相手を好きになり、心を感じ取ることで作品は生み出される
小河原智子さんは、似顔絵を専門とするイラストレーター。新聞や雑誌、書籍など様々な媒体で作品が発表されています。また、人に「似ている」と思わせる似顔絵の特徴を分析した、独自のノウハウ "ポジション式似顔絵法”が人気を集め、テレビ出演、セミナー講師や本の執筆などでも幅広く活躍しています。小河原さんにとって「顔」を描くことはどのようなことなのでしょうか。当日は衆院選、東京都知事選の公示期間中。候補者の顔を描くお仕事が殺到する中、興味深いお話をたくさんお聞きしました。
「顔への興味」で人々が似顔絵を求め出した
――選挙戦の真っただ中ですが、今は政治家の似顔絵のお仕事が多いのではないですか?
小河原智子氏: そうですね。政治家さんだけで、泣き笑いとか色々な表情のものを入れると、何百人、千人近く描いていますね。都知事選の人たちが終わって、党首の方たちを全部描き終わったところです。
――今回の選挙は党首だけでも大変な人数になりますね(笑)。選挙など特別なイベントがない時は、主にどのようなお仕事をされていますか?
小河原智子氏: 読売新聞で、「顔ズーム」という有名人の似顔絵の描き方を連載させていただいて、またクイズ雑誌の間違い探しとか、雑誌・書籍の表紙などがイラストレーターとしての仕事です。あとは星の子プロダクションに所属していますので、星の子スクールという似顔絵スクールの講師ですね。通信教育もやっています。それと、うちの会社自体が都内に25カ所ぐらい似顔絵のショップを出しているものですから、そこの絵描きさんを教育したりしています。
――お台場などにあるショップですね。
小河原智子氏: お台場ですとアクアシティですね。あとサンリオピューロランドやサンシャイン60、八景島シーパラダイス、横浜ワールドポーターズ、そしてイオンモールでもたくさんの場所でやらせていただいています。
―― 一般の方の似顔絵を描く、常設のショップができたのは最近のことではないでしょうか?
小河原智子氏: 30年前ぐらいに、最初に似顔絵のショップを出したのはサンシャイン60なんですけど、その時は土日や夏休み、春休みくらいしかやっていなかったんですよ。観光地でちょっとしたお土産という感じで似顔絵を描くっていうものだったんですね。それがプリクラがはやったころから、何となく顔に興味が出てきたり、顔のことを話したりしても恥ずかしくないという雰囲気が出てきました。昔は顔のことについてなんだかんだ言うのは抵抗があったと思うんですけど、面白い顔も個性という感じになってきた。
そうなるとお土産じゃつまらない、自分をちゃんと描いてほしいとか、自分だけじゃなくプレゼントにしようという方が増えてきたようで、特に最近では、結婚式場のウエルカムボードを似顔絵で作る方が増えてきたりして、平日に営業しても採算が合うようになった気がしますね。
――「顔への興味」というのは非常に面白い分析ですね。昔とは大きく意識が変わっていますか?
