出口治明

Profile

1948年、三重県美杉村(現・津市)に生まれる。 72年、京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを務める。2008年、60歳でライフネット生命保険株式会社を開業(74年ぶりの日本国内の独立系生命保険会社)、代表取締役社長に就任。13年同社会長に就任。17年、会長職退任。2018年1月、初の公募制により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。

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「歴史」に学び、「今」を生きる



「出口流リーダーシップを教育界に」――初の公募制による推薦で、APU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任した出口治明さん。ビジネス界から教育界へ、活躍の場を変えてもなお変わらないのは、シンプルなものの捉え方にもとづく「より良く」のリーダーシップ。それらを「人・本・旅」で学び、培ってきた出口さんが、今「本」に対して何を思うのか。トンデモ本の罪からダーウィンの進化論まで飛び出す、希代の読書家による「本」にまつわる「ほんとの話」をお届けします。

ビジネス界から教育界のリーダーへ
「本と一緒に移住してきました」


――今年(2018年)の1月より、APU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任されています。


出口治明氏: ぼくの経験や知見を最大限APUの発展に注ぎ込むつもりで、昨年のクリスマスにAPUの所在地であるここ大分県別府市に、東京から荷物をすべてまとめて移住してきました。「荷物」と言っても、ほとんど本しかないのですが、荷を解くのに精一杯で、5ヶ月以上経った今もまだ整理しきれていません。この学長室に置いてあるものとほぼ同じ分量の本が自宅にもあるのですが、残りの蔵書でAPUの学生に役立ちそうな本はすべて、大学図書館へ寄付しました。

月のうち3週間ほどはこちらにいて、残りの1週間から10日ほどは、政府の審議会などの仕事のために東京や、立命館の法人がある京都を行き来しています。ライフネット生命の時も全国を回って講演させて頂いていましたが、どんな会社でも組織でも、「トップが一番動いて働かなあかん」と思っていますので、こうした移動の生活は拠点が変わっても相変わらずです。

――場は変わっても、リーダーの役割は変わらない。


出口治明氏: ビジネスから教育へとぼくの「場」も変わりましたが、リーダーに求められている役割は同じだと思っています。大学は意欲あふれる学生と質の高い教職員を集めることが何よりも重要で、財政基盤の強化などを含めた教育・研究の質を高める環境整備を行うことが大学のマネジメントに課された責務です。

そこでどのようなリーダーシップを発揮していけるのか。土台や根本の考え方がしっかりしていれば、それを応用していくことで、日々アップデートしていくことができると考えています。ただ、根拠となる法令、根幹の部分が今までいた生命保険業界とは異なりますので、教育基本法や大学教育に関連する法令をすべて、毎日のように読み込んでは勉強しているところです。

就任して5ヶ月以上経ちましたが、昨日は就任以来はじめての「完全オフ」の日で、溜まりに溜まった「掃除」、「洗濯」、「原稿書き」で一日が終わりました(笑)。

――「本の虫」のリーダーシップ。さっそく新入生へのメッセージにも込められています。


出口治明氏: 就任してはじめての入学式の日に、新入生に対して「古典的な名著を読みましょう」と話しかけたものですから、「言うたからには言いっ放しではあかん」と。じゃあ、具体的にどんな本が入門書として、また学生に向けて勧められるかを考えて、古今東西の名著を日本語と英語で30冊、リスト(→出口さんおすすめの古典リスト(excelシート)がダウンロードされます)にまとめて紹介したのです。

ぼくは常々「人・本・旅」と言っていますが、自由な時間の多い大学時代に、できるだけ多くの人々に出会い、たくさんの本を読んで、いろいろな場所に出かけて経験を積んで欲しいと思っています。特にぼくはAPUを「小さな地球」あるいは「若者の国連」とよんでいて、学生の半数を占める留学生が、90近い国や地域から集まっていますので、ここで学んだ英語と国際感覚を活かしながら、ぜひ彼らの故郷を訪ね歩いて欲しいと思っています。

こうしたリストをつくったのは、もうひとつ理由があって、ビジネスでの指示も教育でのアドバイスも、「一方通行」は良くないと思っているからです。「こうしたほうがいい」とアドバイスしておいて、「それに対する質問は受け付けません。あとは勝手にやっといて」では、まったくフェアじゃない。受ける方にしてみれば面白くも何ともない。

山本五十六も「やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、ほめてやらねば人は動かじ」と言っていますが、指示やアドバイスというのは、双方向のコミュニケーションがあってはじめて意味が出てくるものです。こうした想いというのは、実は「本の虫」だった幼い頃からずっと持っていました。

人は対話することで理解する
双方向こそ真のコミュニケーション


出口治明氏: ぼくの幼少期からの本好きは、その後のライフネット生命の起業までを描いた『直球勝負の会社―日本初! ベンチャー生保の起業物語』(ダイヤモンド社)に詳しく書いてあるのですが、ともかく物心ついた時から「本の虫」でした。小さい頃から本を読んでいると「どうしてそういう考えになるのか」「何を根拠にこの人はこう書いたんやろか」と、さまざまな疑問がどんどん涌いてくるわけです。

けれど、そうした疑問に答えてもらう術が、当時はせいぜい読者ハガキくらいしかありませんでした。それでは、涌き起こる疑問の数に対して追いつかず、直接編集部に電話をかけたり、しょっちゅう手紙を送ったりして、その疑問を大人たちにぶつけていましたが、とても不便な想いをしていたのです。読者ハガキは一冊につき一枚しか入っていませんでしたし(笑)。

本を書きそれを読んでもらうという行為は、ある種、書き手と読み手との会話のようなものです。少なくともぼくの考えを記した本に対して、読み手側からの意見を受け付けないのは失礼だと思っています。そうしたこともあって、今まで書いた本にはすべて、必ず連絡先としてぼく個人のメールアドレスを記載しています。

――本を通じて対話をする……。


出口治明氏: ぼくは「一方通行」が大嫌いです。頂いたものはすべて目を通し、返事も極力出しています。どうしても確率的に、答えに困るようなものが来ることもありますが、そういうものは「知恵を絞ってスルー」していますので、返信率は99%(笑)。今朝も5人の方から、本や講演に対する感想のメールを頂きました。講演でも、必ず質疑応答の時間を多めにとってもらっています。何においても、双方向でないと意味がありませんから。

「人・本・旅」の影響を受けながら、ぼくも今まで学んできたつもりです。これらにはすべて双方向の「対話」があります。人間というのは対話ができて、通じ合って、はじめて物事が理解できるのではないでしょうか。これは、作用と反作用、言わば物理学、自然界の摂理と言ってもいいと思います。

情報にしても、公の場において相互に検証可能な――対話できる状態であってはじめて情報としての意味をなします。情報を隠したり、ねつ造したり、大切なことを「忘れた」ではまともな対話は出来ません。まともな対話が出来ないリーダーは現代の社会には求められていませんし、リーダーが誠実でない組織の末路は、今までの歴史が証明するところです。

著書一覧『 出口治明

この著者のタグ: 『コミュニケーション』 『旅』 『国際』 『働き方』 『リーダーシップ』 『教育』 『古典』 『対話』 『大学』 『読書』

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