佐々木常夫

Profile

1944 年秋田市生まれ。6歳で父を亡くし、4人兄弟の次男として母の手ひとつで育つ。1969年東大経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男に続き、年子の次男、年子の長女が誕生。しばしば問題を起こす長男の世話、加えて、肝臓病とうつ病に罹った妻が43回もの入院と3度の自殺未遂を起こす。会社では大阪・東京と6度の転勤、破綻会社の再建やさまざまな事業改革など多忙を極めそれに対して全力で取り組む生活。2001年、東レ同期トップで取締役となり、2003年より東レ経営研究所社長となる。現在経営者育成のプログラムの講師などを実践している。社外業務としては内閣府の男女共同参画会議議員などの公職も務める。

Book Information

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最近の若者は堅実に納得できる幸せを選んでいる


――たくさんのリーダーの生き様や、研修や育成でたくさんの会社員をご覧になっていると思いますが、昔と比べて部長クラスの方が変わってきたなとか、上司像が変わってきたなと感じることはありますか?


佐々木常夫氏: いや、あまり変わりませんよ。時代で多少は変わりますが、少しだけで、とんでもなく変わったということは別にありません。ただ、だんだん世知辛くなってきて、なかなかポストがないから、慎ましやかに適当にサラリーマンをやるというか、無事勤め上げられるように大過なくやるという感じですね。

昔はみんな、俺は役員クラスになるんだなんて馬鹿なことを言っていましたけれど、今の人はみんな賢いですから、自分がほとんどなれないというのが分かっていますよ。今の若い人達は野望とかそんなものは持っていないです。身の程を知っているというか、色々と価値観が変わっていますよね。偉くなればいいことがあるのか、それよりもっと大事なことがあるんじゃないのと。家族と仲良くやるとか自分の趣味を活かすとかね。何も会社で偉くなることが人生での目的とはあまり思っていないですよ。そういう意味では小さくなったんですけれど、堅実だし、自分の実力もある程度理解しながらの行動ですからね。まあそんな違和感はないですね。



我々も若い時は、高度成長期でみんなが上を目指して働いて、それで結果的に会社の力をうまく引きずり出してやりましたけれど、まあ気がついてみたらみんなそんなに偉くなっていなくてね。何を考えていたんだろうなと思いますよ。今の若い人達はそんなものは理解して先取りしていますからね、冷静ですよ。まあ、その人が持っている志とか欲望とかは周りの人がとやかく言っても、あるいは我々の年代が今の若い人は覇気がないとか言ったって始まらないじゃないですか。それでどっちが幸せなんだということもありますしね。納得した人生を送った方がよっぽど幸せですからね。

電子書籍は便利だが、使うにはまだまだ


――ところで佐々木さんは、iPadやAmazon Kindleなどで電子書籍を読まれることはありますか?


佐々木常夫氏: 電子書籍はまだ使いません。もうちょっと経ってからですよ。だって収容されている数、コンテンツの数が少なすぎる。あれでは今買う意味が全然ないですよ。
ただ、電子書籍の魅力は本を持ち歩かなくていいことですね。私は出張する時に必ず本を持って行くのですが、どの本にしようかなと悩むわけです。その場面に応じて読みたい本が変わるわけですよ。ところが3冊持つとカバンが重たい。でも電子書籍は全然重たくない。

あと私が今本当に悩んでいるのが、家にある本箱ですよ。前にあまりに本が多かったので捨てたわけですね。でも、捨ててしまってから「あれ捨てなきゃよかったな」と思う。それで今また同じ本が本箱に並んでいるの。ベッドルームと書斎に本箱があって、書斎には相当大きい本箱を買ってきたんですよ。だけどもういっぱい。もう収容できないから結局捨てなくちゃいけないわけ。

それから本を探すのが大変。どこに置いちゃったかなと。一応読んだ順番とか、こういう順番で並べると決めているんだけれど、引っ張り出してきては、またどこかに入れたりするから全然ダメなんだよね。そこへいくと電子書籍は全然場所がいらないですよね。もう溢れ返って置き場所がないからね。

あと電子書籍は、暗い所で読む時に明るくしたり拡大したりできるでしょ?見やすいんですよ。私は文章が細かい本が好きなんだけど、読みにくい。ところが電子書籍の場合は拡大できるからいいですよね。検索もできるしね。あれどこらへんに書いてあったかなとか。例えば 私の本でも、“志”ってどこに書いてあったかなと思って“志”と入れたらぽっと出てくるもんね。あれは便利ですよー。書籍だとダーッと見ないといけない。ところが電子書籍は検索するだけですぐ出てくるから本当に便利ですよね。

でもね、本はやっぱり数じゃないから、座右の書、自分の大切にしている本というのをいくつ持っているかというのが人の上に立つ人間には大きいですよ。たくさん読んだらいいってものではないですね。

論語を読むということは、孔子に会いに行くということ


――佐々木さんの座右の書というのは何ですか?


