金田一秀穂

Profile

1953年東京都生まれ。祖父の金田一京助(言語学者) 、父の金田一春彦(国語学者)に続き、自身も日本語研究を専門とする。東京外国語大学大学院を修了。その後、中国大連外語学院、コロンビア大学などで日本語を教える。1994年、ハーバード大学客員研究員を経て、現在は杏林大学外国語学部教授を務める。また、インドネシア、ミャンマー、ベトナムなどでも日本語教師の指導を行う。独特のキャラクターでテレビ出演も多く、「NHK日本語なるほど塾」で『ようこそ!言葉の迷宮へ』、「世界一受けたい授業」「雑学王」「Qさま」など、お茶の間でも親しまれている。

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記録すると、集中して話を聞かない


――こういう取材の場合にメモは取りますが、確か立花隆さんはレコーダーを持たないと聞いたことがあります。


金田一秀穂氏: ああ、なるほどね。それはそうですよ。昔そういうのを私もやりましたけど、勉強する時に録画しちゃダメというのは習いました。例えば日本語を教えるという時にどうやって教えたらいいかというと、上手な先生の教室を録画しておけば良いんだというのがあるでしょう。そのビデオを見れば分かるというのは確かにそうなんですけれども、そうするとすぐに忘れちゃうわけですよね。やっぱり現場で注意力を働かせて、ただ見ている方がいいことはありますね。人にもよるでしょうけれど。

――しっかり耳というか、記憶に染み付きますか?


金田一秀穂氏: そんな感じがしますよね。自己満足だっていえばそうですけどね(笑)。そんなのカメラで撮っておいた方がいい、ということはありますよね。その場の雰囲気に流されちゃうし。だから冷静に見るのがいいんだという説も全くそうだと思うから。思い込みで会っていると、思い込みで覚えちゃうからいけないということはあるんですけれども。それは良しあしですよね。どっちがいいかは分からない。

――でも、訓練にはなりますか?




金田一秀穂氏: ある部分ね。だから、例えば患者さんと話すカウンセリングというのもやりましたけれども、それもそうなんですよね。その場の雰囲気というか、その場のにおいや温度が大切な要素だろうと思うんですね。だからなるべく、そういう形で語れる方がいいとは思うんです。ただ、それができないわけだから、本や放送という形になるんですけれども。本当はライブというかパフォーマンス的にやっている方がいいんじゃないかなと。観光地に行って写真だけ撮って満足するというのもありますもんね。

――証拠写真みたいで、もったいないですね。


金田一秀穂氏: そう。それで写真を撮ったら「ハイ、次」ってね。あれは、まぁいいけど。私自身はあまりカメラが好きじゃないですから、旅行でも自分であまりカメラを持たないです。それから周到なプランなんかも立てない。プランが決まっているのはつまらないですしね。

記憶力が良い=頭が良いことではない。


――プリントを配られないと学生たちも戦々恐々ではないですか?


金田一秀穂氏: 困っていますよね。ただ、その場の雰囲気を大切にしたい。で、「もし本当に勉強したかったら本を読んだら?」って(笑)。そのための参考の本とかは教えるわけですよ。これを読んだらいいよって。でも基本的にはね、講義をきちんと聴いてほしいんですよね。学生は苦労しますけどね(笑)。

――先生の講義を受けるのは、抽選みたいな感じになるんですか?


金田一秀穂氏: いや、そんなことはないですよ。そんなに授業は受けに来ないですよ。いや、たくさん来ますけれども、すぐに減ります。出席を取らないし。

――いろいろな勉強スタイルがあると思うんですけれども、勉強するのであれば本を読みなさいということですか?


金田一秀穂氏: 「本当に知識を得たいのであれば本を読みなさい」ですね。で、知識と知識を結び付けることこそが大切なんだということですね。知識を覚えるだけだったらコンピューターですよ。コンピューターにはかないっこないもの。コンピューターはばかだから覚えている。ばかだから記憶するわけですよ。記憶なんてばかのすることです。(笑)20代まで記憶力って高いわけでしょう。それを過ぎると記憶力が落ちるわけですよ、どうしたってね。じゃあ20代が一番賢いのか、という話ですが、そうじゃない。記憶というか正解・不正解が分かる問題について答えられることが、頭が良いと思われているんですね。○か×かを、あらかじめ正解が用意された問題に答えることを頭がいいと思われているわけですよ。だけどね、センター試験1番だった、全国模試1番だというのは、もう答えがある問題なんですよ。でも、世の中の大きな問題のほとんどは答えがない。みんな、どうしたらいいかが分からない。みんな手探りでしょう。手探りだからマニュアルというものを求めるわけですよ。でもマニュアル通りできた試しがないじゃない。そんなものできっこないです。

スーッと読めすぎて、いまの小説は面白くない。


――ところで最近、読まれた本で、これは面白いというものはありますか?


