茨木保

Profile

1962年、大阪府生まれ。奈良県立医科大学卒業、同大学産婦人科医局に入局。 1989年、京都大学ウイルス研究所で発癌遺伝子の分子生物学的研究に携わる傍ら週刊ヤングジャンプ増刊号にSF短編「遠い手紙」を発表しプロデビュー。以後数多くの新人賞に入賞。医師として臨床医学に携わりながら漫画家・イラストレーターとして医学書・看護学書を中心に活躍。1995年医学博士、1999年大和成和病院婦人科部長、2006年いばらきレディースクリニックを開設、現在にいたる。 日本医事新報に『がんばれ!猫山先生』を連載中。『Dr.コトー診療所』(小学館)の監修者も務めた。

Book Information

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経験を最大限に 想いを漫画で届ける



医師、漫画家として活躍する茨木保さん。臨床医学に携わりながら、日常のささやかな笑いをまとめたギャグ漫画から、社会のひずみを鋭く描いた作品、医学の歴史の大作まで、幅広い作品を世に送り出しています。「“はずみ”で進んできた」という茨木先生の歩みを辿りながら、医者と漫画家をめざしたきっかけ、描くことへの想いを伺ってきました。

手塚漫画の“パワー”に魅せられて


――医師、漫画家として活動されています。


茨木保氏: こちら「いばらきレディースクリニック」では、外来での産婦人科診療をおこなっています。クリニックは水曜と土曜の午後以外開院していますが、漫画はその合間をぬって描いています。

漫画は幼稚園のころから描いていました。ぼくは、兄が二人と姉が三人の6人兄弟の末っ子として東大阪で生まれました。家にはたくさんの漫画があり、兄弟姉妹で回し読みしていました。『マガジン』、『サンデー』、『キング』は毎週読んでいて、さらに中学生になるとこれに、『ジャンプ』、『チャンピオン』が加わりました。

赤塚不二夫先生の『もーれつア太郎』や『天才バカボン』などが好きだったので、その影響からギャグ漫画を中心に描いていました。そこからだんだんと歴史ものやSF、ホラーものなど、色々と描いていました。

小学校4年の時に、姉が友だちから借りてきた手塚治虫先生の『火の鳥未来編』を読んでスケールの大きさに衝撃を受けました。それがきっかけとなり、漫画家志望のお兄さんがいる友達の家に入り浸って『火の鳥』を全巻読ませてもらいました。

それまでは「漫画はおやつ」という感覚でしたが、「漫画は一生を描くことのできるとても素晴らしいものだ」と、見方が大きく変わりました。『火の鳥』を読んでいなかったら、今のぼくはなかったと思います。それだけのパワーがありました。



――茨木先生の“手塚後”はどのような変化をもたらしたのでしょう。


茨木保氏: 漫画だけでなく生き方までも真似したいと思うようになりました。手塚先生と同じように将来の夢を「漫画家」と宣言し、中学校2年の時には医学部に進むことを決めていました。思春期前の人格形成の途中で受けた影響というものは、計り知れないものがあります。

その中で、理解してくれた周りの後押しもありました。中学校2年生の時の担任が美術の先生で、懇談の時にぼくが描いた絵を父に見せながら「保君は将来、医学部に行くと言っていますが、漫画の道に行ってもいいと思います」と言ってくれました。「この美術の先生、見る目あるわ〜」と嬉しくなったのを覚えています (笑)。

職人だった父の周りには医者のモデルも漫画家のモデルもいませんでしたので、ぼくがどういうことを考えて進もうとしていたのか、父はよくわからなかったかもしれません。けれども「やめろ」とは言われませんでした。戦地には行かなかったものの、招集をかけられていた戦中時代を生きた父には「ちょっとしたことで、人生が終わってしまう」という感覚を持っていて、我々のように平常状態で生きている人間よりも「何があっても受け入れる」というところがあったのかもしれません。漫画を描きながら医者になりたいというぼくの夢も反対することなく応援してくれました。

また、父の田舎は浄土真宗のお寺でしたが、次男坊だったため寺こそ継がなかったものの、やはり家ではお経をあげていて、随所に仏教的な感覚、従容の姿勢を垣間見ることができました。年々、ぼく自身もそれを感じてきています。漫画に「ぼくは仏教徒です」と描いているわけではありませんが、漫画を読んだ人から「私も仏教徒です」と言われて驚きましたね。

「はずみ」を進み、つなげていく 


――そうした周りの理解と協力もあって、医者の道へと進まれます。


茨木保氏: ぼくの人生の節目には、そうした周囲の協力があって、その時に遭遇したいくつもの「はずみ」で進んできたように思います。奈良県立医科大学時代は水泳部に入っていて、飲み会があれば裸踊りしているような、のほほんとした学生でした。卒業後に産婦人科を選んだのは、教授も雰囲気も和やかそうだなという、これまたのほほんとした理由からで、その後、京大で産婦人科とは直接関係のない発がん性物質の研究や遺伝子、ウイルスの研究へと続く道を進んだのも、いくつもの「はずみ」で進んだ結果でした。

