上野千鶴子

Profile

1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。シカゴ大学人類学部客員研究員、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学大学院客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞を受賞。おひとりさまの老後』(法研)など著書多数。東京大学大学院教を2011年退職し、現在はNPO法人 WAN理事長にとして、介護とケアの領域へと研究範囲を拡大。

Book Information

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紙の本の市場はシュリンクし、紙の本は「工芸品」として残る。でもそれを嘆いている暇はない



日本の社会学者であり、家族社会学、ジェンダー論、女性学のパイオニア、そして『おひとりさまの老後』などのベストセラー作家として活躍される上野さんに、読書について、電子書籍について思うことを伺いました。

筆者、研究者としての「読書」は主にデータベース読み。趣味として小説や漫画も読むがそちらは手元に残さない


――上野さんは書籍などの紙媒体のものを電子化していらっしゃると伺いました。どのようにされていらっしゃいますか?


上野千鶴子氏: 今、私のところも電子化を進めておりまして、山のようにある過去の業績をPDF化するという作業を着々と進めております。そのファイルをDropboxに入れて共有できるようにし、タイトルの検索をかければ直ちに紙面が出て来る状態になっています。ただしこういうことが可能なのは、すべてスペシャリストのサポートがあって、私に力量があるわけじゃない。私自身はIT弱者なんですが、スキルのあるスタッフにサポートしていただいています。

――1日のお仕事の流れはどのような感じでしょうか?


上野千鶴子氏: 日によって全然違いますね。ここはWAN(NPO法人ウィメンズアクションネットワーク)のオフィスと私の自宅を兼ねているんですが、こことは別に八ヶ岳のふもとに仕事場兼書庫を建てて、そこに本が置いてあります。執筆する仕事はそちらでやっています。それから隔週に一回のペースで立命館大学の大学院で特別招聘教授として教えているので、講義のために京都に定期的に移動しています。

――八ヶ岳の書庫の蔵書は、どれくらいありますか?


上野千鶴子氏: 数えたことがないです。一度目録を作ろうと思ったんですが、あまりの数に挫折しました(笑)。1年半前に東大を退職した時に、研究室を出なくてはならないので、書物を半分に減らしました。それでも60㎡の仕事部屋の壁面が全部、図書館みたいに書籍で床から天井まで埋まって、3列奥まで並んでいます。でも仕方ないですね、本は商売道具ですから。

書籍や資料の購入は紀伊國屋のブックプロか生協で一括購入する。


――普段、書籍を購入されるときというのは、どのように購入されてますか?


上野千鶴子氏: 大学に勤めていますと生協書籍部がありまして、1割引きなので全部、生協に注文していましたね。東大を辞めてからは紀伊国屋ブックプロ(紀伊國屋の法人や研究機関を専門とするWebサービス)を利用することが多いです。だからほぼ書店で本を買うとか、書店を徘徊する楽しみが無くなりました。そもそも、まず暇がない。書店が空いている時間に街を出歩く余裕がない(笑)。出歩いていても「じゃあ書店でしばらく時間をつぶそうか」という余裕がない。だから書店でまれに拾い物をするときがあるけれども、それよりも仕事上で入ってくるネット上の情報とか、書評や献本の方がはるかに多いですね。書店で時間をつぶす楽しみがなくなったのは哀しいです。最近は書店もずいぶん、変わったようですが。

―― どんなところが変わったとお思いますか?


上野千鶴子氏: 昔と比べれば、書店が全体に雑貨屋化したという感じ。それに評判のよい書店はどこも専門特化していますね。ジュンク堂なんかは専門書の品揃えがすごく良くて、信頼度がありますが、もう今は本を見て手に取って買う時代じゃないですからね。それに私たちのような研究者は、本が「好き」なのではなく、本が「必要」な職業の人間なので、好きで買うわけじゃない。

―― それはどのようなことなんでしょうか?


上野千鶴子氏: 見て読んで買うというよりも、著者とタイトルの情報で買いますから。私たちのような業界人の読書行動は一般化できないと思います。ただ出版社、編集者、研究者といった業界の人は確実にいますからね。こういう職業の人たちは、情報が目当てで、本をつまらないことを確認するために読んだりするんです(笑)。もはや読書の快楽のために読むわけじゃない。

上野千鶴子流「ちぎり読み」「データベース読み」はこれだ!


―― よい本、悪い本というのは開いた瞬間にわかるものでしょうか?


