鎌田浩毅

Profile

1955年、東京生まれ。東京大学理学部卒業。通産省(現・経済産業省)を経て97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専門は火山学・地球科学・科学コミュニケーション。テレビ・ラジオ・雑誌・書籍で科学を分かりやすく解説する。火山研究のほか啓発と教育に熱心な「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。モットーは「面白くて役に立つ教授」。著書に『一生モノの勉強法』『座右の古典』(東洋経済新報社)、『ラクして成果が上がる理系的仕事術』(PHP新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『マグマの地球科学』(中公新書)ほか多数がある。雑誌『プレジデント』の「新刊書評」コーナーで本の紹介をしています。
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「蔵書」としての存在感は紙の本の魅力


――紙の本の良さはどのようなところでしょうか?


鎌田浩毅氏: 50代、60代の人は紙が好きだから、まず本は紙でちゃんと出すべきという意見がありますね。そもそも紙の本で一番大事なことは書き込めることだ、と僕は思っています。僕は本には必ず線を引いたり、自分の感想を書いたりします。そうしていると、学生時代に引いた線とか、20代30代の時の感想が今でも読めるわけです。つまり、本はそのまま人生の記録、自分だけのノートなんですね。あとは「蔵書」としての本という意味があります。好きな本は自分の本棚に持っていたい。紙の本でも、愛蔵版の革装で1000部作って1冊1万5千円とか、あれはあれでとってもいいんですね。だって本棚に並べる時に、ペラペラのペーパーバックよりはやっぱり革装がカッコイイですよね。

――物理的な存在感は、確かに紙の本にしかありませんね。


鎌田浩毅氏: さいきん僕の出した本でも、「電子ブックで読んで面白かったから、紙の本を買いました」という読者が結構いる。それはやっぱり好きな本はそろえたいからだと思います。僕はいつも「ライブラリーを作れ」と学生たちに言うんです。つまり、下宿の本棚にどんな本があるかで、訪ねてきた彼女が、この男が知的か、しょうもない奴かがわかる(笑)。『論語』とかプラトンとか、読んでなくてもいいから、とにかくあればかっこいいでしょ。読めなくても背伸びして、デカルトとか買いこんで並べるのはすごく良いことなんですね。こうやって自分の「ライブラリー」に持っていると、40歳くらいになってパラッと開いて、やっぱりいいこと書いてあるな、なんていうことがあるんです。『論語』なんて50歳にならないと本当の良さはわからない。だから、自分の本棚に古典があるのは人生を豊かにするから、読まなくてもいいから置け、と言っているんです。そういうのも、紙の本が持つ大切な魅力のひとつですね。

――教育、研究分野でも、電子データによって変わってきた部分はありますか?


鎌田浩毅氏: 確かに電子論文は急速に増えてきましたね。電子メディアは情報を早く、かつ大量に発表することができるんです。例えば、科学の世界だと、動画とリンクしたり生データを載せたり、引用文献をクリックひとつでチェックできるわけでしょう。電子データによって研究が加速して、便利になっている点は明らかにありますよね。教科書も同じ面が確かにある。だけど一方では、昔風に教科書に線を引いて、イタズラ書きしながら繰り返して読むこともとても大事なんですね。だから、両方用意したらいいと僕は思います。小学生や中学生はまず電子ブックを面白がるだろうし、一方で紙の本にもいいところがあることを教えたい。両方にそれぞれ面白さと利点があることを知れば、一生じょうずに使い続けることができるでしょう。どっちかじゃなきゃ本が読めないのではなくて、自分は両方とも読めるよ、という小学生中学生が育ってほしいと思います。そういう教育をまずすべきでしょうね。

科学者としては「情報が伝わること」が大事


――紙の本を裁断、スキャンして電子化することについては、抵抗はありますか?


