出版不況の今こそ、本の企画には冒険をしてほしい
――今、出版不況と言われていますが、そういう中で、本に対して二人三脚でやっていくべき出版社・編集者の役割というのは、どんな所が重要になってくると思いますか?
向谷匡史氏: 色々考え方はあるんですけれど、最近の編集者は信念がないというか。つまり出版不況と関わってくるんですけれど、つまり、今の時代、出してみて空振りできないという風潮になっているから、この企画だったらそこそこは行くんじゃないかという企画しか取らなかったり、あるいは有名著者しか回らなかったりします。現場の編集者と話していると、みんなこういうんですよ。「本が良く売れていた時代は、売れるかどうかわからないけどやってみようかという冒険ができた」と。今はそれができないと。編集会議で、営業に「どのぐらいの部数いくの?」って聞かれて、部数を明確に言えない企画は通らないそうです。売り上げ至上主義ですね。でも本って、何でもないのが超ヒットするという事もあるから、編集者が「これならいける」と自分で思うものをやるかどうかの違いだと思うんだけれど、それが会議で通らなくなってきている。だから書き手にとっても不幸ですよね。
――どうしてそんな風になっていったんでしょう。
向谷匡史氏: つまり外せないから、リスクを冒せないからです。昔は、そんなに売れないかもしれないけど、世の中にとって必要な本は出してきたし、ひょっとしたら化けるかもしれないというチャレンジ的な企画が通ってきたけれど、そういう冒険はさせなくなってきたというのを如実に感じますね。
――そうなるとどんどん先細りになりますか?
向谷匡史氏: それは何でも同じですよ、企業が研究費を削れば先細りになるだろうし、そうかと言って金がなければかけられないしという…ジレンマですよね。雑誌なんかそうだけども、売れない時は優秀な経営者というのはやっぱりお金をかけていく。売れてくると経費を絞ってくる。普通は逆のように思いますが、そうじゃないんです。売れてきたら経費を絞ってより利益を出そうとするし、売れなくなってくると取材費を出してもっとやろうとする。だから今もやっぱり冒険をした方がいいと思いますね。冒険するのを1ヵ所持っておいて、あとは手堅く行くという、二刀流で行くしかないでしょう。
自分の書棚は電子化し、アイデアは書店へ通ってひらめかせたい
――電子書籍は今までの紙の本に比べたら、コスト面でだいぶ融通が利くようになってきたんですが、電子書籍の出しやすさという可能性が出版業界にもたらす影響をどのようにお考えですか?
向谷匡史氏: 可能性はあるんじゃないでしょうか、全体の流れとして、もっとそっちに行くんだろうと思いますし。電子書籍は便利ですしね。どこでも見られるし、検索もしやすい。場所をまず取らない(笑)。ある時、書棚っていうのは見ているうちに色々なヒントが浮かんでくるから、最初は書棚を電子化するのはあんまり僕らのような作家にとってはメリットがないかなと思っていたんだけれど、書棚の背表紙を見ながら発想のヒントを得るというのであれば書店に行けばいい。何も自分の所で見る必要はないなと思いました。書店に行った方がより刺激を受けるじゃないですか。だったら自分の資料とかはファイル化して、歩いて書店に行けば健康にもなるし、その方がいいかなと最近思っています(笑)
――どうしても今、技術的に裁断してからのスキャニングしかできないのですが、本を裁断されるということはどうお考えですか?
向谷匡史氏: 切ったって何をしたって構わないですよ。僕らの仕事は書いた時点で終わっていますからね。そりゃお金を出して買った人がどうしようが、踏んづけようが何をしようがそれは勝手ですよ(笑)。
――昔と今と比べて、何か書店の変化というものを感じる事はありますか?
向谷匡史氏: やっぱり点数が多いから、狙いの本に行きつかないという事が書店ではあります。だから結局Amazonで買ってしまう、みたいな。僕は最近Amazonでしか買わないですね。便利だし、古本もあるし。書店で本を探すのは大変ですよ。だからむしろ書店での楽しみは、買おうとか探そうと思った本以外に何かぶつかるという楽しさはありますね。Amazonというのはある決めつけで検索していきますよね。書店とは違う。ぶらぶら歩きながら本を眺めているうちにひょっと目につくという面白さはきっとあると思います。偶然の出会いの場としての書店じゃないですかね。
――昔の書店はこういう所が良かったという所はありますか?
向谷匡史氏: やっぱり昔の店員の方が良くものを知っていたような気がします。何か相談すると余計な事まで教えてくれる、その本だったらこっちがこうだとか、こういう類書がありますとか。つまり、自分がこうしたいんだけど、どの本がいいでしょうかという時に、相談に乗ってくれていたような気がしますね。
これからの電子書籍の未来に思う事
――電子書籍がこれから普及していきそうですが、書き手側の意識として、何かお考えの事はありますか?
向谷匡史氏: もし僕が電子書籍を書くんだったら、あんまり意識はしないけど、たぶんセンテンスは短くなっていくんでしょうね、きっと。もっとリズミカルな感じで行くんだろうとは思います。例えばメールの文章は、分かち書きじゃないけれど、結構改行が多くて間を空けてないと読みにくい。だからあの感覚になっていくのかな。
――先生ご自身は電子書籍のご利用というのは?
向谷匡史氏: いや、してないですね。今後電子化はするし、昔の青空文庫みたいなものは読んだりします。パソコンで見ますけれど。
――紙の本の良さについてはいかがでしょうか?
向谷匡史氏: 昔そういえば先輩に言われたんです。「本は文庫がいいんだ」と。「読んでいる所を裏返しに折って、そのままポケットに入るから」って。でも紙は焼けたりするし、ほこりはたまる。やっぱり取っておくのも大変ですし。でも書き込み機能はやっぱり紙の方が早い。これはもうどうしようもないでしょう。気になる場所をチェックするのは、付せんの方が早い感じですね。
――本は本の良さ、電子書籍は電子書籍の良さがあるという事でしょうか?
向谷匡史氏: だから、どっちかという選び方をする必要がないんじゃないですか。スケートだって、競技スケートがあってフィギュアがあるみたいに。よくそういう言い方を「アンブレラ方式」って言うんだけれど。傘って持つ所が真ん中にあって、二人入れるでしょう。だからスピードスケートとフィギュアがあると同じように、両方使えばいい。電子か紙か、どっちの比重が増えていくかは今後の成り行きで、いいか悪いかで選ぶべきじゃなくてどっちのニーズが多いかで選ぶだけなのではないでしょうか。
著書一覧『 向谷匡史 』