小河原智子氏: 女の人が笑う時に、口に手を当てて、「オホホ」ってやっていた時代が大昔はあったんですよ。今は手で隠さずに笑えて、顔を出していけるという時代になってきたんだなぁと思いますね。
本気で何かに打ち込むと、そこに「顔」が見える
――新聞連載やご著書で、一般の方が似顔絵を描くためのノウハウを披露していますね。
小河原智子氏: 私、大学のころに版画をやっていたんですけど、その時にデビッド・ボウイさんとかマイケル・ジャクソンさんとかを版画で作っていたんです。それはただ好きだったから(笑)。たぶん、生まれて初めて描く似顔絵はお母さんだと思うんですけど、好きだから描くんだと思います。何かラブレターみたいだなぁという感じがあって、自分は似顔絵を仕事にしましたけど、仕事ではなく好きだから描きたいという人はたくさんいるんじゃないかと思ったんですね。それも似ないまま終わるよりは、やっぱり似て、絵として評価されたほうがいいんじゃないかなと思って、そのアドバイスをしたくて本を書いています。
――小河原さんの似顔絵のアドバイスでは、顔のパーツの「位置」が大事だとよくおっしゃっていますが、あらためてそのあたりのコツを教えてください。
小河原智子氏: 似顔絵を描く時に、つい目が一重か二重かとか、ほくろのあるなしなんかが気になっちゃうんですけど、それよりも遠くから見えてきた人を、「ああ、誰々さんだ」と識別しているのは、そういう細部ではなくて、目鼻などのパーツが顔のどの辺にまとまっているかのポジションなんですね。ですからそのまとまり方の癖をいくつかのパターンに分けてとらえていくことで、もう似させる事ができるようになっちゃうんですよ。
――小河原さんの「ポジション式似顔絵」の理論は、意外なところで応用されています。例えば公認会計士の岩谷誠治さんは、貸借対照表に顔を描くという分析方法を考案していますが、このアイデアは小河原さんの本を参考にされて考えられたそうです。
小河原智子氏: ああ、そうそう。顔だっておっしゃっていましたね。顔って私たちにとってすごく身近で、黒いものが二つあったらそれが目になって顔に見えちゃうんです。よく、木の節とか天井の木目とかが顔に見えちゃったりしますよね。貸借対照表も色を塗ったりしたら、笑っているとか、怒っているとか見られるんでしょうね。そして顔に見えた時点ですごく身近なものになるんですね。あと本気で何かに打ち込んでいる人たちは、ある一瞬自分の打ち込んでいる対象が顔に見えたりすると思いますよ。車のデザイナーさんはやはり車の正面が顔に見えるとおっしゃっていました。
対面で得られる情報が100とすると、写真は1もない
―― 一般の人も、「似ている」と人に言われる絵が描けるようになったら気持ちいいでしょうね。
小河原智子氏: 似顔絵が描けるようになって、人にプレゼントしたりすると、「ブログに使わせて」とか、「Facebookに使わせて」と言われるようになることもあるようですね。
――TwitterやFacebook、個人ブログなど、一般の方が顔を含めて個人を前面に出す場面がどんどん増えると、似顔絵の需要も増えますよね。
小河原智子氏: Facebookはアルバムとかがあって、色々な写真が見えたりしますよね。その中にはよく撮れすぎてている写真とか、逆に変顔もありますが、総合してこういう人ですと表す似顔絵のほうが、その人らしさが出るような気がしますよね。似顔絵捜査官の方が、犯罪捜査も1 枚の写真より、何となくのイメージの似顔絵のほうが捕まえやすいことがあるというのをお聞きしたことがあります。1枚の写真だと、光と影で、「奇跡の1枚」が撮れちゃいますよね(笑)。いろんな顔をする時はあるけど、この人ってこんな感じっていう何となくゆるい感じが似顔絵なのかなって思っていますね。
――ということは、似顔絵は写真からより、対面のほうが描きやすいということでしょうか?
小河原智子氏: いろいろな角度から、雰囲気、声まで全部わかるので、私にとってはもちろん対面が1番いいですね。対面が100の情報がもらえるとしたら、写真は1もないくらいです。いや、もうゼロって言いたいぐらい(笑)。そうすると始まらないから1と言うけど。だから、写真も何枚か欲しいし、動画があれば動画のほうがいいけれど、やはり会うのが一番ですよね。でもそうはいかないこともあるでしょう。例えば、遠くにおばあちゃんが住んでいて、なかなか会えないけど描いてあげたいという時もあると思います。そういう時は、知り得るかぎりの情報を反映しますよね。優しいおばあちゃんということであれば、表情は笑った時のお顔で、目を細くして垂れ気味にしたり。
――プロの場合、写真だけで描かなければいけない場面や、初対面の人をいきなり描くことも多いと思いますが、どのようなことを心がけていますか?
