活かされるものづくりの精神
山際康之氏: 私が最初に外に出るきっかけとなったのは、モノづくりのノウハウビジネスで、いろいろなメーカで製品を生み出しているという噂を聞きつけた出版社からの依頼に応じて本を出したことからでした。専門書でしたが、それを読んでくれた大学や官公庁の方から、お声をかけて頂けるようになり、そこから仕事も広がってきました。
――今回は、初めてノンフィクション形式で書かれています。
山際康之氏: ちょうど工学の視点からの経営戦略、マーケティングの研究を進めていこうという時期で、当初はコーズマーケティング(社会貢献に結びつける販売促進)について研究書にまとめるつもりで取り組んでいました。ところが、進めていくうちに、戦前のプロ野球の創成期の、ライオン歯磨きを売っていた小林商店(現、ライオン株式会社)率いる、「ライオン軍」に辿り着いたのです。奇想天外な発想で、史上最弱のライオン軍が、最強の宣伝作戦を展開していった事実、そこに関わる人間のドラマにぶつかったのです。「この話を、限られた読者ではなく、広く一般に伝えたい!」と欲が出て来ました。そうして出来上がったのが、『広告を着た野球選手』(河出書房新社)でした。子供の頃、野球が好きで、野球の本を書いてみたかったという気持ちが沸き出てきたのも事実です。
――綿密な取材背景が伺えます。
山際康之氏: 実はこれ、出版の関係で編集の段階で約100ページ削っているんです。けれど、その100ページは、ちゃんと次回に活かされます。実は、この本づくりにも、ものづくりのスピリットが生きているんです。私は、ひとつ物事を作る時に、三つ先まで企画しておきます。今回の本を考えた時点で、もう3冊先まで考えていました。ソニーの製品でも3世代先まで見越した中長期の戦略を立案したうえで開発するのがセオリー。本も1冊書いただけで満足しちゃうと、連続性がなくなって広がりがなくなると思うのです。点ではなく、線でつないで広がりをつけるためには、最初から三つぐらい、常に考えておくことが必要だと思います。本を書くのもモノづくりですから。基本はソニーで学んだことが生きているんです。
――第一弾、のあとにまだまだ続くんですね。
山際康之氏: これはモノづくりの宿命ですが、第一弾を出版した瞬間、自分の頭の中は、もう次の作品へとチェンジしていました。もっと新しい事を積み重ねたいという欲望にかられるのです。モノづくりで重要な事は、新規性だと思います。新規性があってこそ、ものを生み出す意味がある。既に誰かが書いたテーマでは、付加価値がないと思っています。新しい何か発見があってこそ、新しいノンフィクションを出す意味があると思います。ですから、新たな本を出すということは、どんな些細な事でも、1行でも新しい発見する事が大事で、それこそがノンフィクションの価値だと思います。その新規性をどこまで出せるかで、次の本の価値が決まると思います。人のやらなかったことを誰よりも先にかたちにする精神こそ、ソニーで学んだことですから。
――ものづくり精神が詰まった本になっているのですね。
山際康之氏: 時代を経たものなので、100%ノンフィクションというのはあり得ないとも思っています。いくつかの事実を証明する資料と資料の間の時間、抜け落ちた時間や空間が必ずあるはずで、そこに書き手である私の想像や思いがどうしても介在してきます。
今回の『広告を着た野球選手』の中で、戦時中「ライオン」という言葉が敵性英語で使えなくなった時、それでもライオンは広告をやめなかったとしたのは、先に資料ありきで書いたものではありません。当時の連盟の鈴木龍二が、主人公のライオンの広告部長に、「時代が時代なので、ライオンという言葉は使えなくなりました」と言ったと仮定したとき、ふと、私だったら「はいそうですか」と引き下がれるかなと考えました。否、決して使うことをやめない、なぜならビそれがビジネスマンの本能だと思ったからです。
それで、きっとやめていないだろうと仮説をたてて、それを実証する資料を発掘し始めました。こうした仮説に基づくプロセスもモノづくりには必要で、新たしい発見につながるからです。そうして、敵性英語禁止後も「ライオン」と入った広告入りの入場券を発見して、「ああやっぱり、ほらみろ!」って。サラリーマンをなめるなよ、と(笑) 今回の本では、この部分に最も私の思いが入っています。ビジネスマンは、どんな危機においてもそう簡単にあきらめませんから。これを書いた後に、職業野球を見たという方にお会いしました。そこで、また新たな発見がありました。
――資料と資料、点と点を結びつけてでき上がる本が、人と人をも結び付けていくのですね。
山際康之氏: 今までお会いした事がない分野の方、おそらく技術の分野だけでは縁がなかったであろう人々と出会えたのは、とても嬉しいことです。こうした新たな出会いを通じて得た、新たな発見を、これからも活かしていきたいと思います。また、執筆においても、ものづくりの精神と、そこに携わる楽しさを感じながら、新たな境地に挑んでいきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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