対面で得られる情報が100とすると、写真は1もない
―― 一般の人も、「似ている」と人に言われる絵が描けるようになったら気持ちいいでしょうね。
小河原智子氏: 似顔絵が描けるようになって、人にプレゼントしたりすると、「ブログに使わせて」とか、「Facebookに使わせて」と言われるようになることもあるようですね。
――TwitterやFacebook、個人ブログなど、一般の方が顔を含めて個人を前面に出す場面がどんどん増えると、似顔絵の需要も増えますよね。
小河原智子氏: Facebookはアルバムとかがあって、色々な写真が見えたりしますよね。その中にはよく撮れすぎてている写真とか、逆に変顔もありますが、総合してこういう人ですと表す似顔絵のほうが、その人らしさが出るような気がしますよね。似顔絵捜査官の方が、犯罪捜査も1 枚の写真より、何となくのイメージの似顔絵のほうが捕まえやすいことがあるというのをお聞きしたことがあります。1枚の写真だと、光と影で、「奇跡の1枚」が撮れちゃいますよね(笑)。いろんな顔をする時はあるけど、この人ってこんな感じっていう何となくゆるい感じが似顔絵なのかなって思っていますね。
――ということは、似顔絵は写真からより、対面のほうが描きやすいということでしょうか?
小河原智子氏: いろいろな角度から、雰囲気、声まで全部わかるので、私にとってはもちろん対面が1番いいですね。対面が100の情報がもらえるとしたら、写真は1もないくらいです。いや、もうゼロって言いたいぐらい(笑)。そうすると始まらないから1と言うけど。だから、写真も何枚か欲しいし、動画があれば動画のほうがいいけれど、やはり会うのが一番ですよね。でもそうはいかないこともあるでしょう。例えば、遠くにおばあちゃんが住んでいて、なかなか会えないけど描いてあげたいという時もあると思います。そういう時は、知り得るかぎりの情報を反映しますよね。優しいおばあちゃんということであれば、表情は笑った時のお顔で、目を細くして垂れ気味にしたり。
――プロの場合、写真だけで描かなければいけない場面や、初対面の人をいきなり描くことも多いと思いますが、どのようなことを心がけていますか?
小河原智子氏: 有名人は写真からがほとんどですけれども、有名人の場合色々なところに情報がありますので、それを考慮して描いています。あとは、例えば初めて会った人が誰々に似ているなぁと思うことがありますよね。そういうのって、分類ができたということなんですよ。似たもの同士を一つのお部屋に入れることができたということなんですよね。そういう、今まで見てきた人たちの顔の積み重ねを大切にしています。
例えば小学校2年生の女の子だとしたら、女の子同士の顔ってすごく区別がつくんですよ。それは普段から「あの子はかわいいなぁ」とかお互いに気になっているからですね。でもそのお父さんの顔とかは、あんまり識別ができないんです。情報量も少ないし、そもそもお父さんの顔に対しての興味も少ない(笑)。AKBとかジャニーズとか、新しく出てきた若い方の区別は最初できないですよね。でも好きになったり興味が出てくると、一人一人全然違うじゃない!って思い始める時があります。それはやっぱり好きという気持ちや、情報とかが乗って、お部屋に入れ込むことができたっていうことになるんですよね。
対面の似顔絵はライブ、「驚き」が作品を紡ぎ出す
――小河原さんは今まで、有名人、一般の方含め、どれぐらいの人の顔を描かれているんでしょうか?
小河原智子氏: 15万人ぐらいじゃないですかね。うんと昔に数えた時に13万だったので、たぶん15万ぐらいいっていると思います。
――すごい数ですね。と、いうことは小河原さんの頭の中では15万人分のデータベースがお部屋ごとに分類されているんですね。
小河原智子氏: そうなんでしょうね。最初のころはあんまりそういう意識じゃなかったんだけど、だんだんそういう意識になってきて、ああ、あっちに入れたりこっちに入れたり、振り分けているんだなと思うようになりました。
――対面で描く場合、どれぐらいのお時間で描くことができるのでしょうか?
小河原智子氏: 10分かそれぐらいですね。
――その間に色々な情報を引き出すのは大変そうですね。
小河原智子氏: ファッションやメイクとか、座り方とかにも情報はありますし、おとなしそう、元気そうとか、イメージを膨らませていくようにしています。
――情報を引き出すために、会話をされたりもしますか?