佐々木常夫氏: 一番影響を受けた本はG・キングスレイ・ウォードの『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』ですね。かなり若い時に読んだんですけれど、いやもう本当にびっくりしましたね。経営とは何であるかということももちろん書いてあるんですけれど、例えば奥さんをどうやって選ぶかとか、年配の人にはどういう対応をするかとか、礼儀作法みたいな躾みたいなことも書いてあるわけですよ。私は6歳で父を亡くしているんですけれど、父親というのはこんなに優しいのか、こんなに素晴らしいのかと思ってびっくりしたんですね。ここまで息子のことを考えているのだと。それでまたいいアドバイスでしょ?私はこれは素晴らしい本だなと思いました。これが私の座右の書。

それから、私は気に入ったフレーズを手帳に書く癖があるんですよ。例えば格言みたいな『天の時、地の利、人の和』とか『大事は理を以て処し、小事は情を以て処す』、『起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半』とかね。『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ』これは山本五十六ですよね。こういうのを書いていくわけですよ。チャーチルは『悲観主義者はどんな機会を与えられても困難を見つけ、楽観主義者はどんな難しい状況でも機会を見つける』とか、レイモンド・チャンドラーの言葉では『人はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない』とかね。それから『マズローの欲求の5段階説』や『8つの習慣』とかね。



そうそう、栗林忠道のことを書いた『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』という本も感動しました。彼の辞世の句が『国の為重き務めを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき』というんです。これはすごい歌ですよね。硫黄島で最期の時に奥さんへ書いた手紙の中にあるんですよ。

――たくさんのフレーズを書き留めていらっしゃるんですね。


佐々木常夫氏: 気に入ったフレーズを書いていると、私が言葉を選んでいるのが一番多かったのが『論語』だったわけですよ。「あ、これ論語の言葉だったんだ」って。『君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず』『徳は弧ならず、必ず隣有り』『学びて思わざれば則ち罔し、思うて学ばざれば則ち殆し』とかね。こういう言葉をいっぱい書いていたの。手帳は20何年分全部持っているわけですけれど、そしたら意外に『論語』が多かったんですよ。それで「あ、私がものすごい影響受けたのは論語なんだ」というのがこの間分かったの。それでこの間、NHK Eテレの『100分 de 名著』という番組に呼ばれてね。佐久協先生という慶応義塾高校の先生だった方がいて、その人と『論語』について対談したんですよ。佐久先生の『孔子論語』という本に収録されていますよ。

――佐々木さんにとって古典とはどういったものですか?


佐々木常夫氏: 古典というのは何百年、何千年と生き抜いてきた本ですからね。今書店に並んでいる本なんて、あと10年も経てば全部消えてしまうわけですよ。『論語』は2千年以上経っている。やっぱり価値があるものだから生き残ったわけですよ。だからあんな原稿用紙50枚程度のものが、まあもっとも漢字ですから短いんですが、そんな短いものがあれだけ生き残ったというのはすごいよね。特に『学びて思わざれば則ち罔し』というのは、本を読む人に言っていることだと私は解釈しているんです。何でも勉強して考えない、本だけ読んで知識を入れるけれど考えない、そういう人は暗い、愚かだと。まあその通りだと思いますよ。

何だかんだ言いながらも本をきちんと自分のものにできた人というのは、やっぱり人より優れた人になりますよ。学びますからね。本を読みたいという人は、私は学ぶ力のある人だと思っているんですよ。私はリーダーになる人、人の上に立つ人というのは学ぶ力のある人だと思っています。学ぶ力があるということは、人の話を聞く、それから本を読んで学ぼうとする。謙虚さを持っているから、学ぶ姿勢になるんですね。やっぱりそういう気持ちで読むと、人の経験、歴史の経験を自分のものとして活かせるということですからね。

――佐々木さんにとって本はどういった存在ですか?


佐々木常夫氏: 本というのは経験とか体験というものを膨らませてくれる存在なんです。本を読めば時代を超えて書いた人や書かれた人に会えるわけでしょ。別に飛行機に乗らなくても、遠く離れた人に会いに行けるチャンスが膨らむわけです。もちろん直接会って何かをするよりは濃度は少し落ちますけれどね。だけど濃度が落ちるか落ちないかというのは、その人の志次第ですよ。私が『論語』を読むということは、紀元前500年を生きた孔子に会いに行くわけですよね。チャーチルの本を読むということは、チャーチルにイギリスまで会いに行くのと同じわけですよ。これって読んだ人の特権ですよね。

特に古典は言ってみればタイムマシーンです。古典は長い時間を生き残ってきた、すごく価値の高いものですよ。だから例え濃度が薄くても、ちょっと触れるだけでも大変なものなんですよ。そんじょそこらの人なんか、付き合ったって別に大したことないわけですよ。だからそこらへんのしょうもない人と付き合うくらいだったら、本を読んだ方が、よほど自分のためになるということになるわけですよね。
まあ私なんか、こうやっていろんなことを人に偉そうに言っているけれど、これ誰かの受け売りなんですよ。自分ではよく分かっていないんですよ。『論語』をたくさん読んでいたから、『論語』の考え方が私の頭の中に入って来ているだけでね。佐々木常夫はこう思うって言っても「何言ってるんだ、それ孔子が言ってたことじゃないか」ということになるわけですよ。それでもいいんですよ、別に。この頃書店に行くと“佐々木常夫の言葉”とまとめられて、私の本がダーッと並んでいるんですよ。何が佐々木常夫の言葉だって(笑)。みんな人のものを借りてきて書いてるだけの話でね(笑)。

――でも、そこにやはり学ぶ力があったからこそ、得た言葉を人に紹介できるわけですよね。私もぜひ『論語』を読んでみたいと思いました。


佐々木常夫氏: 私は今6冊本を出して、もう書くことないと思っているんだけれど、『論語』を私なりの解釈をして、1回書いてみようかなあなんて思っててさ(笑)。きっと極めてシンプルですよ。

――そういう精査された文章というのは、読む人によって逆に色々な解釈ができますよね。


佐々木常夫氏: 1つのフレーズで10通りの解釈が出てきますよ。さっき言った『徳は弧ならず』というのは、どのくらい種類あるか分からないくらい解釈がありますよ。本当のところ、孔子はどう思っていたのかというのは分からないんだけど。だから『論語』の本は何で厚くなるかというと、書いてあることの解釈がみんなそれぞれ違うからなんですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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