金田一秀穂氏: 最近、『臨済録』(岩波書店)というのを読んでいるんです。臨済宗の臨済です。『臨済録』というのと『論語』(岩波書店)と。あとは、この間読んでいたのは国会の原発事故の調査報告書。それから俳句の坪内稔典という人が書いた本です。タイトルを忘れましたが、面白かったと思ったから読んでいます。

――論語などは、どういうところがいいですか?


金田一秀穂氏: 要は、頭から読まなくていいんです。開いたところを読んで、フーンと言って終わる。いつでも開けるし、どこでも開けるし、最初から最後まで読まなくてもいいし、というところが気に入っています。

――いま、日本語の使い方もなんですけれども、現代の本は昔に比べて、こういうところが変わったなというのはありますか?


金田一秀穂氏: そうね、最近の本はあまり読まないんですよね。小説とかいうのもずいぶん変わったなというのがありますけれどね。若い人たちの小説なんかを読んでいても、屈折していないというか。素直にツーっといくんですよね。私が読んでいた小説というのは大江健三郎とか阿部公房とか、そういう人たちの作品なんですね。それには、いろいろコンプレックスだったり屈折していたり、悲しいことだったり困ったことだったり、というのがあって。それで作られるのが小説だと私は思っていたんですけれども、最近の小説ではそういうものを感じないですね。

――読み手にとっても、脳みそがねじられるような感じのものですか?


金田一秀穂氏: そうそう、そういうのがないの。やたらツルツルと読めちゃうんだけれども、退屈するんですよね。だから、すごく読むのに苦痛だったりする。どうしてそういうのがウケるのかな、分からない。

――考えなくていいからということでしょうか?




金田一秀穂氏: 要はみんな困っていないんでしょうね。以前は生きていくのがつらいとか、自分の存在自体が嫌だとか、そういう風なものがあったような気がするんですよ。でも、そういうことはもうあまり考えないんですね。肯定しちゃう。まず肯定、そこから入っていく。だから薄っぺらな感じがしちゃうんですよ。あること、言うこと、生きることに対する疑いというのか、そういうのがないのかなと思って。小説だけに限ったことですけれど、そんな感じがあるような気はします。

――問題提起して深く考えちゃうと、面倒臭いという感じでしょうか?


金田一秀穂氏: だからね、そういうのがごはんになって、おかずがあっていいんだろうけど、おかずばっかりみたいな気がしちゃうんですよ。おかずばっかり食べさせられているような気がして。言葉の使い方はね、上手なんですよ。でも、おかずばっかり食べていると飽きる。嫌になるんです。やっぱりごはんがほしいよね。ごはんを書く作家は、たまにいますけれども。でも、きっとあまりウケないんでしょうね。

――そういうような流れになってきているんでしょうか?


金田一秀穂氏: この時代が難しいんでしょうね。みんな、ごはんを見つけることが難しいという気がします。それは小説だけです。本自体はそんなに変わっていないんじゃないかな。それから、知識を大切にする。だからカタログ的な小説とか、マニュアル的な小説とかが多い。要するに情報を取りたいんだな。で、映画とかも情報ですよね、結局。例えば『フラガール』という映画を見る、要するにフラガールはどうやってなるのか、みたいな情報を知りたいと思って、みんな見ているわけでしょう。『Shall weダンス?』だって、ダンス教室ってどういうものかというのを知りたくて見ているわけですよ。あれはたぶん情報なんですよ。みんな情報を知りたがっている。でも情報なんかいらないって私は思うんです。

――では例えば映画の場合も、最新のものではない方が情報ではないものが多いですか?


金田一秀穂氏: ちょっと昔の方が、情報じゃあないんだよね。もう、ただ物語でしょう。そうすると、その方が逆に迫ってくるものがあることはありますよね。考えないといけないですからね。こちらも憂うつになってくるでしょう。みんな、考えるのは面倒臭いんでしょうね。答えを知りたがりますよね。「答えは何ですか」って学生たちが聞きますよ。私は「答えなんか出さないよ」って言っています。というか私自身も答えが分からないから学生に聞いていると私は思うんですけれども、学生は教師が出す質問は、みんな教師が答えを知っていると思っている(笑)。

著書一覧『 金田一秀穂

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