本は好奇心を満たし、自分の世界を広げてくれる
――子どものころは、どのようなお子さんだったのでしょうか?
鎌田浩毅氏: 学校の図書室が好きで、小学生のころは図書委員をやっていたんです。放課後は図書室に入り浸っていました。読んでいたのは『ファーブル昆虫記』とか『シートン動物記』とか、それこそ虫や動物が身近に感じられるように、見事にアウトリーチした本ですね。あとシャーロック・ホームズとかルパンの探偵ものも大好きでした。子ども版のシャーロック・ホームズ全集とか、エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』も面白かったですね。漢字にルビを振ったり、言葉をわかりやすく書き直しているんです。推理小説って最後まで読まなきゃ面白くないでしょう。それを最後まで読ませる工夫がしてある。だから子どものころに本を読む面白さを知って、読書によって世界が広がったのはとても良かったと思いますね。
――自然科学の分野に進まれたのも、読書によって自分の知らない世界を見たからなのでしょうか。
鎌田浩毅氏: そうですね。これは今でもまったく同じなんですよ。東京へ出張する時に新幹線で必ず本を3冊くらい読むのですが、その時間は今まで知らなかった世界に出会う充実した時間です。時間を有効に使って、そして自分の世界を広げる。僕は自分の専門でない本を持っていくことが多いんです。好きなのは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』ですね。ローマ帝国の有名人がたくさん出てきて、その人生を見事な文章で雄弁に語っている。歴史書であり、人物評伝でもあるという面白さがあります。1冊持っていれば、ヨーロッパのローマ時代という、場所も時代も違う世界に触れることができて、好奇心を満たしてくれる。本は1冊あれば数時間から1日、時には1年ももつわけです。特に古典というのは、1冊あると一生もつ。そういう意味ではお買い得なんですね(笑)。少ない投資で本がこんなに人生を豊かにしてくれることは、小学校のころ最初に知ったのかもしれませんね。
若者の価値観や文化、メディア環境から刺激を受ける
――最近は若い人が本を読まないとか、「活字離れ」などと言われますが、普段から学生と接している鎌田さんは、危機感を持たれていますか?
鎌田浩毅氏: マーシャル・マクルーハンが『メディア論』という分厚い本で言及していることですが、ルネサンス期にグーテンベルクが発明した活版印刷は500年以上の歴史があります。その後、映画、テレビとかメディアが増えると、情報が急に増えるわけです。今は携帯とかインターネットもありますね。人間って常に好奇心の塊で、よりたくさんの情報で刺激を受けようとする動物ですから、読書の時間が減るのは致し方ない部分はあると思います。でも、「活字離れ」で若い人が本を読まないとは言っても、学生に聞いてみると、マイ・オーサー、マイ・ブックがあって、何冊かはしっかり読んでいる。今でも100万部のベストセラー作家も出ているし、良い本は必ず残ると僕は思っているので、あんまり心配はしていないですね。
――学生のメディアとの接し方等の変化は、強く感じられますか?
鎌田浩毅氏: いま僕は57歳で、学生とは30歳以上年齢が離れています。しかも、だんだん年の開きが大きくなる。最初に京大へ赴任したのは41歳でしたが、もう16年もたっていますからね。そして、18、9歳で入ってくる学生たちは、みな若い人の価値観と技術で生きているわけです。スマートフォンにしても、僕らは使いこなせないけど、学生はいろんなアプリとかやって、ソーシャルネットワークもやる。
大学教授の仕事が面白い点の一つですが、僕が知らないことを彼らが教えてくれる。それも、そのコンテンツが年々増えていくんです。若者はいろんなことに興味があるでしょう。映画もそうだし、本も、漫画も、音楽のグループも教えてくれる。それを聞いていると、僕自身が老けないんですよ(笑)。大学なんか良くも悪くも「象牙の塔」だから、昔の学問から一歩も出なくなってしまう。でも、教授が学生ときちんと付き合えると、新しい情報が次々入ってくる。学生とコミュニケーションが取れるということは、実は自分を活性化するための最大の武器なんですね。
――若い人から得た発想が本を書く時に役立つこともありますか?