小河原智子氏: すごく話します。口の形や表情を知りたいというのもありますから。工藤静香さんはつんとした細めの美人なのに、笑うとくしゃっとなって、全然違いますよね。だからなるべく、笑ってもらったり表情を動かして確かめたいんですよね。この顔がこうなるの?っていう、驚きの瞬間は必要です。すごい怖い感じの男の人が、ちょっと話すと、緊張しているんだということがわかって、絵を描いてもらうだけでこのごつい人が緊張していたんだと思うと、何か愛らしく思って描いていくとか。そういう一連の心の動きがあるほうが、自分でも飽きないですしね。
――相手の動きや感情に呼応しながら表現する、いわばジャズのセッションのようですね。
小河原智子氏: そうそう。そういう感じですよね。それができる人がライブの似顔絵がいいのを描いている気がします。うちの新人の人たちには、毎朝、感じることが大切だと言っているんです。朝起きたらすごい雨で出勤するのが憂うつになったとして,その気持ちをしっかり感じておけば、ショップにお客さんがいらした時に、ああ、こんな憂うつになるような大雨の日に来てくれたんだと思えて、心から「ありがとうございます」って言える。マニュアルで「こんにちは、いいお天気ですね」って言いなさいって教えていたら、そこまでになっちゃいますよね。だから毎朝、お天気で気持ちがよかったらそれでもいいし、雨で憂うつでもいいし、とにかくちゃんと感じることが似顔絵の第一歩だって言っているんです。
それがうまくいくと、時間をいいかんじで共有できて、ちょっと絵が今ひとつでも、楽しんでもらえるというおまけが付いてくるので(笑)。だから、緊張するとダメですね。自分が緊張したら相手にも響きます。いつも同じ気持ちでいるというのは、修行みたいなものだと思います。「TVチャンピオン」とかで描いた時は、優劣をつけるので、すごく緊張しちゃってうまく描けませんでした。愛情を持つ前に、勝ちたいという気持ちが先にきちゃったので、絵としてはよろしくない絵でした。あと、秋篠宮さまのお子さま、女の子お二人を描いた時も、めっちゃくちゃ緊張しちゃって、その時もうまく描けなくて、今描かせていただければもう少しうまく描けるだろうと思うんですが。
――それは緊張したでしょうね。ご対面して描かれたのですか?
小河原智子氏: 秋篠宮さまもいらして,紀子さまとお話ししながらでしたので、ものすごく緊張しました。私、その時ピンクとブルーの額を1個ずつ持っていって、「どっちがいい?」って聞いたんです。でもその場合、ピンク2枚とブルー2枚持っていくべきですよね。お二人ともピンクって言うこともあるわけですから。そうしたら下の女の子が、「お姉ちゃまはピンクが好きなのよね、私はブルーが好きなの」って助けてくれたの。助けたつもりはないんだろうけども、何かそれを聞いたら、緊張していた自分がバカみたいというか、もっと普通に「おばさん、ピンクと青しか持って来なかったの。どうしよう。」という接し方をすればいいのにと思いましたね。今はどんな人を描く時も、緊張しなくなってきたかな。
子どもができたことで、作品の幅が広がった
――どうしても描けない人もいるのではないですか?例えば、好きな人は描きたくなるというお話をされていましたが、どうしようもなく嫌いな人がいたり(笑)。
小河原智子氏: 政治家の方を描いていると色々あるんですけど、フラットな目線で描くという風にはしていますね。あと、モチベーションとして、人として好きだというところから描かないと、自分は描けないんですね。やっぱり政治家になったのは、世の中をよくしたいとか、そういう気持ちがベースにあるはずだっていう、ベーシックな愛情を持っていないと、描けないかな。一般の方を描く時には、自分も子どもを産んだ瞬間から、ああ、こんなにかわいいんだって思ったので、それから楽になっちゃいましたね。誰でも可愛い赤ちゃんの頃があったと思えば、嫌い、というのは特にないんです。
――お子さんが小河原さんの作品の幅を大きく変えてしまったのですね。
小河原智子氏: まわりの仲間が、「赤ちゃんって描きづらい」って言っていたんですよ。みんな同じ顔をしていると言っていたのね。でも自分が子供を産んだら,赤ちゃんでも一人一人顔が違うんだってハッキリわかりました。これも情報量が増えたということですね。猫を飼っている人は、猫の顔の違いってわかるでしょ。同じ種でも、うちの猫とあなたの猫は違うとわかる。それと同じで、私も子供を産んだら、うちの子とあの子は違うってハッキリわかりました(笑)。
――ペットは何か飼われていたりしますか?
小河原智子氏: 猫と犬を飼っていました。あとは、コイですね。だからコイの顔もわかるかな、少し(笑)。
――本当に好きになって描けば、描かれる相手も笑顔になるのではないですか?
小河原智子氏: なってくださることが多いですね(笑)
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