小河原智子氏: 有名人は写真からがほとんどですけれども、有名人の場合色々なところに情報がありますので、それを考慮して描いています。あとは、例えば初めて会った人が誰々に似ているなぁと思うことがありますよね。そういうのって、分類ができたということなんですよ。似たもの同士を一つのお部屋に入れることができたということなんですよね。そういう、今まで見てきた人たちの顔の積み重ねを大切にしています。
例えば小学校2年生の女の子だとしたら、女の子同士の顔ってすごく区別がつくんですよ。それは普段から「あの子はかわいいなぁ」とかお互いに気になっているからですね。でもそのお父さんの顔とかは、あんまり識別ができないんです。情報量も少ないし、そもそもお父さんの顔に対しての興味も少ない(笑)。AKBとかジャニーズとか、新しく出てきた若い方の区別は最初できないですよね。でも好きになったり興味が出てくると、一人一人全然違うじゃない!って思い始める時があります。それはやっぱり好きという気持ちや、情報とかが乗って、お部屋に入れ込むことができたっていうことになるんですよね。
対面の似顔絵はライブ、「驚き」が作品を紡ぎ出す
――小河原さんは今まで、有名人、一般の方含め、どれぐらいの人の顔を描かれているんでしょうか?
小河原智子氏: 15万人ぐらいじゃないですかね。うんと昔に数えた時に13万だったので、たぶん15万ぐらいいっていると思います。
――すごい数ですね。と、いうことは小河原さんの頭の中では15万人分のデータベースがお部屋ごとに分類されているんですね。
小河原智子氏: そうなんでしょうね。最初のころはあんまりそういう意識じゃなかったんだけど、だんだんそういう意識になってきて、ああ、あっちに入れたりこっちに入れたり、振り分けているんだなと思うようになりました。
――対面で描く場合、どれぐらいのお時間で描くことができるのでしょうか?
小河原智子氏: 10分かそれぐらいですね。
――その間に色々な情報を引き出すのは大変そうですね。
小河原智子氏: ファッションやメイクとか、座り方とかにも情報はありますし、おとなしそう、元気そうとか、イメージを膨らませていくようにしています。
――情報を引き出すために、会話をされたりもしますか?
小河原智子氏: すごく話します。口の形や表情を知りたいというのもありますから。工藤静香さんはつんとした細めの美人なのに、笑うとくしゃっとなって、全然違いますよね。だからなるべく、笑ってもらったり表情を動かして確かめたいんですよね。この顔がこうなるの?っていう、驚きの瞬間は必要です。すごい怖い感じの男の人が、ちょっと話すと、緊張しているんだということがわかって、絵を描いてもらうだけでこのごつい人が緊張していたんだと思うと、何か愛らしく思って描いていくとか。そういう一連の心の動きがあるほうが、自分でも飽きないですしね。
――相手の動きや感情に呼応しながら表現する、いわばジャズのセッションのようですね。
小河原智子氏: そうそう。そういう感じですよね。それができる人がライブの似顔絵がいいのを描いている気がします。うちの新人の人たちには、毎朝、感じることが大切だと言っているんです。朝起きたらすごい雨で出勤するのが憂うつになったとして,その気持ちをしっかり感じておけば、ショップにお客さんがいらした時に、ああ、こんな憂うつになるような大雨の日に来てくれたんだと思えて、心から「ありがとうございます」って言える。マニュアルで「こんにちは、いいお天気ですね」って言いなさいって教えていたら、そこまでになっちゃいますよね。だから毎朝、お天気で気持ちがよかったらそれでもいいし、雨で憂うつでもいいし、とにかくちゃんと感じることが似顔絵の第一歩だって言っているんです。
それがうまくいくと、時間をいいかんじで共有できて、ちょっと絵が今ひとつでも、楽しんでもらえるというおまけが付いてくるので(笑)。だから、緊張するとダメですね。自分が緊張したら相手にも響きます。いつも同じ気持ちでいるというのは、修行みたいなものだと思います。「TVチャンピオン」とかで描いた時は、優劣をつけるので、すごく緊張しちゃってうまく描けませんでした。愛情を持つ前に、勝ちたいという気持ちが先にきちゃったので、絵としてはよろしくない絵でした。あと、秋篠宮さまのお子さま、女の子お二人を描いた時も、めっちゃくちゃ緊張しちゃって、その時もうまく描けなくて、今描かせていただければもう少しうまく描けるだろうと思うんですが。
――それは緊張したでしょうね。ご対面して描かれたのですか?
