すべての行動に“失敗”はない
山﨑技術士事務所の代表を務める山﨑政志さん。情報技術者教育と企業のコンサルタント、文書技術指導の三本柱で活動されています。「すべての行動に“失敗”はない」という山﨑さんの、自らの試行錯誤の経験を辿りながら、新たな挑戦へ向かう想いを伺ってきました。
ものづくりの視点でおこなう文章指導
――若い技術者へ向けた文章指導を手がけられています。
山﨑政志氏: 文章を書くスキルは、今も昔も「頭で考えて書く」ことに変わりはありません。けれども、文章作成のプロセスは手書きからPCへと変化しています。ただ、今もって論文試験は、手書きが主流です。この「手書き」の論理は、一見、今の世の中では成り立ちにくくなっているように感じられます。しかし、“文字を書きながら、文章を構成していく”ことは、思考を錬磨する上で非常に重要なプロセスなのです。そうした時代や技術は変わっても、変わらない文章の本質、いわばアナログの部分を伝えています。
私は「文書」と「文章」を分けて考えています。「文書」はドキュメント、「文章」はライティング。小説の世界は「文章」が主体ですが、ビジネスで大事なのは、文書と文章の両方の側面。どういう目的で、誰に、何を、いつ伝えるかということを明確にしないといけません。だから、私はまず、文章の設計図を作るように指導します。
ものづくりに携わるエンジニアにとって、設計図は身近な存在です。文章においても設計図の概念を持って、整理するだけで文章力は格段にアップします。大切なのは「どういう目的で、誰に、何を、いつ伝えるか」を明解すること。これらは、自ら行動を起こし、考える過程で身についていきます。
――こちらに「学ぶは易く、行うは難し」という言葉が飾られています。
山﨑政志氏: これは、私が勤めていた日立製作所の元社長・会長の倉田主税さんの言葉です。私は「頭でっかちにならずに、実行することが大切だ」と捉えています。まだ誰もやったことのない世界へ進むには、自ら行動し、試行錯誤の中で学んでいかなければなりません。私も試行錯誤を重ねながら、自らの世界を拓いてきました。
行動することで拓いてきた世界
山﨑政志氏: 大工の家の四男坊として生まれた私でしたが、建築関係に進んだ他の兄弟とは異なり、電機関係に興味を持っていました。高校生の時には、アマチュア無線の資格を取り、
「JA0ARB」というコールサインで、自作の送信機を使い発信していました。地元で揃わない部品などは、新潟市内まで買いに行っていましたね。ある年の夏、無線でやりとりしていた早稲田の学生が、QSLカード(交信証明書)を頼りに、私の家を訪ねてきました。突然の訪問でしたが、ネットもない時代に顔見知りでない人間と対面する経験は、田舎者の高校生にとって一挙に世界が広がった思いでした。
地元の高校を卒業後は、いったん就職しました。時は、東京オリンピック真っ只中。技術立国を目指していく機運は私の心を刺激したのでしょう、ものづくりの仕事への思いが強くなりました。働きながら勉強をして、電機大学へ進み、その後は希望通りものづくりのできるメーカー、日立製作所に入社することが出来ました。
日立ではシステム設計の他に、教育センター部の運用もしていました。その時、技術者の文章力の向上が必要だという想いに至り、社内教育を始めました。そこで得た気づき、培った方法論が、最初の本『分かりやすく書く技術』の基になっています。
「どうしたら、的確に伝えることが出来るか」――試行錯誤を重ねる中で、思うようにいかないことも少なくありませんでした。この本の出版は独立したあとの2004年でしたが、そうした過去の試行錯誤によって得た経験がもとになっています。その後も『評価される報告書・レポートの基本とコツ』、『いちばん伝わる!ビジネス文書の書き方とマナー』、『「目的」と「型」がわかればビジネス文書はスラスラ書ける』や『文章力の「基本」が身につく本』というように、繋がっていきました。さらに本自体も変化し、『いちばん伝わる!ビジネス文書の書き方とマナー』は、装いも新たに改訂版として昨年(2014年)出されました。
本は鏡 読み手の経験で世界観を描く
――経験が糧になる、と。
山﨑政志氏: 失敗も成功も経験のうち。行動の結果にムダ、はありません。ですから、正解もひとつではありません。各自の考える正解に向かって、進んでいくことが大切なのだと思います。だから私の指導や本についても「私が伝えるのは正解ではなく、一つの方法論である」と伝えています。
本は、こうした過去のあらゆる失敗から生まれた経験知が凝縮された素晴らしい存在です。本を読み、経験を疑似体験する事によって、新たな発見を得ることが出来ます。「まなぶ」(学ぶ)という言葉は、「まねる」(真似る)と同じ語源であり、「まねぶ」とも言われています。読書によって疑似体験、真似をして、あちこちから受け取った情報を、自分なりに工夫して、考えを作り上げることができます。色々な人から教わったものを、自分の人生の糧にしていけばいい。会うことのできない人の考えに触れるには、本が一番良いと思います。
また、活字の世界は、読み手側の経験が総動員され、世界観を自由に描くことができます。ですから、同じ本でも、読み手の状況によって受け取れるものも変化していきます。
例えば、司馬遼太郎さんの『峠』。私の出身である越後の長岡藩が舞台となっており、河井継之助という、幕末に越後の国をスイスのような中立国を創ろうとした男の話です。20年前くらいに読みましたが、NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」で吉田松陰の話が出てきて、「そういえば越後にも河井継之助という男がいたな」と、また引っ張り出して読んでみましたが、今回も新しい発見がありました。
新たなチャレンジで“恩返し”を
山﨑政志氏: 変化はもちろん自分だけではありません。世の中の価値観もどんどん変わっていきます。同じ製品、サービスでは満足してくれません。どんどん新しいものにチャレンジしたり、自分自身も向上しないといけません。私は、常に3割ぐらい新しいものを開拓していきたいと思っています。いまだに、新たなことへチャレンジする時は、私もドキドキしています。けれども、こうして方々で育てて頂いた知識や技術を本によって、未来を担う若者に届けられることはとても幸せなことだと思っています。
本質はそのままに。しかし変化は柔軟に。「文章と文書技術をいかに効果的に伝えていくか」これからも試行錯誤を繰り返しながら、良い本づくり、文章指導に携わって参りたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 山﨑政志 』