本は人間のようなもの
1967年京都生まれ。89年東京大学経済学部卒業。経済出版社、コンサルティング会社に勤務後、98~2000年、米ニューヨーク大学スターンスクールに留学(MBA取得)。帰国後、外資系銀行に勤務し、投資信託のデータベース・マーケティング、セールス・マネジメントに携わる。2002年独立し、トレスペクト経営教育研究所を設立。 「トレスペクト」とは「トラスト(信頼)」と「リスペクト(尊敬)」を組み合わせた造語。本をはじめとする知識との付き合い方(勉強法・読み方)、人との付き合い方(聴き方)、お金との付き合い方(ファイナンシャルプランニング・トレーディング)、自分自身との付き合い方(生き方)を研究・実践し伝える宇都出雅巳さんに、お話を伺いました。
人の手にパカッと収まる、本の形が好きなんです
――トレスペクト経営教育研究所の代表ということですが、知識や人、お金、そして自分自身との付き合い方を研究、実践し多くの人に伝えてらっしゃいますね。
宇都出雅巳氏: すべて付き合い方、難しく言えば「関係性」なんです。私の本職はコーチングですが、コーチングではクライアントさんとの関係に注目します。そこで何に対しても「関係性」から見るんです。例えば試験勉強でも、受験生の方に「勉強しているテキストとの関係がいま、どの位の距離ですか」ってよく質問します。遠いままだと勉強はすすまないので、少しずつでもいいから、あいさつするように毎日眺めてなじみになりましょうと指導します。
――宇都出さんの近況を教えていただけますか?
宇都出雅巳氏: 4年程前までは、いわゆるコーチの養成機関でコーチを育てる仕事をしていたんです。週末はほとんどワークショップ、平日は企業に行ってコーチングを教えていました。うちの子どもがいま、6歳と2歳なんですが、最初の子どもが生まれたころは、アメリカに研修を受けに行ったりと、本当に仕事ばかりだったんです。家族との時間があまりになかったので、これはまずいなと思って生活を変えました。私は結構極端で、いまはコーチ養成の仕事も企業研修もほとんど辞めて基本的には引きこもり状態です。家で電話やスカイプでコーチングしたり、本を書いたりしていますね。
――宇都出さんは、さまざまなジャンルの本を書かれていますね。
宇都出雅巳氏: 私の最初の本は、CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)試験に一発合格したことから生まれたもので、自主制作本でした。メルマガで書いていたので、本もすぐに書けると思ったんです。でも書けなくて、すごく苦労しました。メルマガではサーッと書いていたので、そのままつなげればいいと思っていたんですが、簡単にはつながらないんですよね。1冊としてまとまるためには、ただつなぐのではなく、そこから何か新しいものを生み出すことが必要なんですよ。本って、人間みたいなものだと思います。生命とまでは言いませんが、ひとつのいわゆる個性というか、個体という存在だと。そして私は、本の形が好きなんですよ。背表紙があって、表紙があって、目次があってっていう。この、製本されたものの感覚っていうのは、独特のね、人の手にパカッと収まる感じというか。よくできていると思いますね。
――本という形にすることにも想いが込められてるんですね。
宇都出雅巳氏: 出版、書店という大きな流通システムがあるからこそ、ある程度の部数がはけて、この値段で出せるわけですよね。これはすごいですよ。インターネットの情報商材なんかでPDFのものもありますので、私の本もPDFで売っても良かったんですが、本にすることの価値が大きいと思って、わざわざ製本して売っていました。最近プリンターが優れているじゃないですか。PDFで売っているものでも、私はすぐ冊子印刷するんです。ホチキスで留めてカチャッとなると、本らしくなって読みやすくなる。本はね、繰り返し読むことが大切。私の勉強法では〈繰り返す〉ことを言うんですが、本は繰り返しやすいんですよね。電子書籍じゃこの感覚はできない。もちろん、将来技術革新が起きる中で、この繰り返し感をバーチャルでできるようになると思いますが……。
――紙の本の良さをお伺いしましたが、電子書籍の利点は何かあると思いますか?
宇都出雅巳氏: すごくマニアックなところで言うとページめくりがね、楽と言えば楽なんですよ。映画を見るように読むことができる。止まらないで見ることは、結構大事なことなんです。速読では特に、分からないところで止まらないことが大事。そういう感覚でいうと、電子書籍の方が楽にめくれるのでいいかな。あとは、物理的に何十冊、何百冊、何千冊入って、それを持ち運べるのは、すごい利点ですよね。
――紙の本にも電子書籍にもそれぞれいいところはありますね。
宇都出雅巳氏: 慣れもあると思うんです。電子書籍って埋もれちゃうんですよね。記憶に残りにくいんです。また読んでいても、今どのあたりを読んでいて、あとどれぐらいかということが感じられない。でも、読み慣れてくると何となく実感が出てくるんですよ。手の感覚っていうのかな。人間の感覚って面白くて、電子書籍を読んでいても、だんだん本の重みを感じられるようになる気がしますね。読んだページ数と残りページ数を見ると、指に本の厚みを感じる感覚が起こってくる。例えば、ペンで字を書く時も、本当は指先で感じている触覚がまるでペン先で感じているようになってくる。身体感覚って道具(ツール)を使い込むと延長するんです。それと同じで、電子書籍も使い込んで行くと、身体感覚が変わっていく可能性はあると思うんです。
要するに、電子書籍を読んでいるだけれど、紙の本を読んでいる感じで読むということです。ゲームでも、射撃やスキーなんか二次元の世界だけど撃ったり滑ったりの感覚が出てくるじゃないですか。それと同じようなことが電子書籍でも起こせるようになるんじゃないですかね。これからさまざまなインターフェースが出てくると思いますが、人間って、無意識の潜在意識の中で感じていることも使って読んでいると思うんです。その感覚が、すごく読書には影響していますので、触覚や重み、そういうものも意識して、電子書籍を読んだり、電子書籍自体の設計もするといいのではないですかね。ただ、紙の本に近づけることがいいことかどうかは分からないですが。