電子書籍には「雑誌の部分配信」をやってほしい
――本当に日々いろんな本を読んでいらっしゃるので、きっと蔵書をたくさんお持ちだと思うのですが、それらはどうやって収納なさっているんですか?
杉江松恋氏: 家の書棚が開架式の本棚になっているので、そのなかに本を詰め込んでいます。そこに入りきらなかったものは、20冊ずつぐらい箱の中に貯めて、そして貯まったら捨てます。
――捨ててしまうんですか! 自炊して電子化なさったりはしないんですか?
杉江松恋氏: 正直、いまは手間を惜しんでいますね。いまは、スキャンひとつもかなり早いと言う話は来ているんですが。ただ、その手間があるなら、別の本を読みたい。そして、また捨ててしまった本でも、欲しくなったら買いなおすか、もしくは図書館で借りてしまいます。
だからね、僕の本棚ってあまりおもしろくないんですよ。というのも、常に資料とかで使うから、捨てる暇もなくて、図書館でも借りにくい宮部みゆきさんや東野圭吾さんのように「売れっ子作家」の本ばかりだから(笑)。
でもね、著者にとって一番良い読者は「本を捨てる読者だ」だと思うんです。本を捨ててくれれば、多分、読みたくなったらまた本を買ってくれる。だからこそ本は増刷するんじゃないですか。だから、著者にとって「本を捨てる」というのはとてもうれしい行為のはずなんですよ。
――杉江さんご自身は、電子書籍自体は使われていますか?
杉江松恋氏: ブックスキャンさんのことは、「自炊代行をするサービスがある」ということは、なんとなく知っていたんですが、今回ので初めて知りました。
電子書籍自体は、初期のころは、かなり意図的にたくさんいろんなバージョンのものを読んでいましたね。iPadにいろいろと入れて読んだんですけど、正直、いまのところは「あまり読みやすくないな」と思っているところです。なぜなら、さきほどもお話したように、僕は「本を読むときにフセンを貼る」のが好きだから。その作業ができないのは、ちょっとつらいですね。もちろん、最近はマーカーを引いたり、気になるところはチェックを付けたりする機能もあると伺ってますが、物理的にぱっとみてどこにフセンをはったかが確認できないのは、ちょっと僕のような本を読む人間にはまだ辛いですね。
――では、ほとんど電子書籍は使われていない状態でしょうか?
杉江松恋氏: うーん、そういうわけでもなくて、最近は「あまりそういうことを考えずに、読んでみようかな」とも思っていたりしているんです。僕はとにかくフセンを貼るのが大好きなわけですけど、そういう作業をなくす実験をしてみたりとか。自分の癖とはちょっと違う読み方をしてみたら、それはそれでおもしろいんじゃないかな、と思いまして。
ただ、やはり小説のように、じっくり、文章をひとつひとつ読むようなメディアにはあまり向いていないかもしれませんね。どちらかというと、そうやって立ち止まってじっくり読むものよりは、資料本のようにびゅんびゅん飛ばして読むものに向いていると思います。
あとは、雑誌ですよね。雑誌にはかなり電子書籍は向いているんじゃないかと思っています。いまでは「自炊」と言われていますが、実際、僕の雑誌の保存の仕方って、まさにあの通りで。データ化はしないんですけど、「後でここは資料として使えるな」「この連載はもしかしたら本になるかもしれないな」など、自分で気になったページや資料性のあるページだけ残して、あとは全部捨ててしまうんです。
電子書籍だと、きっとそうした「部分配信」みたいなことがきっと可能だと思うんですよね。モデルとしては、iTune Storeのアルバムスタイルみたいなものでしょうか。たとえば、オムニバスCDなら、バラ売りも可能だけど、12曲を単品で買うよりも全部まとめて買ってしまったほうが安い…みたいなね。
あとは、早くハードが決まってほしいです。いいハードがないと、いまのままでは自分では使いにくいな、と思っています。
批判するだけではなく、作家も版元も電子版だからこそのビジネススタイルを、今後は追求していくべき
――読者が部屋のスペースなどがなかったり、いつでもどこでも本を読みたいということで、本の自炊をする人も多いです。杉江さんご自身もたくさん本を出されていますが、読者が自分で購入した本を自炊することに関して、どう思われますか。
杉江松恋氏: 僕は、いいんじゃないかと思いますよ。僕自身の本も、全然自炊していただいて構いません。もちろん、それを誰かに転売したりとか、コピーを勝手に配布されたりするのは嫌ですけどね。
ただ、逆に、これは著者にとっては新しい挑戦だな、とも思います。データで残ってしまうので、先ほど言ったように「また本を買いなおす」という作業があまりおこなわれなくなる可能性がありますよね。そしたら、作家は「じゃあ、どうやったら何回も買ってくれる人になるのか」を考えることができる。単に「電子化されるのは嫌だ」と拒んでばかりでは、発展しませんし。
たとえば、人気の漫画が、何年かたって、「完全版」として、未収録の作品を入れたり、カラーのページを増やしたりして、出版しなおすのと一緒。版元や著者側も、「もう一度本を買いたくなる工夫」をしていくことが大事じゃないかな、と思います。
たとえば、実用書なんかだと、やりやすいんじゃないでしょうか。実用書は年が経つにつれて、情報がどんどん更新されていくわけですよね。電子版だったら簡単にバージョンアップできるから、「新情報」ということで新しい情報を常にアップしていったらいいと思うんですよね。僕は「改訂版」とか「増補版」とかあると結構買ってしまうタイプなので、このビジネススタイルはぜひとも実践してほしいですね。
取材場所:BIRIBIRI酒場
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 杉江松恋 』