“触れる”は、こころのコミュニケーション
桜美林大学リベラルアーツ学群心理学研究科教授の山口創さん。触れること、スキンシップが人間の心理や心の発達に与える影響について、従来の心理学の領域を超えた研究に取り組んでいます。山口先生に、“触れる”ことの大切さ、身体心理学に興味を持つようになったきっかけ、研究について、その想いを語っていただきました。
多良間島の子育て
――こちらのポスターにある、多良間島でのお取り組みについて伺います。
山口創氏: もともとは早稲田大学の根ケ山光一先生が始めた、多良間島の子育ての研究です。現代の子育ては、母親だけにかなりの負担がかかっていて、隣近所も知らない、実家も遠いなど、非常に窮屈な子育てをされている方が多いと思います。一方、多良間島の子育てには面白いところがあって、その一つが“守姉(もりあね)”という存在です。現地では“むりあに”と発音するのですが、島に子どもが生まれると、母親に代わって島に住んでいる小学生くらいの女の子が“守姉”として、その子を育てるという風習があります。子どもの両親は、朝から晩までサトウキビ畑に出ているので、子育てを守姉に任せているのです。そういった母親以外の人に育てられた子が、どのように育っていくのかを研究しています。今は島に保育園もできて、そういう家庭は2、3件くらいしか残っていませんけどね。
――どんなことが見えてきているのですか。
山口創氏: まだ分析中なのですが、例えば、島の子どもは都会の子どもと違って、すごく人懐こい。人をすごく信頼しますし、大人との関係も近いようです。見知らぬ大人に対しても、分け隔てなく接する事ができて、子どもにとって子どもらしい育ち方ができる環境だなと思っています。
それに、すごくたくましいですね。3歳くらいになると、ひとりで買い物に行く事ができ、5歳くらいになるとひとりで歯医者に行って、次の予約も入れて帰ってくるとか(笑)。島の中には不審者もいないし、車もゆっくり走っているので、単純に都会との比較はできないのですが、都会の子育てのようにあれもこれも危ないと、子どもの行動を制限してしまっては、逆に子どもは弱々しくなってしまうと思います。
私の最近の関心事は、“愛他性”や“利他性”です。人間というのは自分のために生きるのではなくて、人のために生きるのが本分なのではないかと。どうしてかというと、ボランティアをしたり、寄付をしたり、あるいは看護師さんなど人を援助するような仕事に就いている人は、身体の健康度が高くて長生きする人が多いのです。子育てもそうです。独身の人より結婚している人、さらには子どもがいる人の方が健康で寿命が長いのです。そういうふうに考えると、子育てのように誰かのために何かしてあげるのは大変だけれども、それで健康長寿になるというのは、人間がもともとそういう存在として生まれてくるからだと思います。
何のために学ぶのか
――山口先生は、どんな感じだったんですか。
山口創氏: 一言で言うと、野生児でしたね(笑)。私の育った伊豆は山や川、そして海もある自然が豊かなところでしたから、勉強はほとんどせず、ずっと遊んで過ごしていました。放課後は直ぐ釣りに行って、暗くなるまで夢中で遊んでいましたね。たまに両親から「勉強しなさい」と言われる事もありましたが、聞くような子ではなく、呆れられていました。自分の中でなぜか、勉強は学校でするものだという信念があり、家ではまったくしませんでした。なんでも納得しないとやらない子どもだったので、自分にとって勉強をする意味が見出せなければ勉強しない、という頑固者でした。
ところが中学2年生の時に、父の転勤で山口県に引っ越しとなり、信念を曲げなければならなくなりました(笑)。山口県は教育熱心な場所で、伊豆では勉強しなくても成績が良かったのに、一気に「勉強ができない子」になってしまいました。ショックなので、家でも勉強を始めましたが、やっぱりどこか信念は残したいと独学にこだわっていました。
――当時は何を思い描いていたのでしょう。
山口創氏: 勉強をすることの意味に対する答えが欲しく、教育学に興味を持っていました。学問というのは本来すごく面白いもので、自分で追求していく喜びがあるはずだと思っていました。どうして偏差値のためだけに学ばなければいけないのか、という思いがずっとあったのです。そういう教育のあり方にとても反発心を持っていたので、教育学部に行って、自分が教育を変えてやろうと思ったのです。そうして、教育のシステムを考え、学ぼうと早稲田大学の人間科学部に進みます。ところがそれでも、自分の中ではっきりとした答えが見いだせず、1〜2年生の頃は、悩んでました。
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