斎藤環

Profile

1961年岩手県生まれ。筑波大学卒業、同大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学。「ひきこもり」の治療や支援に取り組む傍ら、執筆、講演活動等を精力的に行っている。執筆活動は、自治問題から本格的な文学、美術評論、音楽、マンガ、アニメ、サブカルチャー全般に及び、現代思想系雑誌、文芸雑誌、新聞まで幅広く執筆。爽風会佐々木病院診療部長、筑波大学医学博士、社団法人青少年健康センター参与、を務め、月に1回「実践的ひきこもり対策講座」を実施。最新著書に「原発依存の精神構造: 日本人はなぜ原子力が「好き」なのか」(新潮社)。

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紙の本と電子書籍の一番の違いは「背表紙があるかないか」


――斎藤先生はネットにもお詳しいんですよね。普段はなにを見てらっしゃるんですか?


斎藤環氏: いやいや、そんなに詳しくないですよ。ブログもTwitterもはじめたのはかなり最近ですし。情報源も“Digg”とか「はてなブックマーク」とか、あとはTwitterのTLと、至って凡庸です。発信もそんなに熱心ではありませんが、ブログとFBとTwitterを適宜使い分けている感じですね。ただ、ネットはどうしても時間泥棒なので、あらかじめ「読むもの」を決めておかないと、知らないうちに空が白んでいたりする。古い体質のせいか、何時間もどっぷりネット情報を読んだ後は、なんだか時間を空費したな…という罪悪感に駆られてしまうんですよね。それでもパソコンで掲示板とか見はじめると止まらなくなるので、最近はiPadで読むようにしています。iPadだと、何時間もダラ見とかしにくい気がするんですよ、なぜか。

電子書籍も同様なんですが、読書の充実感を考えると、ネットや電子のものよりも紙で読んだほうが、圧倒的に充実感はありますよね。やっぱり最終頁に辿り着いた時の「読了感」が違う。僕個人の意見かもしれませんが、紙の本と電子書籍の一番の違いは、「背表紙があるかないか」だと思うんです。

――電子書籍で単にバーチャルに「背表紙をつける」というのとは、違いますよね。


斎藤環氏: 本ってインテリア的な側面があって、本棚に自分の持っている本を陳列できるっていうのは独特の満足感があるんですよね。だから所有しなくてははじまらない。並び方にもその人なりのこだわりが発揮されますよね。毎日その背表紙を眺めて暮らしていると、自然にその本の内容や知識が伝わってきたり、残っていったりもする。この「生活を共にする」という感じが電子書籍にはないんですよ。日常のなかで「なんとなく背表紙が目に入ってきてはっとする」なんて機会もほとんどない。仮にバーチャルで背表紙をつけても、それは違うと思うんです。わざわざ自分でリーダーをひらかなければ出会えない本と、日常のなかでソファに腰をかけていたら足元にポンとおいてあったり、ずっと枕元においてあったりする本とは、意識のしかたも違うはずですから。



人間の記憶には「意味記憶」と「エピソード記憶」というものがあるんです。「意味記憶」というのは、一般的な知識の記憶です。一方の「エピソード記憶」は、「これは僕が小さいときに誕生日に買ってもらった本」「恋人がすすめてくれた本」とか、なんらかの個人的エピソードに関連づけられた記憶のことです。ページに触ったときの触感や、読んでいるときにこぼしたコーヒーの染み、自分でつけたフセンやラインマーカーの跡など、自分が使って読んだ「手垢」が残っている本のほうが、思い入れも深いし、記憶に残りやすいと思うんです。電子版は「意味記憶」に関してはかなり強いと思うのですが、エピソード記憶は生まれにくい。

でも、だからといって電子書籍がダメだとは僕は全然思っていません。むしろ一方では、電子書籍時代の大変な恩恵も感じています。資料本や論文など、データとしての側面では、電子書籍は圧倒的に有利ですからね。場所も取らないし検索性は高いしEvernote やDropboxを活用すれば持ち歩く必要すらない。ただ、フォントや装丁、紙の質感、レイアウトなどにこだわった本には、所有欲の点で考えると、到底電子書籍は追いつけないと思いますよ。

――本当に本好きな人は、本の内容だけでなく、装丁やレイアウトなど細部のひとつひとつを確認しますからね。


斎藤環氏: もうそこまでいってしまうと、フェティッシュみたいなものだと思いますけどね。僕はそこまでではないと思いますが(笑)。あとこれも僕の場合限定かもしれませんが、本の形をしているほうが、速く読めると言うのもあるんです。たとえば、電子書籍だと検索性は高いのですが、ページの飛ばし読みがしづらいんですよ。紙の本の場合は、ぱらぱらとページをめくっていくと、なんとなくその本の内容が頭に入ってくるし、目に入った単語で「あ、このあたりにほしいデータが書いてあるな」とかがすぐわかる。

