっともっと大事になっていきます。これ実は今、別の福島県のプロジェクトでも取り入れてもらっているんです。国内の良いものは「量」と「質」をきちんとデザインして、価値を再定義して、然るべきルートにのせればもっともっと売れると思います。
焼酎や大吟醸、和食にしても世界に負けないものがたくさんあります。デザインを変えるだけで絶対売れるなというのもたくさんあるので、地域のブランディングも一緒に、どんどんそういうものを応援していきたいという気持ちでやっています。
幸せは向こうから偶然やってくる」ようにデザインする
――ウジさんのマーケティング手法とは。
ウジトモコ氏: よく『かぐや姫』を例にとってお話しています。『かぐや姫』というのは、おじいさんが偶然、竹の中にいるお姫様を見つける話ですよね。実は「かぐや姫が、このおじいさんに見つけてもらうために、竹を選んで、見つかりそうなところに入って見つけてもらった」というお話だったとしたら、かぐや姫がマーケティング手法をとっていたら……。私たちは多分みんなそれを望んでいると思うのです。最近はもちろんそういうのも主流の方法じゃありませんけど、一生懸命売り込んでも、偶然良い人には巡り会えるとは限りません。限られた宣伝広告費をいちばん有効に使わなければなりません。買う人にとっては「偶然良いものが見つかった」、売る人にとっては「願っても無い良いお客さんが買ってくれた」という未来を、そのデザインがどれだけつくれるかだと思います。
――おのおの特有のターゲットに、どう到達させるか。
ウジトモコ氏: 万人ウケするというのは難しいと思います。とがった商品の場合、出会えて幸せな相手はいると思うのです。万人ウケではなくて、「幸せな出会いをつなぐ」、そういう風に思って頂ければと思います。
モフモフ鬼面と、ウルトラ図鑑
――もしもかぐや姫が……ウジさんの「もしかぐ」面白いです。
ウジトモコ氏: 「変わっているね」とよく言われます(笑)。実際、脳みその中身が変わっているんだと思います。周囲には迷惑をかけることもあって申し訳ないな、と思うこともあります。昔、図画工作で節分の鬼のお面を作ることがありました。模範のお面があって皆それをもとに作るのですが、私はそれに逆らってモフモフ系の変わったお面を作るような、そんな子どもでした。そのモフモフお面、私はすごく気に入っていたのですが、先生の評価は悪かった(笑)。ガッカリして家に帰ると、母が「この面白い鬼面を評価できないというのはセンスのない先生ね」などと、なぐさめてくれましたね。
――クリエイター気質はその頃から……。
ウジトモコ氏: デザイナーか絵本作家になりたいと思っていました。父が読書家で本がたくさんあったので、絵本作家にはずっと興味がありましたね。そういえば『ウルトラ怪獣図鑑』もお気に入りでした。私は目黒区の育ちで、近所の大橋図書館にいつも父と行っていました。小学校1、2年生の頃はアルセーヌ・ルパンシリーズなど、本はいつも読んでいました。中学校の頃は『竜馬がゆく』を全部読みました。他に、フランソワーズ・サガンも読みましたし、『風と共に去りぬ』、『赤毛のアン』も読みました。また母に「日記をつけたら」と言われ、小学校時代から思えば育児日記まで、日記をずっと続けていました。
すべてにデザインが介在している
――今でも読書習慣はありますか。
ウジトモコ氏: 基本的にデザインの本とビジネスの本は大量購入して速読してます。そういえば、キンドルも持っていて『鬼平犯科帳』などはシリーズで買って、電子書籍で読んだり。小説は電子書籍でも読めるのですが、ビジネス書や実用書の類いは紙の方が読みやすいところもありますね。
――デザインの視点から「電子書籍」をどう捉えるか。気になります。
ウジトモコ氏: 大学の講義で院生のデザイン学生さんに、「世の中にない電子書籍のデザインを考えて」と課題を出したとき、すごくユニークな案が次々と出てきました。その中に、「ペンタイプの電子書籍」というのがあって、あえて1行ずつしか表示させないというものでした。今の電子書籍は、紙でやっていることの置き換え、付箋も引ける、マーカーも引けるというのが主流ですよね。
――「電子化書籍」の域を出ていない、と。
ウジトモコ氏: もっと色んな可能性があるのだと思います。その可能性を引き出すには、デザイン関係を巻き込むことが重要だと思います。私たちは「ネットすごい、デジタルすごい」という世代ですが(笑)、若い世代はデジタルとアナログの両面をわかっていると思います。デジタルも紙も普通に存在していて「電子より紙のほうが楽じゃね↑」というような感じです。若い人やデザイナーをもっと巻き込むべきです。
――どんな所にも、デザインは存在していて重要な役割をはたしているんですね。
ウジトモコ氏: デザインが苦手とか他人事と思っている方は結構いると思うのですが、実は身の回りの色んなものにデザインは存在しています。私は今「面白いから一緒にやろうよ!」という気持ちでデザイン教育に燃えています(笑)。デザインすることを、他人事のように「デザイナーに勝手にやってもらう」のではなく、ビジネスマンがデザインのイメージを思いついて「一緒にこういうの、どう?」という感じでできれば素敵なことだと思います。
日本では、技術部門、営業部門があって、設計図が全部きて、それから色を塗る。設計や図面、試算はできているけれどもイメージがないプロジェクトが多い。また、企画書も分厚いのに、デザインは最後に急ぎで作ってというようなところが多いと感じます。そういう仕組みも変えて、それぞれの力が結集すれば、世界レベルの面白いことが日本発でどんどん出来るようになると思います。