上野千鶴子氏: それは著者によってありますね。著者の力量は読めば大体、わかりますね。だけど、この著者のものは一通り読むという場合でも、出来・不出来があるから、本によって力の入り方の違いもあります。私たちの本の読み方は「データベース読み」(本の中身を検索して部分的に読むという読み方)ですから、本を一冊、丸々読むということがないんです。資料として研究室に山のようにある本を、ビジターや学生が目を丸くして、「先生、これ全部お読みになったんですか?」という質問をよくされますが(笑)、全部読んでいたら人生がいくつあっても時間が足りません。本を読む時にまず何をやるかというと、目次をジーっと見ます。目次を見たら内容が大体わかる。それから、あとがきを先に読みます。まえがきはその次です。

――まえがきよりも、あとがきが先なんですね。


上野千鶴子氏: あとがきが先です。で、それから目次の中の引っかかるところを読む。だからほぼデータベース読みですね。もしその部分が面白ければ、その前後に戻る。順序不同に読んで、本当に面白い本は、気が付けば最後まで読んでいる。そういうものです。でも、気が付けば最後まで読んでいるという本は、年間にそんなに多くないですね。そういう本に出会うと本当に読書の快楽を味わったという気分がします。

―― とはいっても常人から比べると大変な数になると思うんですけれども。


上野千鶴子氏: だからもう本当に、食いちぎるような読み方をバーッとするんですよ。だからストーリーラインを時系列で追わなければならないような小説を読むときには時間を食って困ります。小説は、好きな作家がいるからそこそこ読みます。でも、好きな作家でもコレクションはしません、そうでないとたまる一方だから。まれなケースはあって、いくつかフェチな好みの人の本は置いてありますけど。

読書は「生活習慣」。たった一冊が「人生を変える」なんて信じない


――上野先生の、人生を変えた一冊というのはございますか?


上野千鶴子氏: 聞かれて一番イヤなのが、「あなたの人生を変えた一冊」というような質問。そういう質問には、全部、コメントを断ってます。本一冊で人生が変わるなんてあり得ない。読書というのは、人生を作るというよりは、たんなる生活習慣なんです(笑)。アディクションの一種ですね。スキがあれば活字を見ている。トイレに行くときにも何か読む物を持たずに入れないし(笑)。

――本が好きな人は本当に、「人生がこの一冊で変わりました」とおっしゃる方が多いかと思いますが。


上野千鶴子氏: わたしの場合は違います、生活習慣なんです。一種の文字中毒みたいなものだと思いますね。本がないと生きていけないというか。

―― 電子書籍の利用などはなさいますか?


上野千鶴子氏: 今の所はありません。私は残念ながら電子書籍に関心がもてません。なぜかと言ったら、本を読むというのは、すごく身体化された生活習慣だと思うんです。私は今、NPOでウィメンズアクションネットワークというWeb事業をやっていますけど、デジタル・ディバイド(情報格差:ITを使いこなせる者と使いこなせない者の間の世代間格差を言う)でいうと、上の世代に属します。メディアってやっぱりメディアとメッセージがセットで進化してきているんですね。物心ついてから40年間ずっと情報の受信と発信をやって来ていますが、その間にメディア環境は長足の技術革新を遂げました。その変化に身体的な習慣が追いついていません。

――40年の間にですね。


上野千鶴子氏: 私たちの時代はガリ版、青焼き、リソグラフと進化して、やっとコピー機が登場し、それからワープロが出て、パソコンになって今日を迎えているわけです。プレゼンテーションだって、最初は印刷して資料を出していたのを、OHPがOHCになって、PowerPointに来たわけですね。それを全部独学でついてきたから大変でした。でも、書くことは完全にデジタル化しました。今は50字の推薦文もパソコンなしでは書けません。でも「読む」ということは身体の生活習慣なんですね。メールが来て、添付ファイルがついてくると、私はそれをスクリーン上で読むということができないんです。結局プリントアウトするのでペーパーレスにならない。あと、もう一つ身体化された生活習慣としては、私のような、コメントとか批評とか、読みながら次の作業のための仕込みをやる人間にとっては、「どんな本も赤ペンなしに読めない」んです(笑)。これはとっても困った生活習慣で、他人の本にもつい赤を入れてしまう(笑)。本を、借りて読まずに買って読むというのは、やっぱり「本を汚して読む」という生活習慣がやめられないから。そして、人の本を読むと校正したくなるとか、間違ったところをチェックしたくなる。デジタル・テクノロジーが高度になれば、ますますアナログ化するはずで、アナログ化しないのはまだ電子技術がローテクな証拠だと思いますが、人間の頭はアナログだから、デジタル・テクノロジーの変化のスピードに追い付かないんです。

著書一覧『 上野千鶴子

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