初めて自分の漫画が世に出ることになったのは、その京大のウイルス研究所にいたころでした。このときも偶然が重なりました。それまで幾度か投稿はしていましたが受賞までは至らず、プロの編集者に直接意見を伺いたくて出版社への持ち込みを決心したのです。最初は別の出版社に伺う予定でした。ところがアポをとっていた時刻よりも早く着いてしまい「せっかくだし集英社にも行ってみよう」と、ダメもとで電話をかけてみたらアポがとれ見て頂くことに。編集者の方の反応も良く、結果それがデビュー作となりました。『週刊ヤングジャンプ』増刊号での、SF短編『遠い手紙』です。

その後、一緒に本を作ったことのある大和成和病院の心臓外科のチーフをしていた先生から「婦人科のスタッフを募集している。こっちは出版社も近いから、来ないか。」とお声をかけていただいたことがきっかけで、関西を離れこちらにやって来ました。

こちらに来た当初は、学術書や専門書のイラストを描いていました。小学館から発売されていた看護婦さん向けの『エキスパートナース』でイラストを描いていたことで、同じ発売元である『週刊ヤングサンデー』での『 Dr.コトー診療所』の監修者へと繋がりました。『Dr.コトー診療所』では、作者の山田貴敏先生と、オペの展開やセリフまわしなど、描きたい方向とすりあわせながら監修させて頂きました。ぼくが監修となっていますが、色々な先生と相談して知恵を出しあって出来たものでした。

自分にしか描けない漫画を届けたい


――「はずみ」を着実につなげてこられます。


茨木保氏: 「はずみ」の先にある経験、感じたことを描いてきました。医者向けの『週刊日本医事新報』の連載では、編集者や読者の声に耳を傾けながらも、自分でないと描けない、賛否両論ある内容を伝えたいという気持ちで取り組んでいます。

編集者とは表現も工夫しながら、時にはバッサリ削られながらも、喧々諤々やっています。連載を単行本に収録する時に、担当の編集者から「これは不適切だからやめましょう」と言われた部分も、他の編集者だと大丈夫というように、OKとNGの基準も曖昧になりがちですが、なんとなくの「言葉狩り」はではなく、しっかりと納得できる「的確なダメだし」は非常にありがたいですね。

「作家の書きたいものを書かせてあげよう」という編集者もいれば「自分の書かせたいもの」と色々な人がいますが、編集者はみな最初の読者であり、共同制作者です。信頼できる編集者には、多少耳に痛い事を言われても納得できます。編集者というフィルターの良し悪しで、本も大きく変わってきます。「この編集者がいなかったら、この本はできなかった」という本も少なくありません。意見がきちんと交換できる信頼関係の中で、出来上がった良い作品を届けたいと思っています。



――作者と編集者の想いが、本には託されているのですね。


茨木保氏: ある時、手塚治虫さんが小松左京さんに「朝から晩まで漫画を描いて、家族との時間もままならない。自分の時間がなくなっていくような気がする。ぼくのなくした時間はどこに行くんだろう」と言われたそうです。それに対して小松さんは「あなたの時間は、読者に行くんですよ」と応えると、手塚さんはほっとしたような顔をしたそうです。

自分の時間が、誰かの喜びに繋がっている。そのなかで「自分じゃないと」というものを描くのがぼくの存在証明、自分が生きて仕事していることの、ひとつの意味のような気がしています。自分ではない別の誰かができそうな仕事に時間を割いていいのかという想いは、年々強くなっています。だから「これは茨木さんにしかできない」などと編集者に言われると、のってしまいますね(笑)。

――先生にしか描けない『がんばれ!猫山先生』も連載から10年が経ちます。


茨木保氏:がんばれ!猫山先生』は単行本が4巻まで出ていますが、これを20年、30年と続いていきたいと思います。どこまでやれるか、期間だけでなく内容でも挑戦したいですね。主人公はテレビやメジャー誌で取り上げられるような天才外科医や熱血な青年医師とは真逆の、あくまで凡庸な人間です。これからも「凄い人」の話だけでなく、そうした平凡を絵に描いたようなスケールの小さい人間が、悩み葛藤し、解決していく等身大の姿を描いていきたいと思います。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 茨木保

この著者のタグ: 『漫画』 『生き方』 『紙』 『医師』 『歴史』 『イラストレーター』 『漫画家』 『テレビ』 『研究』 『医療』 『生物学』 『人生』 『医者』 『書き方』 『医学部』 『きっかけ』

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