『問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略』に込めた想い
――その熱い想いは、『問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略』にも込められています。
ウジトモコ氏: 日本のデザインの主流のひとつにデザインの作家性を重要視する「design by ナニナニ」というようなナニナニのほうにスポットを当てる考え方があります。
一方で、私が関わっているものは「デザインの考え方を学ぶ」ことで、企画書やツールはもちろん、商品やサービス、あるいはビジネスそのもの、もしかしたら都市や地域の未来が変わるかもしれない、って言う類のものです。
だから、どうしたらビジネスマンの人が使えるか、ノンデザイナーがデザイン戦略を楽しめるようになると何が起こるのか、ということを伝えるために、いままで本に記してきました。今回の『問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略』にもその想いを込めました。
――色んな事例が出てきますね。
ウジトモコ氏: 「スムージーと生ジュース」の話も出てきます。スムージーで検索すると、何かシャレオツな果物満載の飲み物が出てきますが(笑)、生ジュースで検索するとジュースベンダーのような、オロナミンC的な健康ドリンクのような感じで出てきます。中身はほとんど同じなのですが、例えば、スムージーはレディ・ガガが12キロ痩せたとか、ハワイに住んでいるオシャレな人がスムージー・バーで飲んでいるとか。生ジューススタンドはあまりオシャレではないとか。同じものなのにイメージするものが全く違う。つまり見ているのは錯覚を見ているということなのです。そういうことが起こると、プロモーションもできるし、ブランディングもできます。
ちょっと前に、「〜が9割」という題名の本が流行っていて、本の帯のコピーの打ち合わせのとき編集者さんが「視覚が9割みたいなことは、やはり入れよう」と言うので「9割の根拠は?」とかなり激しく議論したことがあります(笑)。この根拠というのは、デンマークのトール・ノーレットランダーシュさんが『ユーザーイリュージョン』という本に書いています。
1秒間に細胞から入ってくる情報の量は1100万ビットあるのですが、そのうちの1000万ビットは視覚から入ってきます。その1000万ビットの情報のほとんどは認識できなくて、見たものから脳で、カッコイイ、怖い、オシャレとか、美味しそうだと判断(トール氏は錯覚と呼んでいる)して頭の中に造る像がすごく重要であると、『ユーザーイリュージョン』に書いています。
『ユーザーイリュージョン』をコントロールすること、望む世界感(イリュージョン)を打ち出す手法が広告業界でトーン&マナーと言っているものととても近いのです。
ファジーの中にある可能性をデザインが引き出す
――視覚を通して、私たちはいろいろな情報を受け取り様々な感情を沸き起こしているんですね。
ウジトモコ氏: デザインひとつでモチベーションが上がりますよね。おしゃれでシックな感じのものが、すごくポップな感じのものになると、気持ちもポップな感じに変わります。だからデザインはとても重要なのです。
――早期のデザイン教育も提唱されています。
ウジトモコ氏: 小学校の高学年でデザインの授業をやってほしいと、機会があるごとに言っています。小学校の4年、5年、6年で、タイポグラフィとか、カラーとか、構図とかね。今の子はスマホなどがあって、写真を撮るのがとても上手いですよね。それと同じように、色やフォント、デザインも早いうちに触れてほしい。小学生だと美術の時間にムンクやマグリットの模写をします。あれはあれでいいのですが、一生懸命何かを真似るだけでなく、例えば自分のチラシやポスターとか、自分のためのプロジェクトのために手を動かして成果を出すようなことをするのがいいと思うのです。
中学生になったら、きちんとしたデザイン論やデザイン思考をやっておくと良いですね。名刺とプロフィールとホームページをセルフプロデュース、セルフブランディングして、デザインして卒業しておけば、大人になってからも役に立ちます(笑)。
――デザインが出来ること、繋げられるもの、たくさんありますね。
ウジトモコ氏: フワフワしたかたち、論理的ではないもの、なんとなく感じる直感のようなものの中に大きな可能性があると思うので、それをビジネスにどんどん取り入れて欲しいと思います。
そういうなんだかよくわからない直感や可能性みたいなものを、とても具現的に、かつ論理的にビジネスにつなぐことができるもののひとつがデザインです。
人生は一度きり。もやもやしている暇はありませんから、素敵な未来は自分で切り開いていくしかありません。でも、どこから手をつけて良いか分からないとか、何を具体的にはじめたら原状が改善されるのか分からなくなっちゃう時ってあると思うのですよね。そういう時にもぜひ『問題解決のあたらしい武器になる視覚マーケティング戦略』を使ってもらえたら嬉しいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 ウジトモコ 』