出口治明

Profile

1948年、三重県美杉村(現・津市)に生まれる。 72年、京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを務める。2008年、60歳でライフネット生命保険株式会社を開業(74年ぶりの日本国内の独立系生命保険会社)、代表取締役社長に就任。13年同社会長に就任。17年、会長職退任。2018年1月、初の公募制により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。

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シンプルかつ合理的に伝える
「腹落ち」しなければ意味がない



出口治明氏: また、言いたいことはわかりやすく、相手に「腹落ち」してもらわなくては真意が伝わりません。それは「話し方〜」とかそういう問題ではなくて、本当に自分が思っていることをシンプルに相手に話そうとすれば伝わるし、それでも伝わらなければ、手を変え品を変え何度でも伝えるということです。素敵な異性をデートに誘うのも、どうしても入りたい会社に熱意を伝えるのも、シンプルに真意を伝えることが大事という点では同じです。シンプルであるはずの人間が、無理に複雑なことをしようとしても出来ません。

これは、ぼくが大学一回生の時に、恩師である高坂正堯先生が教えてくださったことですが、「古典を読んで分からなければ読み手の力不足かもしれないが、現代文で書かれたものを理解できないのは、書き手に問題がある」とおっしゃっていました。現代の文章が読みづらい場合、それは書き手自身が理解していないか、見栄を張って難しい言葉を使っているのか、どちらかだ。どちらにせよろくなものじゃないと。シンプルに、誠実に伝えることが最大の武器になると思っています。

少し話はそれますが、シンプルとは合理的でもあるとも考えています。例えば、日本は2000時間働いて経済成長率は1%、欧米は1300時間で2%の経済成長。ぼくはやっぱり後者の方が好きです。同じ生きているなら楽しい方が、面白い方がいいじゃないですか。

例えばぼくの場合、リーダーは組織にとって機能の一部に過ぎないと昔から思っているのですが、その機能が「できるだけ存在を知ってもらうこと」だとすれば、そうなるように最大限人に会える合理的な方法を選びます。

ですから、秘書やスタッフには自分のスケジュールをPCで共有、公開しておいていつでも勝手に予定を入れていいことにしています。お互い忙しいのに、会った時にしか確認出来ないでは、効率が悪いし、お客さんを待たせる。そうすれば皆の時間もムダになってくる。日本と欧米の700時間の差(成長率で考えるともっと)は、そういうムダから出来ているのではないでしょうか。

面白い本は、人生も面白くする
古典は、先輩たちが選んでくれた「お墨付き」



出口治明氏: 選書に関してもシンプルです。ぼくは「本には面白い本か面白くない本か、この二つしかない」とよく言っています。面白い本は多くの人に読まれるし、残っていく。逆に面白くない本は、すぐに淘汰される。その点、古典と呼ばれるものは、何百年という歳月を生き残り、また外国語や現代文に直されて、時間や空間を超えて何度も読み継がれてきたもの。そうまでしてでも人類が読みたいという「面白さ」がある証なのです。

だから「面白い本をどうやって選ぶか」と問われた時、まずはシンプルに古典を勧めています。数百年来の先達のお墨付きがあるので、無条件でいいものだと信じているからです。

次に新聞の書評。然るべき地位のある人が影響力のある媒体に、名前(や時には顔)を出して書くわけですから、変なこと書いたら格好悪いと、頑張って書いてくれる。匿名で好き勝手に書かれたものとは違って、出自が担保されている確かな情報です。

それから、これは書店などで選ぶ場合ですが「最初の10ページを読む」ということです。よく本の内容を掴むには「まえがき、あとがき、目次」と言いますが、それでは内容は分かっても、「面白さ」は分かりません。本文の最初の10ページから、書き手や編集者の読んでもらおうという気持ちが伝わってくるかどうか、です。

小峰隆夫先生の『日本経済論講義』は、とてもシンプルでわかりやすく、最初の10ページに「経済は難しいで、だからシンプルに説明するで」と、初端から面白さが溢れる本でした。