小河原智子氏: 秋篠宮さまもいらして,紀子さまとお話ししながらでしたので、ものすごく緊張しました。私、その時ピンクとブルーの額を1個ずつ持っていって、「どっちがいい?」って聞いたんです。でもその場合、ピンク2枚とブルー2枚持っていくべきですよね。お二人ともピンクって言うこともあるわけですから。そうしたら下の女の子が、「お姉ちゃまはピンクが好きなのよね、私はブルーが好きなの」って助けてくれたの。助けたつもりはないんだろうけども、何かそれを聞いたら、緊張していた自分がバカみたいというか、もっと普通に「おばさん、ピンクと青しか持って来なかったの。どうしよう。」という接し方をすればいいのにと思いましたね。今はどんな人を描く時も、緊張しなくなってきたかな。
子どもができたことで、作品の幅が広がった
――どうしても描けない人もいるのではないですか?例えば、好きな人は描きたくなるというお話をされていましたが、どうしようもなく嫌いな人がいたり(笑)。
小河原智子氏: 政治家の方を描いていると色々あるんですけど、フラットな目線で描くという風にはしていますね。あと、モチベーションとして、人として好きだというところから描かないと、自分は描けないんですね。やっぱり政治家になったのは、世の中をよくしたいとか、そういう気持ちがベースにあるはずだっていう、ベーシックな愛情を持っていないと、描けないかな。一般の方を描く時には、自分も子どもを産んだ瞬間から、ああ、こんなにかわいいんだって思ったので、それから楽になっちゃいましたね。誰でも可愛い赤ちゃんの頃があったと思えば、嫌い、というのは特にないんです。
――お子さんが小河原さんの作品の幅を大きく変えてしまったのですね。
小河原智子氏: まわりの仲間が、「赤ちゃんって描きづらい」って言っていたんですよ。みんな同じ顔をしていると言っていたのね。でも自分が子供を産んだら,赤ちゃんでも一人一人顔が違うんだってハッキリわかりました。これも情報量が増えたということですね。猫を飼っている人は、猫の顔の違いってわかるでしょ。同じ種でも、うちの猫とあなたの猫は違うとわかる。それと同じで、私も子供を産んだら、うちの子とあの子は違うってハッキリわかりました(笑)。
――ペットは何か飼われていたりしますか?
小河原智子氏: 猫と犬を飼っていました。あとは、コイですね。だからコイの顔もわかるかな、少し(笑)。
――本当に好きになって描けば、描かれる相手も笑顔になるのではないですか?
小河原智子氏: なってくださることが多いですね(笑)
劇場で見た川端康成の目がずっと心に残っている
――子どものころから、絵を描くのはお好きだったのでしょうか?
小河原智子氏: 子どものころはおとなしくて、折り紙が好きで、「ここで待っていなさい」と言われるとずっと折り紙をしながら待っているような感じの子どもでした。おじいちゃんとかおばあちゃんが、私がおとなしいので、野球でも落語でも演劇でも色々なところに連れていってくれて、そこで衝撃を受けた景色を、何回も何回も暇な時に思い出しているのが好きで、それが絵を描くきっかけになっていったんだと思います。
――どのような情景が印象に残っていますか?
