小河原智子

Profile

東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。1996年National Caricature Network(現ISCA)の全米似顔絵コンテスト優勝。テレビ東京の「TVチャンピオン」全国似顔絵選手権において初代似顔絵チャンピオン、読売新聞似顔絵大賞を受賞など、多くの功績を残している。現在、読売新聞契約似顔絵作家、東京近郊に二十数か所の似顔絵ショップを持つ株式会社星の子プロダクション取締役を務める。NHK「ためしてガッテン」「趣味悠々」のほかTV・、新聞・雑誌などで活躍中。現在までに10万人以上のお客様の似顔絵を描いている。著書に「小河原智子のだれでもカンタン!『ポジション式』似顔絵入門」「似顔絵があっというまに描ける本」ほか多数。

Book Information

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劇場で見た川端康成の目がずっと心に残っている


――子どものころから、絵を描くのはお好きだったのでしょうか?


小河原智子氏: 子どものころはおとなしくて、折り紙が好きで、「ここで待っていなさい」と言われるとずっと折り紙をしながら待っているような感じの子どもでした。おじいちゃんとかおばあちゃんが、私がおとなしいので、野球でも落語でも演劇でも色々なところに連れていってくれて、そこで衝撃を受けた景色を、何回も何回も暇な時に思い出しているのが好きで、それが絵を描くきっかけになっていったんだと思います。

――どのような情景が印象に残っていますか?


小河原智子氏: 演劇だと三島由紀夫さんの「癩王のテラス」っていう演目があって、見たのは小学生ぐらいだったと思うんですけれども、ハンセン病になった王様がどう生きていくかみたいな話なんですが、セットのアンコールワットの仏像のお顔の映像とかを覚えています。その時に、ロビーで川端康成さんをお見かけしたんですが、鷹みたいなすごい目で睨まれた衝撃も覚えています。あまりの衝撃に、その顔を何かカメラで「カシャッ」とするように記憶しちゃったんです。ちょっと後に、教科書か何かの本で見た時に、「あの人だ!」って、それが川端康成さんだってわかったんですね。まだ似顔絵を描いていたわけではないけど、「カシャッ」って、色々な顔を覚えていたことは確かで、おじいちゃんに演芸場に連れていってもらって、Wけんじさんなんかの顔も「カシャッ」(笑)。面白いと思った顔は覚えていたのね。

その後、小学校の5年生ぐらいの時に、買い物に行った母を待つ間、現代美術全集か何かのパウル・クレーの画集を本屋さんでパラパラって見ていたら、中に「哀れな天使」という作品があって、天使って完全な形だと思っていたのに、哀れな天使だからすごく不完全な形なのね。ちょっと怖いくらい不完全の哀れさにすごいショックを受けちゃって、涙が出てきた。ずっと泣いていたら、母が戻ってきて、取りあえず本を買ってくれました。それからとにかくクレーが好きになっちゃって、絵を描こうと思ったのですが、風景とかには全然興味がなくて、やっぱり顔を描いたりしていたんですよね。

――とても感受性の強いお子さんだったんですね。


小河原智子氏: そうですね。あのころが一番強くて、その後どんどん衰えていきました(笑)。息子も5歳くらいの時が感受性が強いというか、感性が絶妙でいい絵を描いていたんですが、小学校に入ったらちょっと普通になっていったかな。そういえば息子が描いた私の絵は、赤いクレヨンで激しい勢いで描いてあったんで、いつも怒っているからかなぁと思って、ちょっとだけ不安だったんですが、「何で赤で描いたの?」って聞いたら、「赤が一番好きな色だから」って言ったので、ああ、よかった、いつも怒っているからじゃなくて(笑)って。

電子書籍は、「人」次第で可能性は無限大


――本もお好きだったのではないですか?


小河原智子氏: はい。詩が好きでした。あ、そうだ、高村光太郎の『智恵子抄』(新潮文庫)を、近所の樋口君っていう男の子のお母さんが引っ越す時に私にくれたんです(笑)。引っ越す時に、誰かに何か置いていくじゃない。樋口君は絶対読まないから、お母さんが読んでいたんだと思うんですが、『智恵子抄』を読むと、智恵子がレモンをかむと、「トパアズいろの香気が立つ」という表現があって、レモンなのにトパーズ色の香気って、またショックを受けた。何か、異なるものを一緒にするような表現に、ショックを受けるんだなと感じて、高村光太郎さんは彫刻家ですが、「ああ、相反することがあると、人はモノを作るしかなくなるんだなぁ」と感じたんです。小説とか詩集とか、図書室の本で読みたい本は全部読んだと思います。

先ほどの川端康成さんを読んで、三島由紀夫さんを読んだのは中学生ぐらいの時だと思います。そのためか、絵と詩、言葉と絵が関係するというのが自分にはありますね。「思い出の一言があったら入れましょうか?」とか言いたくなっちゃうんですよ。絵と言葉と両方あったほうがいいんじゃないかなと思うことがありますね。

――小河原さんは電子書籍はご利用になっていますか?