鎌田浩毅氏: やっぱり僕は紙の本が好きなんで、自宅は蔵書の山に埋もれています(笑)。でも一方で、科学者だから「情報の伝達」という点も考えるんですね。僕は火山防災を専門にしているので、情報が広く、早く、正確に伝わることが一番大事なんです。例えば、僕の火山学とか地震学によって皆さんに自分の身を守ってもらうということがある。日本ではこれからも巨大地震が起きます。

新刊の『生き抜くための地震学』のテーマですが、東日本大震災は終わっていないというのが僕の主張で、今から20年後に今度は西日本で起きますよと常々言っています。つまり、南海トラフで巨大地震が発生したら、日本中が大混乱になるだろうから、自分の身は自分で守らなきゃだめなんです。政府にも会社にも頼ることはできない。そういう時は紙の本だろうが電子書籍だろうが、伝えなきゃならないことが伝わることを、火山学者としてはもっとも重要視するんです。人の命を救うためには、自分の本が断裁されるのは嫌だとか言ってられないでしょう。それよりも、僕の発する警告が皆さんにきちんと伝わって、一人でも多くの日本人が生き延びてほしい、という思いがまずあるわけです。



僕の本の半分は、火山学や地震学に関する地味な本です。それらの本によって火山や地球について知ってもらって、自分の身は自分で守ってもらうようにするのが僕の本務なんです。もちろん、知的な職業で食えなくなる人が出てくると困ります。例えば、漫画家さんとか作家さんはそれで食っているわけでしょう。だから、知的財産とかの専門の弁護士の方々にちゃんと守っていただくことは、それはそれで是非お願いしたいですね。地球科学に関しては、京大は独立行政法人になったけれど、国のお金を使って研究や教育をしているわけですから、僕らの知的生産物を若い人やビジネスパーソンや一般市民に返すことはとても大事です。だから僕もアウトリーチを頑張ってやっているわけですが、知的な出版物に関しては、誰かが得して誰かが損するというトレードオフの関係になるのはよくない。みんなが知的成果を受けられるWin-Winの関係をどれだけ作れるかが、大学など知的産業に携わる僕らの使命だと思っています。

――スキャンを行う企業と作家の対立を避けるためには、どうすればよいでしょうか?


鎌田浩毅氏: 企業が「説明責任」を果たすことが一番ですね。自分たちがこうやって著作権等にしっかり配慮していますと、きちんと伝えることで社会的な認知になると思うんです。そもそもこうした新しい仕事は全部そうです。説明責任、アカウンタビリティーをきちんとすれば社会で認めてもらえる。ただ単に自分たちが抜け駆けしているんじゃないということは、根気よくていねいに説明すればわかってもらえると思いますね。

二番せんじではなく、新しいものを書きたい


――新著は英語の勉強法とお聞きしました。英語に関する本は今まで出していなかったのですか?


鎌田浩毅氏: これまで出した人脈術やコミュニケーションに関する本でも、英語はしっかりとかかわってくるものでした。特に、科学の世界はインターナショナルで、すべて英語で論文を書きますし、学会発表で議論する時も英語を使ってきたわけです。そこで、この点に着目した編集者がいて、「英語勉強法を書いてください」という依頼があるとき来たんです。直球ど真ん中、ストライクですね(笑)。僕も今まで気づかなくて、「なるほど、そういうテーマがあったのか」と思って、さっそく書き始めたんですね。ベストセラーとなった『一生モノの勉強法』にちなんで、『一生モノの英語勉強法』というタイトルにしました。

――編集者の視点というのがとても大切なのですね。


鎌田浩毅氏: そうなんです。鎌田にこれを書かせたら面白いんじゃないか、というのは素晴らしい助言でした。そのアイデアに僕がびっくりして、やっぱり乗ってしまったわけです(笑)。僕は二番せんじはあまり好きじゃないので、今まで書いた内容とはまったく違うことを書きたいんです。僕が過去にどんなものを書いてきたかのタイトルを見て、書いてないことをぜひご提案ください、と編集者の方々には申し上げています。

仕事に手を抜かなければ、知的な人脈が広がる


――新しいテーマの本を選ぶとなると、執筆の労力も相当なものだと思いますが、英語の本は書かれるのにどれくらいかかりましたか?