小河原智子氏: 演劇だと三島由紀夫さんの「癩王のテラス」っていう演目があって、見たのは小学生ぐらいだったと思うんですけれども、ハンセン病になった王様がどう生きていくかみたいな話なんですが、セットのアンコールワットの仏像のお顔の映像とかを覚えています。その時に、ロビーで川端康成さんをお見かけしたんですが、鷹みたいなすごい目で睨まれた衝撃も覚えています。あまりの衝撃に、その顔を何かカメラで「カシャッ」とするように記憶しちゃったんです。ちょっと後に、教科書か何かの本で見た時に、「あの人だ!」って、それが川端康成さんだってわかったんですね。まだ似顔絵を描いていたわけではないけど、「カシャッ」って、色々な顔を覚えていたことは確かで、おじいちゃんに演芸場に連れていってもらって、Wけんじさんなんかの顔も「カシャッ」(笑)。面白いと思った顔は覚えていたのね。
その後、小学校の5年生ぐらいの時に、買い物に行った母を待つ間、現代美術全集か何かのパウル・クレーの画集を本屋さんでパラパラって見ていたら、中に「哀れな天使」という作品があって、天使って完全な形だと思っていたのに、哀れな天使だからすごく不完全な形なのね。ちょっと怖いくらい不完全の哀れさにすごいショックを受けちゃって、涙が出てきた。ずっと泣いていたら、母が戻ってきて、取りあえず本を買ってくれました。それからとにかくクレーが好きになっちゃって、絵を描こうと思ったのですが、風景とかには全然興味がなくて、やっぱり顔を描いたりしていたんですよね。
――とても感受性の強いお子さんだったんですね。
小河原智子氏: そうですね。あのころが一番強くて、その後どんどん衰えていきました(笑)。息子も5歳くらいの時が感受性が強いというか、感性が絶妙でいい絵を描いていたんですが、小学校に入ったらちょっと普通になっていったかな。そういえば息子が描いた私の絵は、赤いクレヨンで激しい勢いで描いてあったんで、いつも怒っているからかなぁと思って、ちょっとだけ不安だったんですが、「何で赤で描いたの?」って聞いたら、「赤が一番好きな色だから」って言ったので、ああ、よかった、いつも怒っているからじゃなくて(笑)って。
電子書籍は、「人」次第で可能性は無限大
――本もお好きだったのではないですか?
小河原智子氏: はい。詩が好きでした。あ、そうだ、高村光太郎の『智恵子抄』(新潮文庫)を、近所の樋口君っていう男の子のお母さんが引っ越す時に私にくれたんです(笑)。引っ越す時に、誰かに何か置いていくじゃない。樋口君は絶対読まないから、お母さんが読んでいたんだと思うんですが、『智恵子抄』を読むと、智恵子がレモンをかむと、「トパアズいろの香気が立つ」という表現があって、レモンなのにトパーズ色の香気って、またショックを受けた。何か、異なるものを一緒にするような表現に、ショックを受けるんだなと感じて、高村光太郎さんは彫刻家ですが、「ああ、相反することがあると、人はモノを作るしかなくなるんだなぁ」と感じたんです。小説とか詩集とか、図書室の本で読みたい本は全部読んだと思います。
先ほどの川端康成さんを読んで、三島由紀夫さんを読んだのは中学生ぐらいの時だと思います。そのためか、絵と詩、言葉と絵が関係するというのが自分にはありますね。「思い出の一言があったら入れましょうか?」とか言いたくなっちゃうんですよ。絵と言葉と両方あったほうがいいんじゃないかなと思うことがありますね。
――小河原さんは電子書籍はご利用になっていますか?
小河原智子氏: まだ、電子書籍で読むというのはないですね。でも以前、任天堂のDSで似顔絵を描くソフトのハウツウ本を作っている時に、DSを持ち歩いていたんです。それで旅行に行く時に、上下巻の読み終わりそうな小説を持っていくのがイヤで、息子が持っていた100冊くらい入った文学全集のソフトを持っていって行ったんです。ホテルのベッドで冒頭だけ何冊も読んでから、その時の気分だった芥川龍之介の『奉教人の死』を読んだんですが、本屋さんへ行かなくても、今読みたい本を読めるのは気持ちいいなぁと思いましたね。
――電子書籍の可能性についてはどのようにお考えでしょうか?