あと、「なんとなくおぼろげに覚えている単語やフレーズ」を探すときにも、紙のほうが適していますね。完全にその単語や内容を覚えていれば圧倒的に電子のほうがみつけるのは早いと思うのですが、不明瞭な単語やフレーズを探すには、電子は適していない。紙の本の場合、ストーリーの流れとして、「だいたいあのフレーズは、真ん中よりちょっと後ろにあったな」みたいに、探しやすい。

安くて簡単に優れた文章が読めるいまの時代を、活用しないのはもったいない


――先生ご自身の本が、自炊されたり、電子化されることについてはどう思いますか?


斎藤環氏: 僕は医師という本業が別にあって、本を執筆するのはあくまで副業です。副業というかほとんど趣味ですね。だから、正直なところ、本が売れなくても、さしあたり生活には困らない。そりゃ売れるのはすごく嬉しいですけどね。だから個人的心情としては、自分の本が自炊されることに関しては、特になんとも思っていません。むしろ、電子化することで、たくさんの人が読んでくれたらうれしいですね。

――「紙で読んでほしい」「電子で読んでほしい」などのこだわりは、特にお持ちではないということですか。


斎藤環氏: 特にないですね。僕の本に関しては、テキストを読んでもらえればそれでいい。読んでもらえること自体が一番うれしいです。逆に、移動が多かったりスペースの問題とかで、電子じゃなきゃ読めないっていう人もこれから増えるでしょうしね。

それに、僕自身、自分の本はすべてデータとしてのテキストでしか読んでいないんですよね。ゲラをチェックして製本されてからは、ほとんどめくったことがない。それに、新聞ですら、もうネットでしか読まないという人はたくさんいますよね。新聞こそ、どんどん読み捨てていくデータなのだから、電子化して読めるのならすごくニーズに合っていると思いますけどね。

でもね、青空文庫やプロジェクト・グーテンベルクなんかの試みを見てみても思うのですが、古今の古典にほぼ無料で誰でもアクセスできるような時代になったというのは、何と言ってもすばらしいことですよ。独学者の楽園ですね。もっとみんな活用してほしいと思います。

――では、斎藤先生も新聞を読まれるときは、電子で読まれるんですか?


斎藤環氏: 僕はまだ、新聞は紙のほうがいいですね。というのも、新聞は「この面は絶対読みたい」「このコラムだけ読んで置こう」など、掲載されている場所や面によって、個人的な重要度が変わってくるからです。それに見出しの大きさによって、記事のインパクトも変わってくる。電子だと全体にフラットになってしまって、重要度が曖昧化しやすいように思います。あとやっぱり、新聞は捨てるために読むんですよ。一日の出来事をざっと読んで、あとは畳んで捨てる。こういう完結感ってあんがい大事なんじゃないかと。

――先生ご自身は、自炊はなさるんですか?


斎藤環氏: ずいぶん以前からやっていますよ。自分の持っている雑誌や本を断裁して、スキャンスナップで一気にスキャンしてしまいます。それでも処理しきれないので、そろそろ本格的に業者に頼もうか…と考えていたところでした。自炊するのは、大半は「資料本」ですね。フェティッシュが感じられる本、というか、大事な本は自炊しません。大事な本というのは、自分が何度も再読した本だったり、影響を与えられた本ですね。

ちなみに、僕は「自炊」のことを「成仏」と呼んでいるんです。本の魂(テキスト)だけを抜き取って、極楽(クラウド)に逝かせてあげる。裁断本という「ご遺体」は焼却処分。だから、成仏。やっぱり本って、ただ捨てるのがなんとなく憚れるところがあるので、そういう言い方で自分を納得させています。

でも、ここで悩みどころなのが、「しょっちゅう手に取る本をどちらに設定するか」なんですよね。電子版ならいつでも持ち歩けるけれども、読みやすさで言うと紙の本のほうが楽。しかも、紙の本は使いすぎるとどんどん劣化していくでしょう? いっそのこと、愛蔵本は2冊買ってしまって、1冊は電子版、1冊は紙版として保存しておこうかなと思ってしまうぐらいです。本を買ったら、テキストデータも格安でついてくる…みたいなサービスがあるといいなぁとも思いますけど。

著書一覧『 斎藤環

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