目標を明確に 読者の役に立つ情報を届ける
福間智人氏: 正直に言うと最初の執筆動機は、分身として稼いでもらうためでした。弁護士になるための勉強の時間や余裕を確保するために書きはじめたはずでしたが、取り組んでみると中途半端なことはできなくて。本末転倒気味になりましたが、そのおかげで『忘れてしまった高校の化学を復習する本』は、今もカラー版として版を重ね、読んで頂けています。
その後、旺文社から出した『福間の無機化学 無機頻出問題の解法』が好評を得て、さらに、講談社サイエンティフィックの方からお声がけを頂いて、『単位が取れる量子化学ノート』ができあがりました。この本は、司法試験に受かってから司法修習に行くまでのあいだに書いたものです。
――どんな想いで書かれていましたか。
福間智人氏: すべてにおいて今もそうですが、私自身の創作意欲や自己実現を達成するために書いているのではなく、あくまでも読んでくれる人のために書いています。「誰に宛てて何のために書くのか」そこを明確に考えて、読み手の方から眺めようと努めています。
たとえば裁判であれば、裁判官に(誰に)、こちら側の主張を通し勝訴するための文章(何を何のために)を書くわけで、自分が何を書きたいのかではありません。本も一緒で、参考書であれば受験生が読むので、点数が上がることのみを意識して書きます。点数が上がるように徹底的にこだわりました。出題頻度については感覚的なものは排除し、過去10年分の入試問題をすべてチェックして、精査しました。
文章には、形、インデントまでこだわります。ただ文章が並んでいるのは、シャリが崩れていてもマグロが乗っていたらとりあえず寿司、と言うのと同じです。盛りつけが雑だと、中身、味にまで影響するのです。やはり、ちゃんとしたものは形がしっかりとしている。ですから見た目は、とても大事なのです。
――相手のための美学。
福間智人氏: もので言えば機能美の方に近い部分で、クリエイティブではなく、不良箇所を出さない工業製品を作りたいと思っています。アーティストのような、心の中にあふれる想いや泉はありません。それがむしろ私の長所であり、だからこそ化学も法律も同じように取り組めるのだと思います。ただ、己が何をできるのか、自身の特技を見いだすことは大切で、以前英語もかじりましたが、化学や法律ほどパフォーマンスを発揮できないと分かってやめました。良いものを提供できなければ相手に感謝されませんから。
「ありがとう」を喜びに 人生を生きぬく
――限定しない強みを活かして、「ありがとう」と言われる仕事を続けていく。
福間智人氏: 自身の役割、使命を考えたことはありませんが、せっかく一度の人生だから、大切に思ったことをやっていきたいと思っています。私の場合、やはり「人に感謝されていい気になりたい(笑)」ということになります。「ありがとう」が聞ける仕事を続けていくことですね。
理系らしい発言をすると、人間も別段生物の一種に過ぎないと思っていて、「なぜ生きているか」なんて、本当のことは誰もわからないと思っています。「目標をもって生きなければならない」とするならば、植物や魚はどうか。目標をもって生きているとはちょっと思えません。かといって生きていないでもない。理由はわからずとも、なぜか「生き物」は存在している。ただ分かっていることは、「死んだらもう二度と生まれてはこない」ということです。
ですから目標を強迫観念的に持つ必要はありませんが、生物は弱肉強食の世界にいるのもまた事実で、生きていくことはものすごくシビアなことです。そういう厳しい中に当然人間もやっぱりいるわけだから、そうした状況下にあることを意識しつつも、この人生を楽しんで生きぬいていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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