小河原智子氏: 可能性は無限ですが、人次第でしょうね。私はイベントで描く以外は、似顔絵イラストは全部パソコンで描いて納品しているんです。うちの会社の社長は、十何年前、パソコンが大好きでドンドン買っていたんですけど、「パソコンでこういう事ができるんだ」くらいで終わっていたのね。それで、値段を聞くとすごく高いから、もったいないと思って私が使ってみたら、やりたいと思っていた色々なことができた。私自身は、FAXを送るのも、「どうやるの?」って聞くぐらい機械が苦手なタイプですけれども、おもしろい表現ができるのがうれしくて、難しかったけど勉強しました。そうしたら表現の幅が広がったこともあるし、似させるために修正をする作業がものすごくにラクになり似度のアベレージがだいぶ上がりました。だから電子書籍という新しくできたモノは人がどう使うかによって可能性は無限で、またどういう角度で広がっていくかも、人が決めるというか、作っていくんだと思っています。
皆さんのお顔をお借りしているので、借りを返したい
――小河原さんご自身の本について、これから書いてみたいテーマはありますか?
小河原智子氏: 似顔絵の通信教育をやっていたら、「もう一歩なんだけど似ない」という人が多かったので、その一歩が何かを言ってあげたいと思って本を作ってきたんですけれども、それは自分にとって、そういう本がなかったから作ったんですよね。それで、今ないなと思っているのは、似顔絵の中で錯視というものがあるんですよ。例えば同じ鼻の長さでも、まゆげが上がっていたら鼻は長く見えるんです。そのような錯覚にだまされちゃう人のほうが、似顔絵がうまい、デフォルメができる人だと思っているんです。その錯覚に焦点を当てた本を考えています。あとやってみたいのが、肖像画って古今東西いっぱいありますよね。たとえば、渡辺崋山の「鷹見泉石像」とか、大昔の人を描いているから、写真と見比べることができなくて似ているか似ていないかわからないですよね。でも、うまく言えないけど、「鷹見泉石像」は似ているだろうなと思うんです。それがなぜなのかを、「似ているって何?」という感覚を通して書いてみたいですね。
今、歴史上の人物の顔を何人も描く仕事をしています。武将とかを描くんですけど、例えば北条早雲は、亡くなって一番近い時に作られた掛け軸なんかが一番参考になると思っていて、それを見て私が現代の誰々に似ていると思ったら、その人の写真を見ながら北条早雲を描くというようなことをやっているんです。実際の顔がわからなくても似顔絵は描けるんじゃないかと考えたりしています。描いても誰も反論もできないだろうし(笑)。
――似顔絵であって似顔絵でないような、新しい表現形態が出来上がりそうですね。
小河原智子氏: そうですね。似顔絵をやり始めて、まだみんながやっていないことがあるのがわかるようになったので、それをやりたいという感じです。作品としては、似・顔・絵の、「絵」の部分をもっと大きくしていきたいと思っています。今までは皆さんのお顔を借りて描いていたけど、その借りを返したいと言うか、借りてばっかりじゃなくて、表現する側に回ってみたいですね。今は「FREE」というタイトルで、自由のために、人事を尽くした人たちの顔を描いていきたいと思っていて、例えばダライ・ラマさんとかアウンサン・スーチーさんを描いた時に、あの人たちが真剣に何をしたかったかというのを感じながら描きたいと思っています。色々な人、一般の人に近い人もいていいと思う。「この人、自由のためにがんばっているな」と思える人を見つけて、自分が感じるところがあったら、その人にお願いして、モデルになってもらって、描きたいなぁと思っています。そしていつか画集を出したいというのは大きい夢ですね。
また今年は4月に国立のギャラリーで個展があります。「人の顔はひとつではない」というテーマで、例えば,安倍晋三の何年か前の首相退陣時の顔と今回の首相就任時の顔、そしてまた錯視を使って、一枚の絵の中に近くで見るとスリラーの時のマイケル、遠くで見るとジャクソン5の時のマイケルというように、一人のモデルにつき二つの似顔絵で構成展示することによって、似顔絵の面白さと共に、変化しつづける動的なモチーフとしての顔自体の面白さも感じてもらえたらと思い、ただいま製作中です。
(聞き手:沖中幸太郎)
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