そして最後は、やはり「ジャケ買い」でしょうか。こちらに来て以来、別府市の書店に足を運んでいますが、装丁というのは「この本を発見して手にとって欲しい」という出版社の気持ち、いわば投資の表れだと思っています。ですから、ぼくたちが「美しい」「面白い」と感じるような手の込んだものは、ひとつの指標としてとても役に立つと思っています。それに乗せられついつい買ってしまうなんてことはしょっちゅうですよ(笑)。

――最近の、“ジャケ買い”は。


出口治明氏: じつはぼく、体がすごく硬くて、巷で話題になっていた『ベターッと開脚』のあの表紙に惹かれ、思わず買ってみたのです。家でこっそり書いてある通りにやってみましたが、やりかたが悪いのか「ベターッ」とは、なりませんでした。そこでつくづく、人間とはないものねだりだと思いましたよ。

「こうすれば、すぐに結果が出る」「どんなに○○でも〜できる」というような表紙の謳い文句は、ぼくをはじめ多くの人を惹き付けています。本に救いを求めると言うか、自分が今現在ないものに対して、優しい言葉でつられてしまう。もしこれが、英語に関する本で、タイトルが「結局、コツコツやらなければ英語はできません」では、誰が買いますか、という話になってきますしね(笑)。



タテヨコ算数で、物事を捉える
読書は思考のパターンを増やす「教養の素」



出口治明氏: ぼくが開脚できるか否かは、ぼくの問題で先ほどの本に罪はありません(笑)。問題なのは一方通行で、かつ相互に検証可能な情報の提示すら出来ていない、いわゆる「トンデモ本」の存在です。

これについては、呉座勇一先生が『陰謀の日本中世史』(角川新書)という本で、陰謀論やフェイクニュース発生のメカニズムを解き明かしているので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたい本としてお勧めしています。根拠のない言説を一掃するには、専門家自身が見逃さずに、「ウソは嘘といわなければならない」というスタンスに、ぼくも大変共感を覚えました。

とくに問題視するのは、人種や民族、宗教などへの偏見を助長する「ヘイト本」のような存在です。いずれ淘汰されるとはいえ、瞬間的には影響力があるので、出版社の社会的意義を考えても、そのようなことに加担する罪は決して軽くないのです。そして読み手側も、そのような本を信じて鵜呑みにしてはならない。これはぼく個人としても、「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を基本理念とするAPUの学長としても強く思うところです。

――さまざまな情報をどのように咀嚼していくのか。


出口治明氏: ぼくは「タテヨコ算数」で考えましょう、と言っています。タテは歴史、昔の人がどう考え対処したか。ヨコは同時代の世界の人々はどのように考えているか。算数とは、数字に基づくファクト(真実)が、ちゃんと示されているかどうか。

「これはホンマのことやろか」と自分の頭で考える訓練が必要なのです。フランシス・ベーコンは「知は力なり」と言っていますが、知を力にするには、知識ばかりを貯め込んでも意味がなく、それをどう組み合わせていくかが重要です。「思考のパターン」を習得していく術となるのが読書であり、それが出来て、はじめてリテラシー=教養となるわけです。読書は料理のレシピを読むようなものです。最初はレシピ通りに作ってみて、あとから自分流にアレンジするので。

こうしたことは、小坂井敏晶さんの『答えのない世界を生きる』(祥伝社)という本に書かれています。ものを考えるとはどういうことか。「学ぶためには答えではなく、問いをたてないといけない」という、考える作法を丁寧に教えてくれています。「めちゃいい本」として、こちらも紹介したい本です。

読書ほどさまざまな思考パターンを習得するのに合理的なものはありません。ぼく自身は「人・本・旅」の割合を、25:50:25と考えていますが、読書は圧倒的に効率がいいのです。たとえば、アメリカ大統領に会おうと思ってもなかなか会えませんが、大統領の演説集なら千円札2枚でおつりが来て、なおかつ、読んでいる間は大統領を独り占めできます。さらに昔の偉人に至っては、会おうにも会えませんから。読書は、遠くの人、違う言葉の人、昔の人、といろいろな人と瞬時に会える、最高の手段です。

著書一覧『 出口治明

この著者のタグ: 『コミュニケーション』 『旅』 『国際』 『働き方』 『リーダーシップ』 『教育』 『古典』 『対話』 『大学』 『読書』

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