鎌田浩毅氏: さっき申し上げましたように、僕は途中で必ず素人の方に読んでもらうプロセスを経ていますので、けっこう時間がかかるんです。引き受けたらすぐに本が出てくると思っている人もいますけれど、2年や3年かかることも多いんです。大事なことは、手を抜かないということですね。世の中には、同じことが書いてある本をたくさん出している方がいらっしゃいますよね。僕はそうならないようにしています。

例えば、ビジネス書の巻末に「索引」があるって僕の本ぐらいだと思います。読んだ人が「アウトプット」とか「すきま時間」とか「棚上げ法」とかを、後で知りたいなと思った時に索引で引いて活用してもらえる。僕は原稿が全部仕上がってから、もう1回読み返して索引を作るわけです。『座右の古典』なんて著者と書名と両方で引けるようになっていて、ちょっとした自慢ですね(笑)。これまで25冊ほど本を書いてきましたが、一つだけ自負があります。それは、どの本も全力で書き、まったく手抜きしていません。だから、決して量産はできない(笑)。まさに、「すきま時間」を見つけて頑張って書いているけれど、1年に2、3冊が限度ですね。

――手を抜かないで執筆するモチベーションは、どういったことでしょうか?


鎌田浩毅氏: 偶然テレビで僕を見て、富士山について知りたいというので、本屋で僕の新書を初めて手に取る方がいらっしゃる。それで、火山のわかりやすい書き手だと思って、その後で人脈術の本を読んで「ああ、この人面白い」となれば、今度は僕自身に興味を持ってもらえます。これがすごく重要なんですね。僕には『一生モノの人脈術』という単行本がありますが、実は人脈というテーマはすべてにつながっていて、人脈があるから僕の火山学が人に伝わる。でも、人脈がないとただの大学の研究者で終わってしまう。

知的な活動というのは、必ず世界中で全部つながっているんです。よって、もし僕がどこかで手を抜いたら、そこで読者とのご縁は止まってしまう。だから僕は1冊も手を抜けないんです。手を抜いていなければ、さらに人脈が広がって、人が色々なことを僕に教えてくれるんです。編集者の方、読者の方、そして今インタビューしてくださっている方も、みんなが僕の能力を引き出してくれる。ちなみに、「教育」ってドイツ語で「erziehen」と言うんですが、「引き出す」という意味なんです。自分の良い点を引き出してもらうのが、教育なんですね。その過程で、自分は気がつかなかったこと、思いもよらなかったことを人が教えてくれて、知的生産が始まる。その結果、自分がどういうものを世の中に向けて発していけばいいかも見えてくるわけです。



――今、自然災害や、さまざまな社会の変化に対して不安を持っている人が多いのではないかと思います。最後に、特に若い人たちに向けてメッセージをお聞かせください。


鎌田浩毅氏: 急激に変化する世の中をどれだけプラスにとらえるか、が一番重要だと思います。ですから、自分を固定観念に縛ってしまわないことがとても大切です。人には限りない可能性があるものですが、それはたいてい隠れていて自分にも見えません。でも、そうした可能性を、自分の人生で出会ったすべての人が引き出してくれるんです。だから出会いってすごく大事なんですよ。

日本というのは資源もないしエネルギーもないし、地震は起きる、噴火は起きるという大変な国なんです。と言って、厳しいことばかりじゃないんです。実は、本当の資源は人の頭の中にあって、その頭を活性化して良いものが引き出されれば、日本人は食っていけるわけです。

これから若い人たちが世界に出ていく時には、自分の頭の中をどう整備するかが一番の勝負どころなんです。だから、できるだけ本を読みなさい、人脈を広げなさい、と言っています。本というのは、ものすごく自分を引き出してくれるし、世界を広げてくれる。これは昔からそうだったし、これからも全く変わらない真実です。紙の本であれ電子ブックであれ、若い人たちには本を読む習慣を是非つけてほしいですね。そして「自分だけのライブラリーを作れ」というのが結論ですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 鎌田浩毅

この著者のタグ: 『大学教授』 『考え方』 『紙』 『研究』 『教育』 『本棚』 『メディア』 『情報』 『火山』 『地球』

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