鎌田浩毅氏: たくさんあります。学生から刺激を受けて本を書くと、それを若いビジネスパーソンにリターンできるんです。例えば、東洋経済新報社から出した『一生モノの人脈術』や『知的生産な生き方』がそうですが、人脈にしても生き方にしても、若い人にはもっと賢く生きてほしいという思いがある。その時、僕らには知恵があるから教えたいことがあるけど、若い人のセンスで書かないと読んでもらえない。でも、若い人と付き合って若い人のセンスで書くと、今度はしっかりと伝わる。その本の中に、50代、60代の知恵が入っているわけです。
――鎌田さんは今もそうですが、本の表紙などを見ても非常におしゃれですね。そのあたりにも若い感性が現れているのではないでしょうか?
鎌田浩毅氏: ありがとうございます。今日は赤いジャケットを着ていますが、毎回授業で服を変えるんです。服装で学生に興味を持たせて、地球科学とか火山学とか地味な学問を教えるという戦略ですね(笑)。大学教授だからといって堅苦しかったり、とっつきにくかったりしてはダメなんです。グレーの背広じゃ若者を引きつけられないので、赤い服を着てにこやかにしゃべって、それで初めて僕の火山学が伝わると思っています。ここ10年ほどボーナスは全部服に使っていまして(笑)、ボーナスがそっくり消える感じですね。
――洋服は主にどちらで買われているんでしょうか?
鎌田浩毅氏: 日本でも買いますが、イタリアやアメリカの火山調査で出張する時に買います。8月とか2月だと、ブランド街のバーゲンシーズンなんですね。しかも海外のバーゲンは8割引とか9割引で、在庫を全部売ってしまう。欧米人は大柄だから割と小さいサイズが残るので、日本人は有利です。それで、1年に15着くらい買って、毎週の授業に備えるんですね(笑)。
電子書籍に良さがあれば、それに乗ればいい
――先ほど、メディアのお話が出ましたが、最近は電子書籍が出版界で話題になっています。鎌田さんは電子書籍については、どのようにお感じになっていますか?
鎌田浩毅氏: 僕は「紙の本の応援団」をしていますが、同時に電子ブックの支持者でもあります。僕の最新刊はKindleでも出ているし、『一生モノの勉強法』や『次に来る自然災害』は、電子ブックでガンガン売れていてちょっとびっくりしているんですよ。世の中は毎日のように変化していて、上手に乗ることができると楽しいし、変化は嫌だと思うとしんどくなりますよね。だから、電子書籍の良さがあればそれに乗ればいいんです。それによって紙の書籍が無くなるわけでは決してなく、両方のいい点が生き残ると思うんですね。どっちかが駆逐されると考えなるのはナンセンスですね。
――電子書籍の良さはどういったところにありますか?
鎌田浩毅氏: 世界中で瞬時に手に入って読めるわけでしょう。特にロングテールの本なんかは、電子ブックで手に入れば、紙の本が図書館になくても手に入る。色々な検索ができることについても有利な点がありますね。今の学生はアプリとかゲームを買うのと同じように電子ブックを買っています。だから僕は逆に、学生から端末の使い方なんかを習っていますね。
それから、出版状況の変化もありますね。最近は紙の本が出しづらくなり、出版総点数を抑えようとしていて、「電子ブックならすぐ出せますが、紙はむずかしい」などとなっています。また、新書だから1万5千部とか2万部とか刷ってもらえるけれど、普通の単行本だと3000部とかです。その点で電子ブックには広まりやすさがありますね。ただ、それだけ紙の本の価値が上がって、紙の本を出しているステイタスが高まったとも言えますね。