小河原智子氏: まだ、電子書籍で読むというのはないですね。でも以前、任天堂のDSで似顔絵を描くソフトのハウツウ本を作っている時に、DSを持ち歩いていたんです。それで旅行に行く時に、上下巻の読み終わりそうな小説を持っていくのがイヤで、息子が持っていた100冊くらい入った文学全集のソフトを持っていって行ったんです。ホテルのベッドで冒頭だけ何冊も読んでから、その時の気分だった芥川龍之介の『奉教人の死』を読んだんですが、本屋さんへ行かなくても、今読みたい本を読めるのは気持ちいいなぁと思いましたね。

――電子書籍の可能性についてはどのようにお考えでしょうか?


小河原智子氏: 可能性は無限ですが、人次第でしょうね。私はイベントで描く以外は、似顔絵イラストは全部パソコンで描いて納品しているんです。うちの会社の社長は、十何年前、パソコンが大好きでドンドン買っていたんですけど、「パソコンでこういう事ができるんだ」くらいで終わっていたのね。それで、値段を聞くとすごく高いから、もったいないと思って私が使ってみたら、やりたいと思っていた色々なことができた。私自身は、FAXを送るのも、「どうやるの?」って聞くぐらい機械が苦手なタイプですけれども、おもしろい表現ができるのがうれしくて、難しかったけど勉強しました。そうしたら表現の幅が広がったこともあるし、似させるために修正をする作業がものすごくにラクになり似度のアベレージがだいぶ上がりました。だから電子書籍という新しくできたモノは人がどう使うかによって可能性は無限で、またどういう角度で広がっていくかも、人が決めるというか、作っていくんだと思っています。

皆さんのお顔をお借りしているので、借りを返したい


――小河原さんご自身の本について、これから書いてみたいテーマはありますか?


小河原智子氏: 似顔絵の通信教育をやっていたら、「もう一歩なんだけど似ない」という人が多かったので、その一歩が何かを言ってあげたいと思って本を作ってきたんですけれども、それは自分にとって、そういう本がなかったから作ったんですよね。それで、今ないなと思っているのは、似顔絵の中で錯視というものがあるんですよ。例えば同じ鼻の長さでも、まゆげが上がっていたら鼻は長く見えるんです。そのような錯覚にだまされちゃう人のほうが、似顔絵がうまい、デフォルメができる人だと思っているんです。その錯覚に焦点を当てた本を考えています。あとやってみたいのが、肖像画って古今東西いっぱいありますよね。たとえば、渡辺崋山の「鷹見泉石像」とか、大昔の人を描いているから、写真と見比べることができなくて似ているか似ていないかわからないですよね。でも、うまく言えないけど、「鷹見泉石像」は似ているだろうなと思うんです。それがなぜなのかを、「似ているって何?」という感覚を通して書いてみたいですね。

今、歴史上の人物の顔を何人も描く仕事をしています。武将とかを描くんですけど、例えば北条早雲は、亡くなって一番近い時に作られた掛け軸なんかが一番参考になると思っていて、それを見て私が現代の誰々に似ていると思ったら、その人の写真を見ながら北条早雲を描くというようなことをやっているんです。実際の顔がわからなくても似顔絵は描けるんじゃないかと考えたりしています。描いても誰も反論もできないだろうし(笑)。

――似顔絵であって似顔絵でないような、新しい表現形態が出来上がりそうですね。


小河原智子氏: そうですね。似顔絵をやり始めて、まだみんながやっていないことがあるのがわかるようになったので、それをやりたいという感じです。作品としては、似・顔・絵の、「絵」の部分をもっと大きくしていきたいと思っています。今までは皆さんのお顔を借りて描いていたけど、その借りを返したいと言うか、借りてばっかりじゃなくて、表現する側に回ってみたいですね。今は「FREE」というタイトルで、自由のために、人事を尽くした人たちの顔を描いていきたいと思っていて、例えばダライ・ラマさんとかアウンサン・スーチーさんを描いた時に、あの人たちが真剣に何をしたかったかというのを感じながら描きたいと思っています。色々な人、一般の人に近い人もいていいと思う。「この人、自由のためにがんばっているな」と思える人を見つけて、自分が感じるところがあったら、その人にお願いして、モデルになってもらって、描きたいなぁと思っています。そしていつか画集を出したいというのは大きい夢ですね。



また今年は4月に国立のギャラリーで個展があります。「人の顔はひとつではない」というテーマで、例えば,安倍晋三の何年か前の首相退陣時の顔と今回の首相就任時の顔、そしてまた錯視を使って、一枚の絵の中に近くで見るとスリラーの時のマイケル、遠くで見るとジャクソン5の時のマイケルというように、一人のモデルにつき二つの似顔絵で構成展示することによって、似顔絵の面白さと共に、変化しつづける動的なモチーフとしての顔自体の面白さも感じてもらえたらと思い、ただいま製作中です。

(聞き手:沖中幸太郎)

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この著者のタグ: 『可能性』 『写真』 『イラストレーター』 『子供』 『きっかけ』 『テーマ』 『似顔絵』 『選挙』 『顔』 『コツ』

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